第32話「一軍キャンプの異変」
高知県でキャンプを張っていたネネを含めた二軍メンバーだったが、怪我人や調整者を除き、なぜか沖縄行きの飛行機に乗っていた。
なぜネネたちが沖縄に向かっているのか?
その理由を語るには、少し時間を遡らないといけない。
北条とのキャッチボールを終えて、ブルペンに入ろうとしたとき、二軍監督の元に今川監督から連絡が入った。
内容は「明日、一軍キャンプ場にて一軍対二軍の試合を行なう。試合の出場可能な者は至急、沖縄に集合のこと」というものだった。
それで急遽、身体が動くものを集めて、沖縄行きの飛行機に飛び乗ったのだ。その数、総勢15名。ネネもその内のひとりだった。
ネネの隣の席には北条が座っていて新聞を読んでいる。由紀は一旦、大阪に戻り、車を置いてから沖縄で合流する予定だ。
北条が読んでいる新聞には、レジスタンスのキャンプ初日のことが一面に載っている。
その内容は「今川監督の指揮の下、大阪レジスタンス、キャンプスタート」というものであり「初日ということで主力は軽めの調整。今川監督、ひとまず静観」というものだった。
しかし、その裏では、ある事件が起こっていた。
球団から箝口令が敷かれているが、キャンプ初日の夜、今川監督がレジスタンスの四番バッター、明智隼人を殴ったというのだ。そのため球団幹部まで出てきて大騒動になっているらしい。
「タケさんも変わってねえなあ……」
北条が苦笑する。
「タケさんって……今川監督のことですか? あの人、暴力とか日常茶飯事なんですか?」
ネネは眉間にシワを寄せた。
「日常茶飯事ではないが、俺も昔は殴られたよ」
北条が遠い目をする。
「な、殴るって……! あの人、やっぱり人間的には最低なんですね!」
「まあな、確かに暴力は良くない。でもな、あの人は決して理由なく暴力は振るわない。その証拠に、あの人に殴られて恨んでいる人間はいないと思うぞ。俺もその内のひとりだ」
「だからといって殴るなんて……昭和じゃあるまいし、この令和の時代にあり得ませんよ!」
「殴れたのは明智だったよな」
北条は新聞を畳んだ。
「きっと、どうしても許せない理由があったと思うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、あとこれは俺のカンだが、今回、明智が騒ぎ立てて球団幹部が出てきたというが、どうにも怪しい。他に黒幕がいて、今川監督を陥れようとしている気がする」
そう言うと、北条は窓の外に目を向けた。
飛行機が那覇空港に着くと、二軍選手一行は各自タクシーに相乗りし、キャンプ地である宜野座のホテルを目指した。
選手たちがホテルに着いたのは夕方だった。
到着すると、ロビーには球団幹部がいて、北条だけが呼ばれると、他の選手は部屋で待機することになった。
ネネも用意された部屋に入り、荷物を下ろすとカーテンを開けた。窓の外はもう真っ暗で海は見えなかった。
そんな中、スマホにメールが入った。由紀からだった。明日の朝一番に大阪から沖縄行きの飛行機に乗るという。
メールの返信をしていると、今度は部屋にフロントから電話が入った。二軍選手は全員ホテルの会議室に集合、という内容だった。
指示された会議室に向かうと、部屋には既に北条がいた。そして、二軍戦手総勢15名が全員集まると、北条が口を開いた。
「明日、午前10時、一軍対二軍の紅白戦が実施される。内容によっては一軍と二軍の選手の総入れ替えもあるそうだ」
全員に衝撃が走った。
(この時期に、一軍二軍総入れ替えの紅白戦……?)
ざわめく選手たちを尻目に北条は話を続ける。
「皆も知ってると思うが、今川監督の件で球団が騒いでる、コンプライアンスとかの問題で監督の解雇もあるみたいだ」
皆は更に動揺した。
選手のひとりが口を挟む「そ、それと、今回の紅白戦は何か関係があるんですか?」
質問を受けて北条が答える。
「大アリだ。明日の二軍を指揮するのは今川監督だ」
「え、えええ!?」
皆が大声をあげた、ネネもだった。
(ど、どういうこと?)
北条は事件の経緯を話し出した。
キャンプ初日、明智を始めとする主力メンバーの一部が練習後、夜の街に繰り出してハメを外した。その後、帰ってきた明智を今川監督が呼び止め、明智を殴ったということだった。
殴った理由はふたつ。
ひとつめは、明智はその日の練習は体調不良ということで別メニューだったが、それはウソで、且つ門限を破っていた。チームを代表する四番がそんなザマでは、他に示しがつかないという理由。
もうひとつは、繰り出した夜の街の店でハメを外し、店に被害を与え、店の女性を泣かし、苦情が入ったことだった。
このふたつを咎めたところ、明智が反抗的な態度を取ったので、今川監督は殴ったとのことだった。
そして、その殴打事件を見ていた他の選手が土田ヘッドコーチに密告し、球団本社に連絡が入ったことで、一気に監督解任の話が進んだらしい。
ただ、球団から問い詰められた今川監督だったが、全く動じなかったという。
逆に「自分の手腕に間違いはない、黙って見ておけ」と啖呵を切ったらしい。
そこで、球団本部は今川監督に監督続投の条件を突きつけた。
それは「今川監督の手腕を見せろ」と言うこと。具体的には、今川監督が二軍を率いて紅白戦を行い、一軍に勝ってみせろ、という条件だった。
戦力の劣る二軍が一軍に勝てば、今川監督の采配を認め、今回の殴打事件は不問とする。というのだ。
ネネの顔が青ざめた。
(じゃあ、明日の試合は監督の解任を賭けた紅白戦になるの? それって、かなり責任重大じゃない……)
すると、北条の話が終わると同時に今川監督が会議室に入ってきた。沖縄ファッションの派手なかりゆしウェアに短パンというラフな格好だった。
「おっ、全員揃ってるな」
皆の背筋がピンと伸びる。
「北条から話を聞いたと思うが、まあ明日は頼むわ、俺のクビがかかってるからよ」
自分の進退がかかっているのに、今川監督は軽い口調だ。
「タケさん……いや、今川監督、もう少し緊張感を持ってくださいよ」
北条が苦笑する
「ははっ、あんまりコイツらにプレッシャーをかけちゃいけないからな」
(自分の進退が賭かった試合なのに、相変わらずだなあ……)
ネネも苦笑する。
「お……そうだ、明日のスターティングメンバーはコレだ」
今川監督はメモ用紙を北条に渡す。
「全員、心の準備をしておいてくれ、以上!」
そんな気楽な様子の今川監督を尻目に、メモ用紙を見た北条は驚いた。
「か、監督!? コレは……このメンバーは一体……?」
今川監督はニヤリと笑う。
「気が付いたか。明日、ここにいるメンバー以外に助っ人がひとり入る。おう、入ってこいよ」
今川監督が声をかけると同時にひとりの男が部屋に入ってきた。
その姿を見てネネは目を見開いた。
部屋に入って来たのは、一軍にいるはずの織田勇次郎だった。




