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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
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第31話「父と娘」後編

 レジスタンスの元正捕手、北条はミットを手に立ち上がった。180センチを超える身長に、がっしりした体躯、背中には背番号「27」が見える。


(わ、わあ……ゴツい……)

 ネネは一瞬たじろいだ。

(この前会ったアスレチックスの石川さんより、ひとまわり大きくて、まるで岩みたい……)

 北条はグラウンドに出て、軽く身体を動かすと「まずは軽くキャッチボールだ」と言った。


 その頃、他の二軍メンバーがグラウンドに現れたが「あ、あれ……珍しいな、北条さんがキャッチボールしてるぜ」「しかも、相手は羽柴寧々だ……」と驚いていた。


 スタンドに座る由紀も、ネネと北条の姿を見て、北条をグラウンドに連れ出したネネの行動力に感心していた。

(凄い……ネネが北条さんを引っ張りだした。でも、その後はどうするんだろう?)


 そして、皆に見られながら、ネネと北条のキャッチボールが始まった。

 初めは仕方なく受けていた北条だったが、ネネが投げる球を一球、二球……と、受ける度にその球の質に驚くことになった。

(な、何だコイツの球は……?)

 北条は目を見張った。

(何てキレイな球の回転をしてるんだ。こんな球を投げるヤツ、プロでもなかなかいないぞ)

 次いで、北条はネネのフォームをチェックした。

(オーバースローか……そして真上から球をキレイにしっかりと弾いている。このオンナ、一体何者だ?)


 ネネの球を受ける度に、北条は娘を思い出した。

(なぜだ? なぜ萌音を思い出す?)

 脳裏に在りし日の娘の姿が浮かんだ。

「お父さん、いくよ──」

 萌音の声を思い出して、北条は目元が熱くなった。ネネとのキャッチボールで思い出はより鮮明に濃くなってくる。


「あ……あの──……」

 すると、ネネが急に声をかけてきたので、北条はハッと我に返った。

「……何だ?」

「い、いえ……何でもないです」

「気になるだろう、言えよ」

 北条はムスッとした。

「は、はい……北条さんは投げていて安心感があるから、子供の頃、お父さんとキャッチボールしていたことを思い出します」

 ネネは恐る恐る話した。


(お父さん……)

 ドクン! 北条の鼓動が高鳴る。ネネと萌音の姿がオーバーラップしたので、北条は頭を振って幻影を振り払った。

「……女のくせに野球するなんて物好きだと思っていたが、父親の影響か?」

「は、はい……野球は父親から教えてもらいました……」

 ネネは、はにかみながら話した。

「父親は……野球経験者だったのか?」

「はい、ていうか、野球は好きなんですが、ずっと補欠だったみたいで名選手ではなかったと思います」

「そうか……じゃあその代わり、父親はかなりお前を鍛えてたみたいだな」

 北条はネネの投球を見てそう考える。コントロールもかなり良い。多分、厳しく鍛えたんだろう、と。


「あ、いえ、全然」

 だが、ネネはケラケラ笑いながら答えた。

「は? 違うのか?」

(それならなぜ、こんないいボールが投げれるんだ?)

 北条は思わず首を傾げた。

「父は子供が産まれたら、キャッチボールするのが夢だったみたいです。そしたら、産まれたのが女の子だったので、母に反対されて……」

 北条は話に聞き入っている。

「その後、私が産まれたんです。でも父はどうしても子供とキャッチボールをしたかったみたいで、私に野球を教えたんです」

 ネネは笑いながらボールを返した。


 ネネと会話をしながら、北条は別れた妻のことを思い出した。

(そういえば、初めはアイツも反対していたなあ……)

「……お母さんは反対しただろう?」

「はい! でも私、野球にハマっちゃって、それからはずっと野球が大好きです!」

 ネネの言葉を聞いた北条の口元が緩んだ。

(そうか……この娘は誰にも強制されることなく、野球の楽しみに目覚め、技術を磨いてきたんだな)


「その後、妹が産まれたんですが、妹は野球に全く興味を持たなかったから、三姉妹で野球をやるのは私だけです」

 ネネはケラケラと笑う。

「北条さんとキャッチボールをしていると、子供の頃、お父さんに投げていたことを思い出します。私、ノーコンだったから、お父さん、いつもボールを捕りに走ってくれてました」


 北条の脳裏に再び萌音の姿が浮かぶ。

 北条は萌音の投げた球を後ろに逸さなかった。そんな姿を見た萌音は驚いた顔をした。

「お父さん、すご──い!」

「はは、これでもお父さんはプロの野球選手だぞ。どんな球でも捕ってあげるから、どんどん投げてきなさい」


 キャッチボールが終わると、萌音と手を繋いで帰った。

「お父さん、萌音、大きくなったらプロ野球選手になりたい! ピッチャーをやるの!」

「そうか、そしたら女性初のプロ野球選手の誕生だな! 萌音ならなれるぞ!」

 萌音の頭を撫でた。

「うん! それで、お父さんに捕ってもらうの!」

「お父さんにか? じゃあ、それまでは引退できないな」

「引退しちゃだめだよ! 萌音がプロ野球選手になるまで待ってて!」

「はは、じゃあ、その日が来るまで、お父さん、ずっと現役で待ってるからな」


 幸せだった……。しかし、そんな幸せな時間は一瞬で奪われた。

 事故を恨んだ。人を恨んだ。酒に溺れた。

 ……それでも野球は捨てられなかった。

 萌音との約束はあの時から止まったままだ。だが、今、目の前にいるこの娘が、その時間を動かそうとしている。


 何球か投げた後、「肩は温まったか?」と北条が声をかけた。その声は先程と違い優しかった。

「はい!」

 ネネが元気よく返事をすると、北条はネネの立ち位置から逆算して少し後ろに下がるとミットを顔より少し下の位置で構えた。

「お前の球の軌道を見たい。そこから、全力でこのミット目掛けて投げてみろ」

「は、はい……」

 ネネは振りかぶると、北条のミットを目掛けてボールを投げ込んだ。


 糸を引くようなキレイな回転のストレートが飛んでくる。北条は目を見張った。

(何だ、この球は!? 伸びる!)

 ズバン! 顔の前でボールを捕球した北条は、信じられないという表情をした。

(ここは平地だぞ、それなのにこの伸び……この球を傾斜のあるマウンドから投げ込んだら、一体、どんな球になるんだ?)

 北条のキャッチャーとしての本能に火が点いた。


「お、おい、もう一球だ」

 北条はネネに返球する。

「もう一回、全力で投げてみろ」

 だが、ネネは戸惑っている。

「どうした?」

「あ、あの……全力で投げてもいいんですか……?」

「は、はあ? 今の全力じゃないのか!?」

「は、はい……私の球、ホップするから、全力で投げることは滅多にないんです……」


 ネネの言葉を聞いた北条は苦笑いを浮かべた。

「……俺はこれでもプロ野球の選手だ。どんな球でも捕ってやるから、全力で投げろ」 

 そう言った後、北条は気付いた。

 かつて、娘に言ったセリフを再び口にしていたことに。


 北条の言葉を聞いたネネはニッコリ笑うと「じゃあ、全力で投げま─す」と言い、振りかぶると、さっきより指先に力を込めて球を弾いた。


 ネネが投じた球は、前に投げたときより伸びる。

 手元でグンとホップしたが、北条はその球を押さえ込み、再び完璧に捕球した。

「ナイスボ─ル!」

 反射的に声が出た。久しぶりに受けた伸びる球に手がジンジンしてる。しかし、心地よい痛みだ。


(タケさん……アンタ、とんでもない選手を連れてきたな。俺の現役生活も終わりに近い。その最後に組むには最高の相棒だよ)

 不意に涙がこぼれた。萌音はもうこの世にいない。だが、北条には目の前に立つネネがまるで萌音の生まれ変わりのように思えた。

(約束したもんな、萌音……お前の球を受けてやるって……お父さん、もうちょっとだけ頑張ってみるよ)


 涙を隠すため北条はネネに背を向けた。北条が後ろを向いたので、ネネは心配して駆け寄った。

「ほ、北条さん! 大丈夫ですか!? どこか怪我とかしたんじゃ……?」

「二日酔いで気分が悪くなっただけだ。心配するな、モネ」

「モネ? 私、ネネですよ、北条さん」

 ネネはキョトンとした顔をした。

「そ、そうだったな……失礼したな。まだ酒が残ってるみたいだ」

 北条はネネから背を向けたまま、目元を袖で拭った。

「本当に大丈夫ですか?」 

「大丈夫だ。それよりも肩は温まったか?」

 北条は振り向いた。その目にもう涙はない。

「は、はい」

「それじゃあ、ブルペンで受けてやる。ついて来い」

「え? 大丈夫ですか? いきなり」

「馬鹿野郎! 俺を誰だと思ってんだ! まだまだ腕は錆びついとらんわ!」

 口調は荒いが顔は笑っている。ネネも思わず微笑んだ。


「よし、いくぞネネ!」

「はい!」

 ネネは元気よく返事をした。


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