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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
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第44話「対決! クリーンナップ」前編

 蜂須賀はネネのストレートに驚愕した。

 明智がベンチで話していた通り、ボールが手元でグンと伸びてホップしたからだ。捉えたと思ったバットが空を切っていた。


 二軍ベンチ内でも、ネネのピッチングに対して驚きの声が上がった。

「か、監督……何です? あのネネの球は? 今までより更にスピードアップしてますよ」

 唖然とした由紀が今川監督に話しかける。

「ああ……どうやら、さっきの高熱はネネの身体の新陳代謝を促すモノだったみたいだな」

 今川監督も驚いている。

「どういうことです?」

「前にどこかで聞いたが、人の身体というのは負荷をかけることで筋肉が刺激され、パワーアップしていくと言う。恐らく、それと同じことがネネの身体に起こったと思う」

「じゃあ、ネネは以前より力が上がったってことですか?」

「そうだ。それと、もっと言えば一般人の身体から、アスリートの身体……野球をする身体に変わったってことだな」

「や、野球をする身体?」

「ああ、アイツはホップするストレートを投げるとはいえ、肉体は一般の女性と同じだった。だがプロという厳しい世界で揉まれたことで、アイツの肉体は進化した。つまり、プロ野球仕様の身体に変化したんだよ。しかし、それにしても急激すぎる。まさに規格外なヤツだよ、アイツは……」

 今川監督は驚きの目でマウンドに立つネネを見つめた。


 一方で、マウンド上のネネはボールを手に馴染ませながら口元に笑みを浮かべていた。

(やっと、自分のイメージと身体が重なってくれたわ)


 そんなネネを見ながら、バッターの蜂須賀は動揺を隠せなかった。

(ノーアウト満塁、どう見ても絶好のチャンスだ。だが……)

 蜂須賀は先程のネネのストレートの軌道を思い浮かべていた。速い球ならプロの世界で何度も体験してきた。しかし、ネネの投げるストレートだけは未体験だった。ホップするストレートなど見たことなかった。

(なぜだ? あの球を打てるイメージが全くわかない……)


(吾郎……)

 次のバッターの明智は蜂須賀の背中を見て、蜂須賀の弱点のことを思い出していた。

 それは『絶対的に自分のバックボーンがない』ということだ。

 明智はいつか聞いた蜂須賀の過去を思い出した。


 蜂須賀吾郎は、野球人口の多い神奈川県に生まれた。そのため普通に野球に興味を持ち、幼少の頃から抜群の運動神経を誇り、野球でも頭角を現していた。

 小中と順風満帆な野球人生を送り、高校進学の際には県外の強豪校に誘われた。

 話はトントン拍子に進み、入学がほぼ内定した蜂須賀は野球部の冬の合宿に体験参加することになった。だが、そこで待ち受けていたのは想像を絶する厳しい練習だった。


 そんな部の雰囲気に嫌気が差した蜂須賀は市内の高校に進路を変更した。

 その高校の野球部は、練習も厳しくなく上下関係も緩く、蜂須賀は伸び伸びと野球を楽しんだ。

 甲子園には縁がなかったが、打撃と守備力を買われて、東京の大学に推薦入学した。

 そして、大学で素質を開花させ、レジスタンスにドラフト一位で指名されたのだ。


 しかし、蜂須賀自身は分かっていた。センスだけで野球をしていたので、自分には、ここぞというときに頼る自分のバックボーンがないことを。

 本当に自分を練習で追い込み、ここまでやった、という自信がないことに。

 高校選びを間違ったとは思わないし、後悔もしていない。

 だが、たまに想像するのだ。それは当初の予定通り、強豪校に入学し、厳しい練習に耐えていたら、今より遥かに凄い選手になれてたかもしれないと──。

 レジスタンス入団後、その思いはますます強くなったが、幸か不幸か黒田の軍門に下ることでレギュラーは確約された。同級生の明智とコンビを組むことで気を紛らわせた。


 しかし、段々と自分の能力に不安を抱くようになっていた。

 レジスタンスの三番を任されているが長打力はない。それでも叩かれないのは、レジスタンスが弱小球団で四番の明智がフォローしてくれたり、黒田の圧力でかばってもらっていたからだ。

 世間一般では、野球センスの塊と評価されているが、それは違う。本当はそんな選手ではない。過大評価されている。

 蜂須賀はいつか自分のメッキが剥がれる日が来ることを恐れていた。


(吾郎はああ見えてプライドが高い……)

 明智は打席に立つ蜂須賀を見て思いを馳せた。

(きっとアイツはパニックに陥っている。圧倒的な名選手ではなく、つい最近まで素人だった選手に力の差を見せられて……しかも、相手は女性……これでプライドが傷つかない方がおかしい……)


 明智の心配をよそに、ネネはセットポジションから投球モーションに入った。

(ふ、ふざけんなよ……お前みたいなオンナにやられてたまるか……!)

 二球目は外角低めのストレート。蜂須賀はバットを短く持ちコンパクトにバットを振り切る。

(当たればいい……転がれば……ゴロなら俺の勝ちだ)

 しかし、ネネのストレートは蜂須賀のバットに空を切らせる。


「ストライク!」

 蜂須賀は青ざめる。

(ば、バカな……当たらない……)

 今まで隠していた自信のなさが露呈してくる気がした。メッキは剥がれ出していた。


 マウンドではネネが三球目を投げようと、セットポジションに構えている。蜂須賀は考えを巡らせた。

(三振は……三振だけは嫌だ……何かできることは……?)

 ネネの三球目は真ん中高めのストレート。弾丸のようなボールが向かってくる。


(仕方ない……!)

 蜂須賀は咄嗟にバントの構えをした。それはプライドをかなぐり捨てた行動だった。

(バントには自信がある。前に転がれば俺の足なら間に合う……)

 蜂須賀のバントの構えを見た各ランナーは、一斉にスタートを切った。


 蜂須賀はボールの軌道上にバットを出した。

(よし!)

 このまま、バントをするだけだった。だが、ネネの球はバットの前でグンと伸びホップした。


 ガキン!

 バットはホップした球の下を叩いた。

 バント失敗したボールは、力無く空に舞い上がりキャッチャーが難なく捕球した。


「アウト!」

 アウトのコールを聞きながら、蜂須賀は呆然としていた。

(バントすら……させてもらえないのか……?)

 二軍ベンチから歓声が上がる。その歓声を背に、肩を落とした蜂須賀はベンチに戻った。

 

 ベンチに戻ると黒田が声を荒げた。

「情けねえなあテメエ! あんな小娘の球ひとつバントもできねえのかよ!? 小学生からやり直したらどうだ!? ああ!?」

 だが、蜂須賀は何も言わず、タオルを頭から被った。プライドは粉々になっていた。


「ナイスボールだ! ネネ!」

 ネネは北条から返球されたボールを手に馴染ませると、次のバッターを見た。

 ヘルメットの下の甘いマスクから鋭い眼光が見える。

 ワンアウト満塁、迎えるバッターは、レジスタンス不動の四番「ナニワのプリンス」、明智隼人だ。

 


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