第34話「一軍対二軍」①
紅白戦当日、天気は快晴。
朝一番に沖縄の那覇空港に到着した浅井由紀は事前に手配していたレンタカーに乗り込むと、一路、レジスタンスがキャンプを張っている宜野湾に向かった。
昨日、父である浅井広報部長から話を聞いたが、今川監督の進退を賭けて、本日マスコミ非公開で球団のお偉いさん方、立ち会いの元、一軍対二軍の紅白戦が行われるという。
宜野湾市民球場に着いたのは、試合が始まる三十分前だった。
試合開始は午前10時、本土と違い沖縄は二月だが暖かく、春のような陽気だった。
由紀が観客席にクーラーボックスを抱えて向かうと、メインスタンドには、大阪から来た球団のお偉いさん方が勢揃いしていた。
バックボードに目をやると、一軍、二軍の順で表記があった。この様子だとネネたち二軍は後攻のようだ。
後攻の三塁側ベンチに向かうと、二軍選手たちが身体を温めていて、その中に、キャッチボールを行なう小柄で背番号41の選手が見えた。ネネだ。
「ネネ──!」
由紀が手を振ると、ネネも由紀に手を振った。
「由紀さん!」
すると、ベンチから今川監督がひょっこり顔を出して「こっち来いよ」と由紀に声を掛けた。
選手関係者用の通路を通って、三塁側ベンチのドアを開けると、ネネと今川監督、その他の選手たちがいた。
「由紀さん、良かった! 試合に間に合って!」
ネネがニコニコしながら近付いて来る。
「お前が浅井広報部長の娘か。ネネが世話になってるみたいだな。今日はマスコミもいないし、紅白戦だから、ここで見ていけよ」
今川監督がベンチをポンポンと叩く。
「話は部長から聞きました。大変でしたね。今回の件は……」
「ああ、まあな。でも強力な助っ人も来てくれたから、まあ、何とかならあ」
今川監督はベンチの後ろを指差して、ガハハと笑った。由紀は後方に目を移し、そこに座る男の姿を見ると、思わず声を上げた。
「え!? お……織田勇次郎……選手!?」
ベンチの一番後ろに座っていたのは、背番号31のゴールデンルーキー織田勇次郎だった。勇次郎は由紀にペコリと頭を下げた。
「な……何で? 何で織田選手が二軍チームにいるの……?」
「黒田さんを怒らせて、一軍に居られなくなっちゃったんだって」
ネネは由紀が持ってきた差し入れのバナナを頬張りながら答えた。
「な……お前、何、他人の事情をベラベラ喋ってんだよ! この口軽女!」
「何よ! ホントのことじゃない!」
勇次郎が怒り、ネネが反抗した。
「ははは、仲が良いのは結構だが、そろそろ試合開始だ。切り替えるぞ」
勇次郎とネネの間に北条が割って入ってケンカを止めた。
「監督、試合前にひと言お願いします」
北条が今川監督に声をかけるように頼むと、今川監督は全員に円陣を組むよう指示を出した。
「……今日、俺の進退を賭けた試合に集まってくれたことを感謝している」
いつものおちゃらけた声ではなかった。円陣の中心に立った今川監督の声は低く、そして落ち着いた声だった。
「約束しよう。今日この試合に勝った暁には、ここにいる全員を一軍に登録する!」
一軍……! 全員の目つきが変わった。
「勝って一軍になるか、負けて二軍のままでいるかは、お前ら次第だ……だが……」
今川監督は一呼吸おく。
「お前らは急な要請にも関わらず、ここに来てくれた。それはお前たちに戦う準備ができているということだ! 違うか!?」
今川監督の言葉に力が入ってくる。
「お前らなら勝てる! 一軍相手だろうが勝てる! なぜなら戦う集団になっているのは俺たちだからだ!」
「おう!!」
皆が大声で応える。
「いくぞ! 勝つぞ! 勝って全員一軍だ!」
「おお──!!」
いつしか全員のテンションは最高潮に上がっている。ネネも勇次郎も気合充分の顔をしている。
(さすが、今川監督……熱いハートは現役時代と変わっていないぜ)
久しぶりに聞いた今川監督のゲキに、北条は胸が熱くなった。
そして、午前10時、監督の進退を賭けた紅白戦が始まった。
二軍は後攻だから、まずは守りになる。
二軍の先発は「大谷晃平」、昨年のドラフト1位の投手、高卒で今年20歳。MAX150キロの速球が武器だが、制球力が悪く、昨季の一軍登板はわずか三試合、背番号「16」を背負い、マウンドに向かう。
次いで、守備に就こうとする北条に今川監督が声を掛けた。
「久しぶりの実戦だが、頼むぞ」
「分かりました」
「それと……よく戻ってきてくれたな」
「監督……」
北条は少しうつむいて口を開く。
「ありがとうございます、監督……また、こうしてグラウンドに立てるとは思ってもみませんでした……」
「おいおい北条、しんみりするのはまだだ。この試合に勝ってからだぜ」
今川監督はニヤリと笑い、北条の背中を叩いた。北条は笑みを浮かべると、グラウンドに駆け出して行った。
「勇次郎、いきなりエラーとかしないでよね」
守備位置に付こうとする勇次郎に、ネネが笑いながら声を掛けた。
「誰に言ってんだよ。お前こそ、肩を作っておけ」
勇次郎は相変わらずの無愛想な顔で答えると、サードのポジションに向かっていった。
「さあ! 私たちも声出ししましょう!」
スターティングメンバーが全員守備位置に付くのを見て、ネネはベンチにいる選手たちに明るく声を掛けた。
「みんな、ガンバレ──! 初回の守り、大事だよ──!」
ネネが率先して声を出すと、釣られてベンチにいる選手たちも声を出した。試合開始前から二軍ベンチは良い雰囲気だ。
(ネネがいると、ホント、場が明るくなるなあ)
由紀はネネの天性の明るさに感心している。
(……ただ、それにしても)
由紀は一軍ベンチを見つめた。
(一軍ベンチは不気味だ……怖いくらいに静まり返っている……)
由紀に不気味だと評された一軍ベンチ。その一番後ろのど真ん中の席には、色黒でパンチパーマ、筋肉という鎧で身体を武装した巨大な体格の男が、不遜な態度でどっかりと腰を下ろしていた。
その男こそが、レジスタンスにおけるアンタッチャブルな男、黒田寛治だった。
盛り上がる二軍ベンチを見た黒田は、隣に座る明智に話しかけた。
「明智……あのデカい声出してるオンナが、お前らに刃向かった羽柴寧々か?」
「はい」
「なかなか可愛いじゃねえか。喰っちまいてえなあ」
黒田は舌なめずりをした。
「まだ18の乳臭いガキですよ」
黒田の前に座ってる蜂須賀が笑いながら茶化した。
ドン!
すると、黒田は蜂須賀の座っているベンチの背中を蹴り上げた。
「……誰に向かって、口聞いてんだ?」
「す、すいません……」
慌てて蜂須賀は謝った。
「く、黒田くん……向こうは円陣を組んだりして、気合を入れてるよ。こっちも何かしたほうがいいかなあ?」
一軍を率いる土田ヘッドコーチが恐る恐る黒田に尋ねてきたが、黒田は無言で土田を睨みつけた。
「は、はは……分かったよ。いつも通りやれば、勝てる試合だからね……」
睨まれてびびった土田はクルッと踵を返すと、打席に入ろうとしている一番バッターを怒鳴りつけた。
「おい! 分かってるな! 必ず塁に出ろよ!」
黒田に気を遣い、誰も何も言えない。また土田は黒田以外の選手に威張り散らす。一軍ベンチ内は、まるでお通夜みたいな雰囲気だった。
(クク……たまらねえぜ。レジスタンスは俺のモンだ。だからこそ、今川は気に食わねえ、必ず追い出してやる。それから織田勇次郎……テメエは絶対に許さねえ。この試合で潰してやるから覚悟してろよ)
黒田は不気味な笑みを浮かべた。




