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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
42/207

第42話「一軍対二軍」⑨

 六回表、ノーアウト三塁のピンチを無失点で切り抜けたネネはベンチに戻ってきた。


「ネネ、すごいよ! この回も一軍を無失点に抑えて!」

 笑顔で迎える由紀だったが、その時、ネネのある異変に気付いた。

「え……? どうしたのネネ? 汗が……」

 ネネは大量の汗をかいていたのだ。

「……あ、うん、マウンドは結構暑かったから、汗だくになっちゃった」

 そう言いながらネネはタオルで汗を拭った。

「でも、凄い汗だよ……まさか熱中症とか……?」

「ううん、違うよ。それより喉が乾いちゃった。飲み物もらうね」

 ネネは笑顔を見せると、由紀が持ってきたクーラーボックスからペットボトルのスポーツドリンクを取り出し、グビグビと飲み出した。


 そして、六回の裏、二軍の攻撃は無得点。

 一軍は初回から小刻みに投手を交代していて、ここまでで六人のピッチャーを注ぎ込んでいる。

 この時期、バッターは目が慣れていないことや、一番打者の毛利と四番打者の勇次郎が徹底的にマークされていることから無得点が続いた。


 七回表の一軍の攻撃は六番から始まった。ただここにきて一軍はバットを短く持ち、ネネの球をカットしだした。

 それでも、ネネは一軍の攻撃を三者凡退に抑えた。

 

「ナイスピッチ!」

「あと二回だ、頑張れ!」

 野手陣に讃えられ、ネネがベンチに戻ってきた。

「あっ……! 危ない!」

 その時、由紀が声を上げてネネを咄嗟に抱きとめた。ベンチには階段があり、ネネがつまづいたからだった。

「あ……ありがとう由紀さん……」

 ネネは照れ隠しでペロリと舌を出したが、抱き止めた由紀はネネの身体の更なる異変に気付いた。

 先程までかいていた汗はすっかり引いていたが、その代わりに身体は異常な熱を帯びていたのだ。


「ね、ネネ……な、何、この熱は……!?」

「え? ちょっと張り切りすぎちゃったかな? は、はは……」

 ネネは笑顔を見せたが、その笑顔とは裏腹に呼吸は荒かった。しかも、身体の中で特に右肩と右肘が異常な熱を持っていた。

「ね、ネネ……?」

「だ、大丈夫だよ、由紀さん……マウンドが暑くて、少し身体が熱くなっただけだから……」

 由紀はネネをベンチに腰掛けさせた。ネネの顔は真っ赤になり、どう見ても辛そうだった。


 ネネの異常事態に二軍ベンチはざわついた。

「か、監督……ネネが……ネネの身体が……」

 由紀が心配そうな顔で今川監督に訴えると、今川監督はネネに近づき、熱を確認しようとしたが、その前にネネが監督の手を振り払った。

「や、やめてください……前にも言いましたよね? 女性の身体に勝手に触らないでください……」

 ネネは苦しそうな声を出した。

「熱中症や風邪……じゃなさそうだな」

「ち、違います。な、何か……身体が急に熱くなって……」


「監督……」

 今度は北条が今川監督に話しかけた。

「ネネは以前、育成選手同士の試合で、何イニング投げていますか?」

「……確か、三イニングだ」

 北条は本日のネネの投げた回を計算した。

「今日は三回終わりから投げてるから、約四イニング投げた計算か……」


「オーバーワークだな……」

 今川監督がボソリと呟く。

「コイツがプロの実戦で投げた最長イニングは三回だ。今日はそれ以上の回を全力で投げたから、身体が悲鳴を上げている」

「ええ!?」

 ベンチに動揺が走った。なぜなら、ネネが投げれなくなったら、もう投手がいないからだ。


「……残念だが、ここまでだな」

 今川監督がネネに背を向けた。

「ま、待ってください!」

 それを見て、ネネが大声をあげた。

「わ……私、投げれます! 熱なんて……一時的なものです!」

 すると、今川監督が振り返り、ネネに右手を差し出した。

「な、何ですか? その手は?」

「俺の右手を全力で握ってみろ。お前が投げるかはどうかは、それで決める」

「……」

 ネネは右手を隠した。

「……思った通りだ。お前、もうボールを握る握力もないだろう。限界だよ」

「い、嫌です……わ、私、投げます……」

 握手は拒否したが、ネネはまだ投げることを諦めていない。今川監督はため息をついた。

「分かったよ……このイニングが終わるまで、握手は延期しておいてやる。だが、握力が戻らなかったら即交代だ」

 今川監督はベンチの最前列に向かい、戦況を見つめた。その姿を見て、ネネはホッとしたのか身体が崩れ落ち、由紀が身体を抱き抱えた。


(熱い……ネネの身体はますます熱を持っている。呼吸も苦しそうだ……でも、一体どうすればいいの……?)

 由紀はどう対処してよいのか分からず焦った。すると……。


 ガシャッ……。

 ネネの肩とヒジに氷嚢ひょうのうが当てられた。いつの間に用意したのか、前田が氷嚢を作り、ネネに氷嚢を当てていたのだ。

「か、肩とヒジの熱を取るには、コレが一番いいから……」

「……随分と用意がいいのね」

 由紀が前田を睨む。

「ぼ、僕も昔、同じことがあったから……」


 前田はネネに氷嚢を当てながら、昔の自分とネネを重ねていた。

 それは二年前──。

 前田は一軍に上がり勝ち星を重ねていた。しかし、自慢の制球力が黒田に目をつけられた。

 黒田の調整のため、監督やコーチの見てないところでバッティングピッチャーをやらされた。意にそぐわないコースに投げると罵倒された。

 その内、黒田軍団の明智やルーキーの蜂須賀たちのバッティングピッチャーもやらされた。投げすぎて熱を持った肩とヒジは悲鳴を上げた。

 前田は泣きながら、自分で氷嚢を作り患部を冷やした。黒田の報復が怖くて反抗できなかった。

 練習以外にも遊びに呼び出された。前田の内向的な性格がアダとなり、断ることができず、夜の街に連れ出されパシリとして使われた。

 飲酒量は増え、満足に身体を休めることができず成績は下降した。

 やがて、9勝を最後に一軍で勝てなくなり、そのまま二軍暮らしとなった。

 だが、それでも前田は安堵していた。これで黒田と縁が切れる……と。


 しかし、一昨日、その黒田から突然連絡が来た。

 そして「二軍ベンチの内情を逐一報告すること」と「投げない」ことを命令された。

 二軍ピッチャーは数が少ない。そのため土壇場で登板を回避して、二軍を混乱させ、ピッチャーを疲弊させることを指示されたのだ。

 前田は黒田が怖かった。それ故に肘が痛い、と嘘をついて登板を回避した。

 

 ネネの肩とヒジに氷嚢を当てながら、前田は心の中でネネに謝り続けた。

(羽柴さん……ゴメン……ゴメンね……)


「前田さん、僕も手伝うよ」

 毛利が手伝いを申し出てきた。

「あ……じゃあ、羽柴さんの頭に氷嚢を当ててくれる」

 毛利はネネの頭に氷嚢を当てた。

「ネネ……大丈夫?」

 由紀はネネを抱きしめながら問いかける。

「う……うん……冷たくて気持ちいい……」

 ネネは目を閉じて、少しでも体力を回復させようとしている。


「すごいよね……女の子なのに、あんなすごい球を投げて、体力も限界を超えているのに、まだ投げるって……」

 毛利はネネの頭に氷嚢を当てながら口を開いた。

「僕なんか平凡なフライも取れないのに……羽柴さんは本当に強いよね」

 毛利の言葉を受けて前田は無言で頷いた。


(僕が嘘をついたせいで、羽柴さんがこんなに苦しんでいる……僕が投げれば羽柴さんはこの苦しみから解放される……でも……羽柴さん、ゴメン……僕はやっぱり黒田さんの報復が怖い……それと、一軍相手に投げる自信がないよ……)

 ネネは苦しそうな呼吸をしている。前田は思わずネネから顔を背けた。


「さあ、ネネ、俺の手を握ってみろ」

 七回の裏、二軍の攻撃は無得点に終わり、今川監督が右手を差し出した。

 だが、ネネは虚ろな目で今川監督を見ていた。もう手を動かす体力すら無いようだった。

「……ダメだな。残念だが、ここで試合終了だ」

 今川監督は試合終了を告げに、ベンチを出ようとした。


「ちょっと待てよ! ピッチャーなら俺がやるぜ!」

 すると、勇次郎が大声を出して監督を止めた。

「中学まではピッチャーだったんだ。投げれるぜ」

 何と勇次郎がピッチャーを志願した。


「ま、待った! 俺も投げれます!」

「俺もピッチャーやってました!」

「俺も投げれます! このまま終わりたくありません!」

 勇次郎だけではない。二軍ベンチで次々とピッチャー志願の声が上がった。

「お前ら……」

 今川監督は思わず足を止めて、自分が投げる、と志願している選手たちを見つめた。


 その声を聞いて由紀はネネの顔を見た。ネネは目を閉じて高熱の辛さと闘っている。

(……ネネ、聞こえてる? みんながネネの代わりに投げるって言ってるよ……ネネのピッチングが皆の心を打ったんだよ……)

 由紀は目を閉じると、ネネを強く抱きしめた。

(ネネ……無茶なのは分かってる。でも、もう一度目を覚まして……そして、またあの素晴らしいピッチングを見せて……)

 由紀の閉じた目から涙がこぼれた。その時だった──。


 ジュウウ……と、氷が溶ける音がした。

(ネネ……?)

 目を開けた由紀は、信じ難い光景を目の当たりにした。何とネネの頭や肩と肘に当てられている氷嚢の氷が一斉に溶け出したのだ。前田と毛利もその光景に驚愕した。


 ネネの高熱を吸収するかのように、氷嚢の中の巨大な氷はすべて溶けて水と化した。

 そして、ネネの目がゆっくり開いた。

 ネネの目は死んではいなかった。いや、逆に力強く光り輝いていた。



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