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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
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第38話「一軍対二軍」⑤

 一回裏、二軍の攻撃、ツーアウトランナーなしから、四番に座るルーキー織田勇次郎が反撃のソロホームランを放つとスコアは3対2となり、二軍は一点差に詰め寄った。


 ベンチに戻った勇次郎は、皆とハイタッチを交わす。

「勇次郎! ナイスバッティング!」

 ネネも右手を高々と上げてハイタッチをしようとしたが、勇次郎はネネの右手を見ると、ハイタッチをスルーして、そのままベンチに座った。

「何よ─? 何で私とはハイタッチしないのよ─? 気分、悪─い」

 ネネは由紀の隣で、ブーブー言っているが、一連のやり取りを見ていた由紀は「ふ─ん」と呟いた。

「あの織田勇次郎ってのは、本当に無口で無愛想なのね」

「でしょ? 見たでしょ? 私だけ無視して、カンジ悪いでしょ?」

 ネネはプリプリ怒っている。

「……でも、本当は優しい男ね」

「は? あの無神経男が? ないない、それはないよ─」

「右手」

「え?」

「ネネ、さっき右手を上げてたでしょ? 投手にとって利き手は何より大事……織田勇次郎はネネが右手を上げてたのを見て、右手を気遣って、わざとハイタッチしなかったのよ」

「え─? でもハイタッチだよ? それくらいで怪我なんてしないよ─」

 ネネはケラケラ笑うが、由紀は首を振った。

「いいえ。過去にはハイタッチで脱臼した選手もいるし、ファンに利き腕を引っ張られて怪我をした投手もいる。投手にとって利き腕が大事なことを良く知ってるのよ、あの子……」

「そ、そ─かなあ? 偶然だと思うけど……それにアイツは私のこと、そんなに大事に思ってないよ」


 ネネはチラリと勇次郎を見た。勇次郎は涼しい顔でペットボトルの水を飲んでいる。

(でも、由紀さんの言うことが本当なら、ちょっとだけ嬉しいかな?)

 ネネは微かに笑みを浮かべた。


 織田勇次郎のホームランの後、五番バッターは凡退し、スコアは3対2のまま一点差で一回の攻防は終了した。

 しかし、一軍ベンチでは再び朝倉が黒田にいびられていた。

「あんなガキにホームラン打たれて恥ずかしくないのかよ?」

「すいません……」

「お前ら投手陣はいつもそうだ。俺らが取った点を一瞬で台無しにしやがる」

「すいません……」

 朝倉はすいませんを繰り返す。

「ヤツの頭に当てる作戦は一旦ストップだ。次回から織田は全て歩かせろ」

 黒田は投手陣をギロリと睨んだ。


 二回表、二軍先発の大谷の制球は定まらず、四球を連発した。四球からヒットを打たれて、一軍は更に一点を追加する。

 スコアが4対2になったところで、今川監督は大谷をあきらめて、四回から登板予定だった荒木俊介を投入する。

 荒木は中継ぎが主戦場の若手ピッチャー、歳は23歳、背番号は「30」、球威より制球力で勝負するタイプなので、コントロールが良く、何とか後続を断ち、追加点を許さない。


 二回裏、二軍の攻撃は無得点。

 回が変わり、三回表の一軍の攻撃が始まるが、荒木は連続でヒットを打たれだす。

 荒木も長く持たないと判断した今川監督は、三番手ピッチャーの前田に肩を温めておくよう指示を出した。


 三番手のピッチャーは「前田勇輝」、身長は190センチもあり、ピッチャーとして恵まれた身体を有している。サウスポーで背番号は「47」。

 球速は140〜145キロと目を見張る程ではないが、精密機械のような制球力を有する。

 高卒で入団し、今年が八年目の26歳、二年前に急に覚醒し、シーズン9勝をあげるが、昨年は0勝、と二軍暮らしが長い。

 また、体格はいいのだが、メンタルが弱く、ノミの心臓とからかわれ陰口を叩かれている。性格はおとなしく、人畜無害、怒ったところを誰も見たことがない。


(ここまで登板するピッチャーが二回と持っていない。この様子だと荒木さんも長いイニングは無理かもしれない)

 ネネはベンチ前でキャッチボールをして肩を温めている前田を見た。

(前田さんがこの回から登板するとなると、私の登板も早まるかもしれないなあ……)

 そうネネが考えたときだった。キャッチボールをしていた前田が青い顔をしてベンチに戻ってきた。


「どうした?」

 今川監督が話しかけると、前田が消え入りそうな声で話した。

「監督、すいません……肘が……肘が痛くて……」

 ガタン! 

 今川監督が立ち上がる。

「何い!? いつからだ!?」

「今朝、違和感があって……それで今、投げてみたら痛みが……」

 前田は今にも泣き出しそうな顔をしている。


 ネネは青ざめた。

(え……? 二軍のピッチャーは、あと私と前田さんだけだよ。もし、前田さんが投げれないなら、残りのイニングを投げるピッチャーは私しかいない……)


「バカ野郎!」

 今川監督の怒号がベンチ内に響く。

「なぜ、早く言わなかったんだ!」

 今川監督が前田に詰め寄った。ゲームプランが台無しになったことで、誰もが今川監督が激怒すると思った。

 しかし、今川監督から発せられた言葉は意外なものだった。


「なぜ、早く言わなかったんだ!? お前、肘を壊したらどうするんだ!」

 今川監督の気性からして、怒ると思っていたが、真っ先に選手の身体を心配している言葉が飛び出したので、ネネをはじめ、皆が驚いた。

「浅井! 医務室に医者を待機させてある。早くコイツを連れていってくれ!」

「は、はい!」

 由紀は反射的に返事をした。


「か、監督……」

 前田は恐る恐る今川監督に話しかけた。

「何だ?」

「怒ってないんですか?」

「怒ってるに決まってんだろ! お前もっと自分の身体を大事にしろよ! 選手生命に関わる怪我だったら、どうするんだ!」

「で、でも僕……投げれなくて、監督のゲームプランが台無しに……」

「バカ野郎!」

 またまた怒号が響く。

「試合とお前の身体、どっちが大事だと思ってるんだ!?」


 由紀は今にも泣きだしそうな顔をしている前田に付き添い、医務室に向かった。


「……ったく」

 今川監督はドッカリとベンチに腰掛けた。

 ネネは今川監督の顔をじっと見た。

「……何だよ? 人の顔をじろじろと見て」

「あ……いや、意外だなあと思って……監督はもっと選手を酷使するパワハラ系かと思ってたから……」

 今川監督はフンという顔をする。

「酷使もするし、追い込む、でも痛いって自分から言うやつは本当に限界なんだ。そんなヤツを、これ以上、追い込めるか」

「でも、この試合に負けたら、監督解雇されちゃうのに……」

「お前なあ……マジで怒るぞ。俺のことなんてどうでもいい。選手が一番大事に決まってんだろうが?」


 今川監督の言葉を聞いたネネは密かに感心した。

(なかなか言えるセリフじゃないなあ……さっきの毛利さんのこともそうだけど、この監督は本当に選手のことを考えてくれてるんだなあ……)


 ネネは再び今川監督を見つめた。

「だから、何なんだよ? まだ何か言いたいことがあんのかよ?」

「はい。パワハラ、セクハラの最低な監督だと思ってましたけど、見直しました」

 ネネがニッコリ笑う。

「ば、バカ言え!」

 今川監督は照れくさそうに顔を背けた。

「それよりお前! 早く肩を温めろ! 肩ができ次第、この回から投げてもらうぞ!」

「は、はい!」

 ネネは肩を作るために、慌ててベンチを飛び出した。グラウンドでは二番手の荒木がピンチを迎えている。

(出番は近い……)

 ネネはキャッチボールで肩を作りだした。


 その後、荒木はツーアウトまでこぎつけたが、四番の明智にタイムリーヒットを打たれ、点数は5対2となった。その差は三点まで広がっている。

 しかも、ランナーは二、三塁で、バッターは五番の黒田を迎えていた。


「ここまでだな……」

 今川監督がベンチを出た。

「審判! ピッチャー交代だ! 荒木に代わって、ピッチャー、羽柴寧々!」


(来た! 出番だ!)

「はい!」

 ネネは帽子を被り直すと、マウンドに駆け出していった。






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