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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
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第46話「対決! クリーンナップ」後編

(何で? 何でなの!? 力が……力が入らない……)


 ネネは平静を装うと、地面に落としたボールを拾い上げ、何もなかったかのようにボールを手に馴染ませた。

 だが心中は穏やかではなかった。力が入らないだけでない。寒いのだ。身体の体温が陽気な気候とは逆に下がり続けているのが分かった。

(あと、ひとりなのに……力が入らないことを気づかれちゃいけない……)


 傍目にはネネの異変に気付く者はいなかった。ただひとり……次のバッターの黒田を除いて……。


(あのガキ……平静を装っているが、俺は見逃さなかったぞ。どうやらガス欠を起こしやがったな)

 黒田はニヤリと笑った。

(なぜ俺がそのことに気付いたかって? 俺も経験者だからだよ。事実、何度もぶっ倒れている。だから、俺は地道なウェイトトレーニングで基礎体力をアップさせてきた。身体を動かす燃料には限りがあるからだ。だが悲しいかな、お前は女だ。女のくせに特殊な筋肉を持っているみたいだが、筋肉を動かすエネルギーだけはすぐには補給できない。蜂須賀と明智に投げたことで、お前のエネルギーは空っぽなはずだ)


 ネネを見ながら、黒田は自らの過去を思い返していた。

 それはレジスタンスに入団した二年目の春のことだった──。


 プロに入って一年目は二軍で身体作りに専念していたのだが、秋に行われた若手中心のリーグ戦で実績を上げていたため、一軍キャンプに抜擢されていた。

「おう黒田、頑張ってるな」

「ははっ、まだまだ線が細えな。もっとメシ食えよ」

 練習の合間に正捕手のキャッチャー北条と四番の今川が声をかけてきて、黒田は緊張のあまり頬が赤くなった。


 東北の高校からドラフト六位でレジスタンスに入団した。甲子園経験はないが、ミート力が高く、将来性を買っての指名であった。

 ただ、190センチ近い身体付きなのだが、なにせ線が細く、首脳陣からはもっと食べて身体を大きくするように言われていた。色白で頬もほんのり赤い。純朴な性格で、まだ少年の面影を残していた。

 プロの世界で結果を残すためには、他人以上に努力しないといけない。黒田は自分を厳しく律し、同僚からの遊びを断り、数々の誘惑を断ち切ると、練習、練習、また練習……という日々を送っていた。

 酒が飲めない。タバコも吸わないし、もちろん女も知らない。

 純粋に野球だけに打ち込んだ。少ない給料は家族への仕送りと、自分への投資としてマッサージや食事に費やした。

 黒田が真摯に野球に取り組む姿は首脳陣からも評価されていた。しかし、そんな黒田を見て眉をひそめる輩もいた。


 練習後、黒田は夜の街にいた。居酒屋とは違う、華やかな女性がいる店だった。

 なぜ黒田がそんなところにいるかというと、同期のドラフト一位の選手、吉川に強引に連れてこられたからだった。他にも3位で入団したピッチャーもいる。ふたりとも大学卒で黒田より歳上だった。


 黒田の隣に綺麗なドレスを着た女性が座ったが、胸元が開いているのが見えて、黒田は目を逸らした。

「いや──照れてる。可愛い─ね、この子」

 コンパニオンにからかわれた黒田は真っ赤になった。

「黒田って言うんだ、可愛がってやってくれよ。コイツ田舎モンだからよ」

 と、吉川がからかう。

 吉川は即戦力として大卒でレジスタンスに入団。ポジションはサードだが、同じポジションに今川がいるため控えに甘んじていた。


 本当は宿舎で自主練をしたかったが、歳上の吉川に誘われた以上、断るわけにいかない。未成年だからソフトドリンクを飲んで一時間くらいしたら帰ろう。黒田はそう思っていた。


 だが、そんな黒田の前にビールグラスが置かれた。

「吉川さん、自分、お酒は……」

「何言ってんだよ、飲めよ」

 戸惑う黒田に吉川は睨みながら酒を強制してくる。

 「で、でも……」

 「何だお前、俺の酒が飲めねえなのかよ?」

 黒田は仕方なく、ひとくちだけ口をつけた。

(に、苦い……)

 ゲホゲホと咳き込む黒田を見て、みんなが笑った。


「ははっ、コイツ東北の山奥から出てきたから、酒もタバコもオンナも知らね─んだぜ」

 吉川が皆の前で黒田をからかう。

「はは……」

 黒田は愛想笑いをした。

「だから、今日は俺らが大人の酒の飲み方を教えてやるよ」

 吉川は目の前にある空の大ジョッキに、ウイスキーや焼酎、ありとあらゆる酒を混ぜ出した。

 黒田は背筋が凍った。

「俺からのスペシャルカクテルだ」

 黒田の身体をもうひとりの男が後ろから拘束した。吉川はニヤニヤしながら大ジョッキを口に近づけてくる。

「や、やめてください、吉川さん……」

「吐き出したら、また初めからだからな」


 黒田は覚悟を決めた。口に無理矢理アルコールを流し込まれ、涙を流しながらそれを一気に飲み込んだ。

「キャ──、黒田っち、すご─い! 良かったね─良い先輩を持って─」

 はやし立てる女の声と吉川の馬鹿笑いが、黒田が最後に聞いた声だった。


 その後、黒田は急性アルコール中毒で病院に運ばれた。

 キャンプ中の未成年の飲酒。

 事態を重く見た球団は、黒田の言い分は一切聞かずに二軍に強制送還した。


「な、何なんですか……? その吉川って人……黒田さん、可愛そう……」

 二軍ベンチでは、今川監督が由紀に黒田の過去を話していた。

「吉川は俺とポジションが被っていて、控えに甘んじていた。それで、おとなしく同期で下位指名の黒田をストレスのはけ口にしたんだ」

「それで、吉川って人は今は……?」

「ああ、その翌年、素行不良で解雇されたよ。一緒につるんでた奴も一緒にな」

「そうなんだ……それで、黒田さんは……」

「ヤツはその後、長い間二軍に幽閉された。だがヤツは腐らなかった。そして……猛練習を重ねる鬼と化した」


 二軍に強制送還された黒田は変わった。今までも熱心に練習には打ち込んでいたが、それでも笑顔はあり愛嬌があった。

 しかし、その事件以降、黒田は人を遠ざけた。徹底的にウェイトトレーニングを行い、肉体改造を行なった。筋力をつけるため、食事もすべて見直した。

 それから、人から舐められない外見にするため、パンチパーマをかけて眉毛を剃り落とし、日焼けサロンに通って肌を黒くした。

 練習量は増えた。とにかく練習した。黒田は二軍で牙を研いだ。


「次に黒田に会ったのは、俺が29、ヤツが25のときのキャンプだった」

 今川監督は目を閉じる。

「その時にサードのポジションを賭けて勝負をしたんだ。その結果……アイツがあんな風になったのは俺のせいだ……」


(今川監督と黒田の過去に一体何が……?)

 由紀は固唾を飲んで、今川監督の話に聞き入った。


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