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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
48/207

第48話「100分の1の勇気」前編

 黒田が放った右中間への大飛球。二軍ナインから悲鳴が上がる中、センター毛利は打球の落下地点に向かってグングン加速していた。


 毛利はかつて、パリーグの「神戸ブルージェイズ」に所属していた。

 ドラフト2位で入団し、走りと守備範囲の広さを認められ、シーズン途中からセンターのレギュラーに定着した。

 だが、あるワンプレーをきっかけに毛利は奈落の底に叩き落とされた。

 シーズン2位に終わった神戸はクライマックスシリーズを戦っており、3位のチームとの対決の最中、毛利はセンターへの打球を落球し、それが決勝点となり、チームはクライマックスシリーズ敗退したのだ。


 しかし、その落球も野球関係者たちから言わせれば、毛利の俊足があったから追いつけたようなもので、落球は仕方ない、という意見が大半を占めていた。

 チームメイトたちも「あの打球に追いついただけでもすごい」「気にするな」と労ってくれた。


 だが、毛利は自分を責めてイップスに陥った。特定の条件下……つまり落球したときと同じ場面、「野外の球場」と昼間の試合「デーゲーム」だと、落球のシーンがフラッシュバックし、身体が動かなくなり、フライが取れなくなるのだ。

 本当ならこの打球も、その時のことがフラッシュバックし、捕りにいけない状況だ。

 しかし、今の毛利の頭には落球ではなく、違う場面が浮かび上がっていた。


 それは、ネネの姿だった。

 女性ながら一軍相手に好投する姿、堂々としたマウンドでの姿、そして、高熱で苦しんでいる姿が脳裏に浮かんでいた。


(……あんな、あんな小さな身体で羽柴さんは頑張っているんだ。僕だって……僕だって……!)

 そして、ネネともうひとり、今川監督の顔も思い浮かんだ。

(監督は……神戸を解雇された僕を拾ってくれた。監督に恩に報いるのは、今しかない……!)

 毛利の頭から、いつしか落球の記憶が消え失せていた。


 毛利はグングン加速してボールの落下点に最短距離で向かった。

「毛利──! 頼む──!」

 二軍ベンチから悲鳴にも似た声が飛んだ。


「う……うわああああ──っ!」

 試合をしている球場はフェンスが低い。ボールの落下地点に入った毛利はスタンドインするボールに向かって、フェンス手前でジャンプした。

 そして、そのままフェンスに激突し、グラウンドに倒れ込んだ。ランナーは全員ホームベースを踏んでいる。


 審判が毛利に駆け寄った。

(……まさか?)

 二塁ベース上まで走っていた黒田が毛利を見つめる。


 毛利は左手を高々と上げた。

 ミットにはボールが収まっていた。


「アウトォ!」

 毛利のファインプレーが飛び出した。スリーアウト、チェンジ。

 一軍ベンチからはため息、二軍ベンチからは大歓声が上がった。

(ば、バカな……?)

 黒田は足を止めて呆然とした。


(まさか、あの毛利がここ一番でスーパープレーを見せるとはな……だが、これで首の皮一枚繋がったぞ)

 北条がひと息付いていると、センター方向を向いていたネネの身体が揺れて、グラウンドに崩れ落ちるのが見えた。

(し……しまった!)

 北条が慌ててマウンドに向かおうとした時だ。ひとりの男が、崩れ落ちるネネの身体を受け止めた。


 それは勇次郎だった。

 サードの守備位置からネネの異変に気付いた勇次郎は、いち早くマウンドに駆け寄っていたのだ。


「おい、よくやったな化け猫。お前にしたら上出来だ」

 勇次郎が憎まれ口を叩くが、ネネは言葉を返さない。

 その時、勇次郎は異変に気付いた。ネネの顔が真っ青で意識を失っていることに。また身体も氷のように冷たかった。

「お、おい! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

 勇次郎は焦り、言葉をかけるが、ネネは両手をだらんと垂らしたまま動かなかった。


 二軍ベンチから今川監督、由紀が……北条もマウンドに駆けつけてくる。

「ネネ、ネネ! 大丈夫!?」

 由紀がネネを抱きしめる。今川監督がネネの脈を取った。

「……大丈夫、脈はある。疲れがドッと出たんだろう。大したヤツだよ本当に」


 意識を失っているネネを皆でベンチに運ぶ。敵ながら意識を失うまでプレイを続けたネネに対して、一軍ベンチから自然と拍手が起こった。


 バキン!

 そんな一軍ベンチ内の雰囲気を見て、黒田が真っ赤な顔でベンチを破壊した。

「ふざけんな、お前ら! アイツは敵だぞ! 何、拍手なんてしてるんだ!」

 場は一瞬にして凍りつく。

「まだ俺たちが三点もリードしている! このリードを守って絶対に勝つぞ! 負けたら……全てを失うんだぞ!」

 黒田はゲキを飛ばす。人格的には問題があるが、こと勝利への執念は凄まじいものがある。


 その頃、二軍ベンチでは身体が冷え切ったネネにブランケットがかけられていた。

「ん……んん? アレ、私……」

 ネネが目を開けた。

「ね、ネネぇ! 良かった、良かったよぉ……」

 由紀がネネを抱きしめる。

「わ、私、黒田さんに打たれて……試合は? 試合はどうなったの?」

「大丈夫、黒田さんの打球は毛利さんが掴み取ったの。一軍を無得点に抑えたのよ」

 由紀がネネを抱きしめながら話す。

「そうなの……毛利さん、ありがとう……」

 毛利は照れ笑いをした。


「今は八回の裏……ツーアウトだけど、八番の北条さんが粘ってるわ」

 由紀が戦況を説明した。

「じゃあ、次は私の打順ね。ネクストバッターサークルに行かなくちゃ……」

 ネネは立ち上がろうとする。

「ダメよ、ネネ! あなた……もう体力が限界なのよ!」

 由紀が必死で止める。

「そうだ、もうお前は試合には出させない」

 今川監督がネネの前に立った。

「監督……」


 その時、北条が三振に打ちとられるのが見えた。スコアは5対2、一軍の三点リードで九回……最終回の攻防に突入することになった。

「な、投げなきゃ……」

 必死で立ち上がろうとするネネを今川監督が抑えた。

「もういい……お前は充分に投げた。もういいんだ。ゆっくり休め」

 いつになく優しい声で今川監督がネネを止めた。だがその言葉を聞いたネネは叫んだ。


「な……何、言ってんのよ!」


 その大声に、皆、驚いた。

「この試合に負けたら、あなたクビなんでしょ!?」

「ああ……だが安心しろ、お前たちのことは後任の監督にしっかり引き継いでおく。お前たちを悪い状況にはしないつもりだ」

「そんなこと言ってんじゃないわよ!」

 ネネは再び叫んだ。

「あなた以外に……誰がレジスタンスの監督ができるというのよ! せっかく……せっかく、あなたのことを立派な監督だって見直してたのに!」

 全員、沈黙していた。皆が思っていることをネネが代弁してくれたからだ。

「私、投げるわ……あなたがいないレジスタンスなんて、何の意味もないもの……」

 ネネは立ち上がろうとするが、意識はまだ朦朧として立ち上がれない。

 その時だった──。


「う、うわああああ!」

 突然、前田が今川監督の足元にひざまづいた。

「か、監督……! ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「な、何だ? お前、どうしたんだ?」

「僕が……僕が投げないから、こんなことに……」

「は? 仕方ないだろうが、お前、肘が痛いんだろ?」

「ち、違います……」

 前田の声は震えている。

「嘘なんです……肘は……肘は何ともないんです……!」


 突然の前田の告白に、二軍ベンチは凍り付いた。


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