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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
37/207

第37話「一軍対二軍」④

 一回の表、センター毛利のエラーをきっかけに三点のビハインドを背負った二軍だったが、その裏、毛利のスリーベースヒットを足掛かりにまずは1点を返す。

 息を吹き返した二軍だったが、対照的に一軍の内野陣はピリピリした雰囲気でマウンドに集まっていた。


 マウンドでは一軍先発のピッチャーが、黒田からネチネチと嫌味を言われている。

 ピッチャーの名前は「朝倉俊樹」。背番号「18」を背負うレジスタンスのエースだ。高卒ドラフト1位の27歳、昨年は10勝をあげたチームの勝ち頭だ。


「ふざけんなよ、あんなイップスのゴミ野郎に打たれやがって」

 黒田が朝倉を睨む。

「す、すいません」

 朝倉は平身低頭だ。

「……まあいいわ。とりあえず、この回は織田の野郎に打席が周る。打ち合わせ通りやれよ」

「は、はい……」


 元々、レジスタンスは黒田が権力を握っているため、野手と投手陣は仲が悪く、今回の紅白戦もほとんどの投手が黒田のことを良く思っていない。

 だが、その投手陣も実は黒田派と反黒田派に分かれている。そのため、今回の一軍の投手陣は黒田派の選手で占められていて、この朝倉も黒田派の選手でもあった。


 試合が再開された。黒田に怒られて気合いを入れ直した朝倉は、まずはきっちりと三番バッターを打ち取る。

 これで、ツーアウトランナーなし。迎える二軍の次のバッターは、四番サード織田勇次郎だ。勇次郎は右バッターボックスに入る。


「勇次郎──! 打て──!」

 二軍ベンチからは、ネネの声援が飛ぶ。

 サードの守備に付いている黒田はバッターボックスに入った勇次郎を睨んだ。

(この生意気なクソガキが……!)


 勇次郎も黒田の視線に気付いた。

 そして、黒田を怒らせた、ある事件のことを思い出していた。


 それはキャンプの前日──。

 沖縄入りした勇次郎は、黒田たちから夜の街に誘われた。勇次郎自身は行く気はなかったが、内野陣の親睦を深めるため、と言われて渋々参加した。


 指定された店は怪しげな店だった。

 女性コンパニオンは露出の高い服を着ており、店内はタバコとアルコールと香水の匂いで充満していた。

 案内された部屋は個室で薄暗く、ソファーのど真ん中に王様のように君臨する黒田が座っていて、その両脇には、王様に仕える家来のように、明智と蜂須賀、それと女性コンパニオンがいた。


 席に着いた勇次郎にビールが運ばれてきた。

「俺のおごりだ、まあ一杯いけや」

 ニヤニヤと笑う黒田からビールを勧められた。しかし、勇次郎はビールを脇に除けると「未成年だからお断りします」と言い放った。

「はあ? お前、酒を飲んだことないのか?」

 黒田は挑発的な言い方をしてくる。

「はい」

「じゃあ、タバコは? オンナは?」

「どれも経験はありません」

 勇次郎は顔色変えずに淡々と答えた。

「はっはっはっ!」

 黒田は大声で笑った。

「最近の高校生はウブだなあ、俺なんか高校に上がる前に全部経験してるぞ」

 明智と蜂須賀も笑っているが、勇次郎はため息を付いた。

「……親睦会ということだったので来ましたが、親睦にはなっていませんね。失礼します」

 勇次郎は席を立とうとした。

「おい、ちょっと待てや」

 急に黒田の声色が変わった。

「勝手に帰るんじゃねえよ。今日、お前に来てもらったのはルーキーの洗礼だ。これからは俺の軍門に下ってもらうぜ」

「軍門?」

「そうだ。蜂須賀を見てみろ。一年目からレギュラー、明智は不動の四番だ。なぜだか分かるか? 俺の軍門に下ったからだ。俺はチームの実権を握っている。俺についてくればレギュラーの座は安泰だ。お前もレギュラーになりたいだろう?」


 黒田の問いかけに、勇次郎は再び深いため息をついた。

「……くだらない」

「は?」

「そんなレギュラーなんか、俺はいりません」

「な、何い!? 何だテメェ! 俺様に刃向かう気か!?」

「刃向かう気はありませんよ。ただアンタの軍門には下るつもりはないだけです」

 勇次郎はそう言い放つと席を立ち、出口に向かってスタスタと歩いていった。


「テメェ! 何だその態度は!? 俺を怒らせて、これからタダで済むと思うなよ!」

 黒田の悪態を付く声が聞こえてきたが、勇次郎は無視して、さっさと店から出て行った。

 ……これが黒田を怒らせた顛末だった。


 勇次郎はその時の記憶を頭の片隅に追いやり、黒田から目を逸らすと、ピッチャーとの勝負に集中した。


 試合が再開される。

 朝倉は勇次郎に対して、外角の変化球を続けた。外角、外角と連続してスライダーが投げられたが、コースを外れてカウントは2-0になる。ボール先行のバッティングカウントだ。


 朝倉は三球目を投げる前にサードの方向を横目で見た。黒田が自分の指を頭に当てる仕草をするのが見えた。

 それは「ある」ボールを投げるサインだった。


 朝倉が大きく振りかぶるのを見て、黒田は心の中で呟いた。

(恥をかかせやがって……テメエは、絶対に許さん……俺をバカにした報いを受けろ!)


 朝倉が三球目を投じた。ストレートの軌道だった。勇次郎は内角にヤマを張り、踏み込んだ。

(何!?)

 その時、勇次郎は朝倉のストレートの軌道の異変に気付いた。ストレートは勇次郎の頭を目掛けて飛んで来ていた。


(外角へ二球続けたのは罠よ! 死ね!)

 黒田はほくそ笑んだ、しかし……。


 勇次郎は身体をのけぞって、上手くボールを避けた。頭めがけて飛んできたボールは、大暴投となりバックネットに直撃した。


(な……!?)

 投げた朝倉、そして、黒田は驚愕した。

 どう考えても、頭部直撃は避けられないコースだったからだ。

(な、なぜ避けれた?)


 上手くボールを避けた勇次郎は平静を装っていたが、内心はホッとしていた。

(……助かったな。前に似たような球筋を見ているから上手く避けられた。そうじゃなければ頭に直撃だった)

 勇次郎がいう球筋とは、入団テストの時に見た、ネネの「懸河のドロップ」だった。

 二軍ベンチから怒る声が聞こえてきたので目を向けると、ネネが怒っている姿が見え、勇次郎は口元に微かな笑みを浮かべた。


(……もう一球だ。もう一球、頭にいけ!)

 黒田が朝倉に合図を送る。

 朝倉は振りかぶり、再び勇次郎の頭を目掛けて、ストレートを投じた。


 だが、運が悪かった。

 カウントは3-0のボール先行、朝倉は投手としての本能が四球を嫌がり、手元が狂ったため、ボールはかなり内側……ストライクゾーンに入った。


 カウントはスリーボール。また、頭部目掛けてのボールが来た直後だ。並のバッターなら一球、見送る場面だ。

 しかし、勇次郎は並のバッターではない。失投を見逃さない。


 カキン!

 快音が響く。勇次郎は上手く左肘を畳み、ストライクゾーンに入ってきた内角球を叩いた。ボールはレフト方向へ舞い上がる。


「よ──し! いけ! いけ──!」

 二軍ベンチからは大歓声、勇次郎はバットを放り投げると、ゆっくりと一塁方向に歩いた。


 綺麗な放物線を描いた打球はフェンスをオーバーして、レフトスタンドに飛び込んだ。

 ホームランだ。

 勇次郎はガッツポーズをするわけでもなく、淡々と表情ひとつ変えずにゆっくりとベースを周り始めた。


 三塁ベース上を周るとき、黒田が鬼のような表情をしていたが、勇次郎は気にせずにベースを蹴った。


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