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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
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第49話「100分の1の勇気」後編


「ど、どういうことだ? 肘が何ともないとは……?」

 突然の前田の告白に、今川監督は戸惑いながらも聞き返した。前田は泣きながら答える。

「く、黒田さんから命令されたんです……試合中の二軍ベンチの様子を逐一報告しろ。それから、この試合で絶対に投げるな……と」

 その内容に全員驚愕した。

「肘は……肘は何ともないんです。ウソだったんです……すいません……」


 今川監督の頭に血が一気に昇った。前田を無理矢理立たせて胸ぐらを掴むと、ベンチの壁に押し付けた。

「なぜだ!? なぜ、そんな命令を受けた!?」

 今川監督に詰められ、前田は涙を流した。

「こ、怖かったんです……黒田さんが……昔、散々いじめられた……断ったら何をされるか分からなかった……うう……」

「それが、なぜ今になって全部ぶちまける!? 何を企んでいる!? 言え!」


「あ、あの──、そろそろ守備について……」

 審判が試合再開するように、と二軍ベンチに来たが「少しくらい待たせとけ!」と、今川監督が鬼のような形相で一喝した。

「ひ、ひいい……!」

 そのあまりの剣幕に審判は退散した。


「さあ! 早く言え!」

「は、羽柴さんのピッチングを見たからです……」

「何だと?」

「羽柴さんは、一軍相手に決して逃げずに向かっていった……身体がボロボロになっても……そ、そんな姿を見て、僕は自分が恥ずかしくなった……それで……」


「ふ、ふざけんじゃないわよ!」

 由紀が声を上げた。

「今更、何を言い出すのよ! ネネが……ネネがどんな気持ちで投げてたのか分からないの? 貴方のことを心配して……貴方の分まで頑張って投げたのよ!」

 由紀はネネを抱きしめて涙を流した。

「ふざけんじゃないわよ……ネネをこんなにボロボロにして……あなた、それでも男なの……うう……」


「そうだよ! 前田さん! 何考えてんだよ!?」

「羽柴だけじゃない! 俺たち全員を騙してたんだぞ!」

 他のチームメイト達も怒り、前田を責めた。勇次郎も無言で前田を睨んでいた。

 二軍メンバーの怒りはピークに達した。


「お前……救いようがないぜ……」

 今川監督が右拳を握りしめて振り上げた。前田は目を閉じた。その時だった──。


「だ、ダメェ──!」


 今川監督がまさに前田を殴ろうとした瞬間、ネネが叫んだ。

 今川監督の拳は前田を殴る寸前で止まった。


「……ネネ?」

「だ、ダメだよ……殴ったらダメ……それじゃあ……黒田さんと一緒じゃない……」

 ネネの叫びに熱くなっていた今川監督の頭が冷えていく。

「悪いのは……悪いのは黒田さんだよ……前田さんは悪くないよ……きっと命令を聞かなきゃいけないくらい、追い詰められていたんだよ……」


 ネネの言葉を聞いて、前田はハラハラと涙をこぼした。

「前田さん……私のために氷嚢を作って熱を下げてくれた……本当に悪い人だったら、そんなことしないよ……前田さんは良い人だよ……黒田さんにいいように利用されたんだよ……だからお願い……殴ったりなんかしないで……」


 今川監督は前田から手を離して、頭をガリガリとかいた。

「チッ、お前、謝る相手が違うんじゃねえのか?」

 前田はよろよろとネネに近づくと、大きな身体を屈めて、ネネの足元で土下座した。

「は、羽柴さん……ゴメン……ゴメンなさい……わああ、わああ……!」


 土下座したまま泣き続ける前田を見て、ネネはニッコリ笑った。

「前田さん……頭を上げてよ……」

 しかし、前田は土下座したまま首を振った。

「僕は……僕は自分が情けない……羽柴さんみたいな勇気もない……気も弱くて臆病で……」

「前田さん、そんなこと言わないで……」

 ネネは前田に微笑みかけた。

「前田さんは臆病じゃないよ……人一倍優しいだけ……それに、こうして全部話してくれたじゃない。それは勇気がある証拠だよ。だから、もう……自分を……責め……ない……で……」

「は、羽柴さん……?」

 そこまで話すとネネの頭がガクンと落ち、ネネは再び眠りについた。


「わ、わああ……わああ……!」

 泣き続ける前田。そんな前田に今川監督が声をかけた。

「おい、ここで泣くことがお前の仕事か? 今、お前がやるべきことは……ネネの想いに報いることは何だ?」


 前田は顔を上げると涙を拭いネネを見た。ネネは眠り続けている。

 前田は立ち上がった。その目にもう迷いはなかった。


 その頃、一軍ベンチは二軍の動きを見ていた。

「く、黒田くん……二軍ベンチは何かあったのかな? 全然守備につかないけど……」

 土田コーチが黒田に尋ねた。黒田はニヤニヤと笑っている。

(前田からは「羽柴寧々、ダウン」の連絡があったきりだが、あの様子ではもう投げるピッチャーはいないだろう)


「フフ、コーチ、これで俺たちの勝ちは決まりだ。二軍にスパイがいて連絡があった。羽柴寧々はダウンした。もう二軍にピッチャーはいない」

 黒田の話を聞いた一軍メンバーは驚愕した。

(スパイ……? この人、勝つためにここまで汚いことをするとは……?)


 ブブ……。その時、黒田の携帯が鳴った。前田からの定期報告のメールだった。

(フフ、遅いんだよ、連絡が)

 嬉々として、携帯の画面に目を落とした黒田だったが、その送られてきたメールの内容を見ると大声を出した。

「な、何い!?」

「黒田さん、もう命令は聞けません」と、前田からメッセージが来ていた。と同時に、二軍ベンチから選手が出てきて、守備に付き出した。


「いきなり登板だが、大丈夫だな?」

 二軍ベンチ前で、今川監督が前田に声をかけた。

「はい! 黒田さんたちに酷使されたおかげで、肩はすぐに作れます」

「サインは急造だが、いけるな?」

 北条が確認する。

「はい!」


 今川監督がベンチを出て審判に告げる。

「待たせたな、審判! ピッチャー交代だ! 羽柴に代わって、ピッチャー前田!」


 北条が前田の背中を叩く。

「行くぞ、前田!」

「はい!」

 前田は帽子を被り直すと、ベンチ内でスヤスヤと眠るネネを見つめた。

(羽柴さん、君の半分……いや100分の1でいい、僕に勇気をください……)

 そして、マウンドに駆け出していく。


「く、黒田くん……ピッチャー出てきたけど……」

 一軍ベンチでは、土田コーチが恐る恐る黒田に尋ねるが、黒田はコーチを睨みつけた。

「ひ、ヒイッ……!」

 黒田に睨まれた土田コーチは逃げていく。


(あのヤロウ……!)

 黒田の苛立ちはピークに達し、堂々とマウンドに立つ前田を怒りに満ちた目で睨んだ。


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