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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
41/207

第41話「一軍対二軍」⑧

 実戦経験が少ないネネを揺さぶる一軍メンバー。

 一時はパニック状態に陥いったネネだったが、勇次郎の一喝で冷静さを取り戻す。

 しかし、ピンチは続く。六回表、ノーアウト三塁、バッターは四番の明智、カウントは2-1だ。


 バッターボックスの明智は集中力を高める。

(以前見た球とは伸びも速さも全く違う。コレがこいつの本当の実力か……)


 しかし、集中力を高めているのはネネも同じだった。

 ランナーやバッターの動きに惑わされることなく、北条のサインを確認すると、セットポジションから四球目を投じた。


(フン……いくら威力があろうと、たかが女が投げる球だ。打ち込むのに何の問題もない)

 明智は独特のリズムでタイミングを図り、左足をぐっと踏み込んだ、しかし……。

(なっ……!?)

 ボールが肩口に向かってくる。

 咄嗟に避けようと身体をのけぞる明智。だが、そんな明智を嘲笑あざわらうかのように、ボールは鋭く弧を描いて、ストライクゾーンに急降下を始めた。

「ストライク!」

 伝説の変化球「懸河のドロップ」が炸裂し、明智は一気にツーストライクまで追い込まれた。


(しまった……コイツには変化球があった……しかし、何だよこのカーブは? こんなに大きく縦に割れるカーブなんて見たことないぞ?)

 初めて見る未知の変化球に明智は動揺した。


 そして、それは三塁ランナーの蜂須賀も同じだった。

(な……何だ今の変化は? 俺が打ったカーブより曲がりが大きく、縦に鋭く落ちたぞ……? それに、あの隼人が手玉にとられている。北条っていうキャッチャーのリードのせいか? ずっと二軍にいたから分からなかったが、かなりの実力だ……)


 動揺する明智と蜂須賀を尻目に、サイン交換が終わったネネは投球モーションに入る。

 そして、指先から弾丸のような球が放たれた。


(低い!)

 コースは外角低めのアウトロー。明智はボール一個分、低いと判断して、スイングを止めた。

 だが、ネネの投じたストレートはホップして、ストライクゾーンに構えた北条のミットに飛び込んだ。

「ストライク! バッターアウト!」

 ネネは明智を見逃し三振に仕留めた。


(なっ……? バカな……! 低いと思ったボールがホップしただと?)

 明智はバットを構えたまま呆然とした。


 また、三塁ランナーの蜂須賀も固まっていた。

(選球眼の良い隼人が見逃し三振だと?)


 ベンチに下がる明智は次のバッターの黒田とすれ違うと、辛辣な言葉をかけられた。

「バカ野郎、せっかくのチャンスだったのに見逃し三振だと?」

「す、すいませんでした」


 肩を落としてベンチに戻る明智の背中を見ながら、黒田は大きく息を吸って吐いた。

(結局、頼れるのは自分だけか……まあ、いい。元々、俺はそこから始まったんだからな)

 そしてバッターボックスに入った。


 黒田がバッターボックスに入りバットを構えると、北条は黒田の様子がおかしいことに気付いた。

 さっきまでの舐めている態度はなく、溢れる闘争心を必死に抑えているようだった。

(警戒しろよ、ネネ。黒田はもうお前を舐めていない。さっきまでとは別人だと思えよ)

 北条は慎重にサインを出した。


 一方、二軍ベンチではネネ対黒田の対決を固唾を飲んで見守っていた。

「さあ、極悪ゴリラとの対決ですね」

 由紀が祈るようにグラウンドを見つめて呟いた。

「はは、極悪ゴリラか、よく言ったもんだ。だがな、あれでも昔は可愛い可愛いお猿さんみたいな容姿だったんだぞ」

 今川監督が笑いながら言う。

「え? お猿さん?」

 打席に立つゴツい体格の黒田を見て、由紀は不思議そうな顔をした。

「いえいえ、あの風貌はどう見てもゴリラですよ」

「嘘だと思うんなら『レジスタンス黒田の若い頃』でネット検索してみろよ。面白いモンが見れるぜ」

 今川監督にそう言われた由紀はタブレットを取り出して検索した。すると……。


「え? ええええええ!?」

 思わず声を上げた。液晶画面に現れたのは黒田の若い頃の画像だが、色白で短髪、頬は赤く、体型はひょろひょろで優しい顔つきの姿だった。今の色黒、パンチパーマ、強面で、がっしりした体格からは、にわかに信じられない。

「な、何ですか!? コレ! 詐欺ですよ! 今と全然、別人じゃないですか!?」

「本人に間違いねえよ。青森の高校からドラフト6位で入団。世間知らずでお人好しで純朴な少年だった。ほっぺが赤くて猿顔だから、みんなからよくイジられていたよ」

「そ、そんな純朴な少年が、何であんな極悪ゴリラに……?」

 由紀はタブレットの画像とバッターボックスに立つ黒田を交互に見つめた。

「プロの世界で生き抜くために肉体改造したんだよ。猛練習してな。アイツ程、努力した選手を俺は知らない」

「で、でもだからと言って、何で外見だけでなく、性格まで変わっちゃったんですか!?」

「……俺のせいだ」

「え……?」

「……アイツがあんな風になったのは俺のせいだ」

 そう言うと、今川監督は遠い目をして空を見上げた。


 由紀と今川監督が話している最中、バッターボックスの黒田はネネを睨みつけていた。

(気に食わねえ……オンナのくせにプロ野球選手だと? さぞかし恵まれた人生だろうな? オレの人生の半分しか生きてねえお前に俺が歩んできた苦しみが分かるか?)

 黒田は歯を食いしばった。

(それから織田勇次郎……テメェもだ。何がドラフト1位だ。調子に乗ってんじゃねえぞ)

 そして、バットを握りしめる。

(来いよ、投げてみろよ、ご自慢のストレートを。何がホップするストレートだ。そんなもんありゃしねえ、打ち砕いてやるよ)


 鋭い眼光でネネを睨み続ける黒田。だが、ネネは一歩も引かず、三塁ランナーを目で牽制すると北条のサインに従い第一球を投じた。


 ネネの生命線である外角低めにストレートが飛ぶ。しかし……。

 カキン!

 グラウンドに快音が響く。黒田がネネのストレートを捉えた音だった。

 黒田はその大きな身体からは想像もつかない繊細な広角打法で、ネネのアウトローのストレートを三塁方向に流し打った。鋭い打球が三遊間に飛んでいく。


 だが、打球は勢いはあったが、サードの勇次郎のほぼ真正面だった。

 勇次郎は打球をダイレクトキャッチする。また、ヒットを確信していた蜂須賀は三塁を飛び出していた。勇次郎はそのまま三塁ベースを踏むとアウトにした。

 これでダブルプレー、チェンジ。ワンアウト三塁のピンチをネネは無失点で切り抜けた。


(ば、バカな……完璧に捉えたはずなのに)

 黒田は呆然としている。


 そんな黒田を見て北条は笑みを浮かべた。

(悪いな黒田、お前のことはよく知ってる。アウトコース打ちの名人ってこともな。だが残念だな、ネネのストレートはホップする。お前は完璧に捉えたと思っているが、実はホップしたボールの下を叩いていたのさ)

「よ─し! よく抑えたぞ、ネネ!」

 北条はベンチに戻っていく。


「く……くそ!」

 苛立つ黒田。だがその直後、マウンドを降りてベンチに帰るネネを見て、あることに気付いた。

 ネネは大量の汗をかき、ユニフォームの袖で汗を拭っていた。そして、息を大きく吐き出しながら、少し足を引きずっていた。


(あれは……? あれは『昔の俺』と同じ……?)

 黒田はもう一度ネネを観察した。ネネは少し苦しそうな顔をしている。


(クク……間違いない。俺と同じ症状だ。アイツの終わりは近い。そして、アイツ以外に二軍にピッチャーはいない。この試合も終わったも同然だ)

 不適な笑みを浮かべた黒田は悠然とベンチに戻っていった。

 





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