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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
47/207

第47話「オーバーザトップ」

 今川監督の回想は続く。

「その時の黒田の勢いは凄まじかった。二軍で三冠王を獲り、自信満々で一軍に乗り込んできた」

 由紀は話に聞き入っている。

「そこにいたのは、パンチパーマをかけて色黒になり、筋肉という鎧で武装した強面の男だった。俺は驚いたよ、アイツの変貌ぶりに……人はここまで変われるのかと愕然とした」


「アイツは自分をめた吉川に復讐しようと一軍に来た、しかし、もうその頃には吉川を初めアイツを嵌めたメンバーは全員球団を去っていた」

 今川監督は遠い目をする。

「そんなアイツの怒りの矛先は、イジメの発端であり、同じポジションの俺に向けられた」

「そんな……監督は関係ないじゃない……」

「人を動かす最大の原動力は何か知ってるか?」

「わ、分かりません……」

「『怒り』だよ。外見も性格も変えてしまうくらいの激しい怒り……ヤツにとっては誰かを憎む怒りだけが野球をする目的に変わっていたのさ……」


 十年前のオープン戦、サードと四番の座を賭けて黒田と今川は戦った。そして、その結果……。

「俺が勝った。しかし、首脳陣は黒田の打撃を評価して五番ファーストに置いた」


 その後、シーズンが開幕。黒田は打ちまくり、いつしか今川より成績は上になっていた。

 ふたりの打順が入れ替わるのは時間の問題だった。そして、黒田が四番になり、チームの成績が上がると球団や世間、ファンの見る目が変わった。

 翌年には、背番号も一桁の「3」に変わった。黒田は権力に酔いしれた。


「その年か……俺はアキレス腱を切って長期離脱を余儀なくされた」

 今川監督が右足を触る。

「一年以上のリハビリの後、チームに戻ったが、そこには俺のポジションはなく、サードには黒田がいた。そしてチームは完全に黒田に牛耳られていた」

「な、何で? たった一年活躍しただけじゃない? それが何で、いつの間にか黒田さんが最高権力者みたいになってんのよ!?」

「活躍した年のオフ、黒田は当時の監督の娘と結婚した。それで監督の後ろ盾を得たんだ」

「な……何よそれ!? 完全に公私混同じゃない!?」

「……その通りだ。あの時チームは暗黒時代だった、俺は代打の切り札として一軍にいて、何度か黒田をいさめたが、その度に監督に睨まれ二軍に送られた」

 今川監督は目を閉じて眉間にシワを寄せた。

「俺は自分のことで精一杯だった。あの時、俺がもっと強く黒田を抑えていたら、アイツはあそこまで増長しなかったかもしれない。だから、アイツがあんな風になったのは、俺のせいでもあるんだよ……」


 由紀は打席に立つ黒田を見つめた。

(まさか、あの極悪ゴリラにそんな悲惨な過去があったなんて……)

 由紀には黒田がドラフト1位を目の敵にするのが分かった気がした。過去に自分がドラフト1位にされた屈辱をやり返しているのだ。


「あと、ヤツは恐らくネネに対しても怒りを抱いている」

「な、何で!? ネネは関係ないじゃない!」

「いや……ヤツが今の背番号になる前に背負っていた背番号……それが今のネネの背番号41なんだ」

「は、はあ!?」

「アイツにとって背番号41は屈辱の歴史、そのためネネを逆恨みしているだろう」

「そ、そんな……」

「まさかネネが41を選ぶとはな……球団は黒田に忖度そんたくして41は半永久欠番にしていたんだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! だったら、何で、そんなヤバい背番号をネネに与えたのよ─!」

「い、いや……他にも軽い背番号を提示したんだぞ。まさか、ネネがこの番号を選ぶとは思わなかったし……」

(その話が本当なら、黒田はネネに対しても怒りを抱いてるはず。ネネ……気をつけて……)

 由紀はネネを祈るようにネネを見つめた。


 その頃、グラウンドでは黒田がネネを睨みつけていた。ネネはホームに背を向けていたので、ユニフォームの背番号41が見えた。

(気に食わねえ……その背番号「41」、俺がかつて背負った屈辱の時代の背番号だ)

 その番号を見ると怒りが湧き上がる。

(俺への当てつけのつもりか? 今川のヤロウ……バカにしやがって)


 試合は再開された。

 ツーアウト満塁、ネネは必死で力を振り絞り、ボールを握ると第一球を投げた。

 ストレートがど真ん中に決まる。しかし球威はない。

(思った通りだ……ヤツはもうダウン寸前、いつでも仕留められる)

 黒田はニヤリと笑った。


 ネネの球を受けた北条も異変に気付いた。ボールの威力が全然ないのだ。しかし、マウンドに行くわけにはいかない。行けば黒田に気づかれる。このまま乗り切るしかない、と考えた。


 二球目はドロップを選択。外角からストライクゾーンに落ちてきてストライク。ツーストライクまで追い込んだ。

「あと一球だ!」

 ベンチから声援が飛ぶ。しかし、マウンド上のネネは既に限界だった。意識は朦朧として、手足に力が入らない。いつ倒れてもおかしくない状態だった。

(あと一球……あと一球だから、お願い……それまで持って、私の身体……)

 ネネは必死で自分の身体に訴えかけた。


 北条は打席に立つ黒田を見つめた。これまで一回もバットを振っていない。球種を絞っているのか、何を考えているのか、さっぱり分からない。

 北条は内角低めにミットを構えた。

(ボールの威力がない以上、コントロールで抑えるしかない……際どいコースだが、ここは黒田の苦手なコースだ。頼む! 振らないでくれ!)


 サイン交換が終わり、ネネが振りかぶると同時にサードのポジションに付く勇次郎はグッと腰を落としたが、その時、ネネの異変に気付いた。

(何だ、アイツ?)

 顔面は蒼白で険しい顔をしていた。

(何かヤバいことが起こっている?)

 勇次郎はタイムをかけようとしたが遅かった。ネネは投球モーションに入っている。今、動きを止めたらボークになる。

(しまった……!)


 ネネは残された身体の力を振り絞った。

(これが最後の一球……お願い、言うことを聞いて、私の身体……!)

 全エネルギーを集めて、ネネは渾身のストレートを投げ込んだ。しかし、そのストレートには伸びが全然ない。


 ネネの力がないボールを見た黒田はほくそ笑んだ。

(終わりだ! くたばれ羽柴寧々!)

 内角低めのストレートを思い切りすくいあげた。


 カキーン!

 快音を残して、ボールは右中間に高々と舞い上がった。一軍ベンチからは歓声、二軍ベンチからは悲鳴が上がる。


 北条はマスクを投げ捨てて、打球の行方を確認した。

(やられた……黒田のヤツ、ネネにもう投げる力がないことを知っていたんだ……だから、ツーストライクまで待ったんだ。完璧に打つために……)


 高く上がった打球はスタンドインするかは微妙な飛距離だ。だが飛んだ場所が悪い。右中間はセンターの守備範囲。センターはイップスの毛利だ。

(終わった……)

 北条はがっくりと肩を落とした。


 ツーアウト満塁のため、ランナーは一斉に塁を回った。黒田は勝ちを確信して、バットを放り投げると、ゆっくりと一塁に走った。

 手応えは完璧、スタンドインの満塁ホームランか、悪くても長打コースだ。


 マウンド上では、全エネルギーを使い果たしたネネが打球の行方を追っていた。

(終わった……もう、このまま倒れてしまいたい……)

 だが歯を食いしばり、打球の行方を目で追った。

(ダメ……倒れるわけにはいかない。打球の行方を見届けるまで、倒れるワケにはいかない。それが私の……ピッチャーとしての責任だ……)


 そんな中、右中間の大飛球を全力で追いかける影があった。

 それは背番号「53」、センター毛利の姿だった。


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