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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
45/207

第45話「対決! クリーンナップ」中編

(コイツ、やる気満々じゃねえか……)

 バッターボックスに鬼気迫る表情で入った明智隼人の雰囲気に北条は警戒を強めた。


 明智隼人。高校野球屈指の名門校、大阪樟蔭高校出身で、レジスタンスにドラフト一位で入団。

 入団二年目からショートのレギュラーに定着。昨年はホームランを30本打っている。

 ルックスも良く、付いたあだ名は「ナニワのプリンス」、圧倒的女性ファンを有するレジスタンスの看板選手だ。


(それ故に、多少の問題行動があっても球団は黙認してきた。だから、今川監督がコイツを殴ったのは、必然のことだったのだろう)

 と、北条はサインを出しながら思った。

 

 マウンドではネネが北条のサインを確認していた。そして、セットポジションから第一球を投じる。

 初球は変化球「懸河のドロップ」だった。大きく孤を描いたドロップは外角に決まり、審判が手を挙げた。まずはワンストライクを奪う。


 ボールと判定されてもおかしくないコースだったが明智は動じない。

 逆に左足で独特のリズムを取ると、集中力を高めながら、自分自身の過去を回顧していた。


 順風満帆な野球人生を送っているように見える明智だったが、密かにコンプレックスがあった。それは優勝経験がないことだった。

 幼い頃から野球を始め、強豪チームにばかり所属していたが、不思議と優勝には縁がなかった。

 高校で甲子園常連校の大阪樟蔭に進み、甲子園の決勝まで二度も進むも、二度とも敗退し準優勝。

 明智の在学中、優勝は一度もなかった。

 特に決勝戦ではヒットが打てず、大ブレーキだった。二試合ともピッチャーが崩れ、大量失点で負けたため、明智のノーヒットは目立たなかったが、明智は自分がここ一番でプレッシャーに弱いことを自覚していた。

 だから、レジスタンスに指名されたときは嬉しかった。この弱小球団なら気軽にプレイできる。プレッシャーとは無縁だ、と思った。


 レジスタンスに入団後は着実に実績を積み上げた。黒田の軍門に下り、遊撃手ショートのレギュラーを獲り、四番の座を受け継ぎ、いつしか球団の顔になった。

 ……しかし、いつも心の底に葛藤はあった。

 それは自分のヒットやホームランが、チームの勝利に貢献していないんじゃないか? という葛藤だ。

 ヒットは出る。ホームランも打つ。だが、それは試合が決した後が多い。自分は本当にチームに貢献できているのか? その思いは絶えず心の奥にあった。


 明智はバットを握りしめネネと対峙する。二球目は再びドロップ。一球目とほぼ同じコースに決まるが悠然と見送った。


 明智をツーストライクまで追い込んだが、嫌な見逃し方だな……と、北条は不安になった。どう考えてもストレートを待っているとしか思えなかったからだ。

(どこかでストレートは投げなくてはいけない。だが、明智はインコース打ちの名人だ。絶対にインコースには投げてはいけない)

 北条はアウトローにサインを出した。


 ネネは頷き、アウトローにストレートを投げ込むが、僅かに外れてボールとなる。


 カウントは1-2。明智は大きく息を吐き出すとマウンドのネネを見つめた。

(大したオンナだよ、本当に……吾郎にバントをさせず、この俺をここまで追い込むんだからな)

 ドクン……。

 胸が高鳴る音が聞こえる。

(こんな高揚するのはいつ以来だ?)

 身体全身を心地良い緊張感が包んだ。


 集中力を高める明智を見た北条がサインを出す。

(明智はストレート狙いだ。裏をかくぞ)


 ネネは頷き、三度みたび『懸河のドロップ』を投じる。

 落とすコースは内角低め。ここに落とすように投げれば、右バッターの明智からすると、自分の背中からボールが落ちてくる感覚になるだろう。上手く決まれば三振、悪くても凡打になるコースだ。


 ネネが投じたドロップは完璧だった。

 狙い通りボールは明智の身体に向かって飛び、内角低めに大きく弧を描き落ちた。

(決まった!)

 北条がそう思った瞬間、今まで微動だにしなかった明智がスイングを開始するのが見えた。上手く腕を畳み、ボールをすくいあげた。


 カキン!

 快音を残し、ボールはレフト上空に飛んでいく。ジャストミート、飛距離は充分だった。

 ……しかし、球は左へ僅かに切れた。

 特大のファールだった。その光景に二軍ナインは全員胸を撫でおろした。


「チッ」

 明智は舌打ちをしながら、放り投げたバットを拾った。

 北条は明智の芸術的な内角のスイングに敵ながら惚れ惚れした。

(すごいな……コイツの内角打ちは天下一品だ)


 再びバットを構える明智。その集中力はピークに達していた。

(さあ、来いよ羽柴寧々、最高だぜ、このヒリつく感覚……イっちまいそうだ。完璧に打ち砕いてやる。そうすれば、俺は今までの自分と決別できる……)

 明智は完璧にプレッシャーを味方にしていた。


(さあ、どうする?)

 北条は有りとあらゆる可能性を考えサインを出すが、ネネは首を振り続ける。

(まだ投げていないコースはここしかないぞ)

 明智の得意な内角高めのサインに、ネネはようやく頷いた。

(おいおい、そこに投げたいっていうのか?)

(大丈夫、ここを振らせます)

 マウンドからネネの強い意思が伝わってくる。

(分かったよ……だがその代わり、お前の最高のボールを投げてこい!)

 北条は覚悟を決めて、ミットを内角高めに構えた。


 明智は左足でリズムを取っている。

 ネネはランナーは完全無視して振りかぶった。左足を高く上げ、右足をヒールアップ。右腕を弓を引くように振り絞り、左足を大地に叩きつけ、全パワーを指先に集中させた。

(いけえ!)

 真上から思い切り弾かれたボールは明智の得意コース、内角高めに向かって飛んでいく。


(よし! もらったあ!)

 明智は腕を畳み、バットを振り抜いた。

 ……しかし、ネネの球は唸りを上げホップすると、バットをすり抜けて北条のミットに飛び込んだ。


「ストライク! バッターアウト!」

(やったあ!)

 ボールがミットに飛び込む乾いた音が聞こえ、明智のバットが空を切るのを見たネネは小さくガッツポーズをした。


 一方で、空振り三振を喫した明智は呆然としてバッターボックスから、しばし動かなった。

(ボールが……ボールが浮いた? 何だそれ……? オンナが投げるボールじゃねえぞ……)


 得意の内角を空振り三振、全力を出し切り明智は負けた。プライドは砕け散った。

 だが……何故か清々しかった。ネネのストレートは明智の憂いを振り払うくらい衝撃的だった。


 ベンチに戻る途中、黒田とすれ違い、何か言われたが耳に入らなかった。

 ベンチに戻ると、明智はタオルを頭から被った。悔しさが込み上げてくる。

(こんなに……こんなに悔しいと思うのはいつ以来だろう?)

 明智は両拳を強く握りしめながら、しばし、その悔しさに浸った。


「ツーアウトォ!」

 マウンドでネネが内野陣に声をかける。

(あとひとり……あとひとりだ!)

 バッターボックスに五番黒田が入るのが見えた。その時だった。


 ドクン!

 ネネは身体に違和感を覚えた。

(な、何?)

 身体が急速に冷えてくるのを感じた。

 そして、ネネは手にしていたボールを落としてしまった。

(え……? う、ウソでしょ? 力が入らない……)


 太陽が照りつけるマウンドで、ネネはかつてない脱力感と寒気を感じていた。


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