表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
30/207

第30話「父と娘」中編

 北条は夢を見ていた。

 九年前、その日はレジスタンスの首位攻防の三連戦の初戦。その試合を勝利で飾り、喜びに沸くロッカールームに大慌てで職員が入ってきた。

「北条さん、北条さん……!」

「どうした?」

「北条さん……落ち着いて聞いてください。娘さんが……娘さんが……!」


 パチッ、夢はそこで覚めた。

 冷たいフローリングの床の感触。居酒屋で飲みすぎて、何とか部屋までたどり着いたはいいが、そのまま倒れ込むように寝てしまったらしい。

 そして、また「あの日」の夢を見た。全てを失くしたあの日の夢を……。

 北条は悪夢を振り払うように、よろよろと冷蔵庫を開けてペットボトルの水を取り出すと、一気に飲み干した。


 そして、キャンプ二日目の朝、ネネは由紀の運転する車で練習場に着いた。

「ねえ、ネネ、今日も北条さんに話しかけてみるの?」

「う、うん……今川監督からも言われてるし、もうちょっと頑張って話してみるよ」

 ネネは微笑みながら車を降りた。


 球場に向かうユニフォーム姿のネネを見つめながら、由紀は昨日の父との電話を思い出していた。


 ……九年前、北条は選手として最盛期を迎えていた。

 リードは冴え、レジスタンス投手陣を引っ張り、レジスタンスは十年ぶりの優勝に向けて快進撃を続けていた。

 北条には当時五歳になるひとり娘がいた。名前は萌音もね

 そんなある日、萌音は居眠り運転のトラックにかれるという事故に遭った。

 当然、父である北条の元に連絡が入るはずが、当時のレジスタンスの監督はそのことを伝えなかった。

 なぜなら、その事故があったのは、首位攻防初戦の試合中。監督は北条離脱による戦力低下を防ぐため、故意に事故の連絡を遅らせたのだ。


 北条が事故を知ったのは、試合終了後のロッカールームだった。

 慌てて病院に向かった北条が見たのは、息を引き取り冷たくなった萌音の姿……。

 北条は萌音の亡き骸にしがみつき号泣した。そして、娘の死に立ち会えず、野球をしていた自分を責めた。


 車を停めた由紀はスタンドに座り、誰もいないグラウンドを眺めた。

 先程の北条の話には続きがある。誰も知らない真相を父が教えてくれた。


 北条は故意に事故の事を伝えなかったことを知り、当時の監督を殴った。

 監督殴打事件は球団により揉み消されたが、代わりに北条は干されることになり、長い長い二軍暮らしが始まった。

 そして、その日以来、北条は酒に溺れるようになった。妻との折り合いも悪くなり、妻は家を出ていった。

 そのシーズン、北条を失ったレジスタンスは失速し、最終順位は四位に終わった。

 当時の球団は酷かった、と父は言った。また、監督を殴ったのに、解雇されなかったのは北条の能力の高さを物語っている。

 北条の頭の中には、当時の全球団の打者のデータが全部入っていたらしい。

 北条のことは他球団も高く評価していた。球団はトレードや自由契約で北条のデータが他球団に流出するのを防ぐため、故意に二軍に幽閉し、飼い殺しにしたのだ。


(何てひどいことを……)

 父から話を聞いた由紀は絶句した。

 北条は二軍で死んだように生き続けた。球団に所属していることで最低賃金は得られると、割り切っていたようだ。


 しかし、ここに来て風向きが変わった。

 当時、北条の頭に入っていた他球団の主力バッターは球界を去り、北条も衰えたため、もう北条のデータを恐れることはなくなった。

 本来であれば、昨シーズン中に北条は解雇されるはずであったが、今川監督が白紙に戻したという。

 但し、球団側も一年の期限を設けた。そのため、北条の自由契約は時間の問題だ、という話だった。


 北条のあまりに過酷な過去を知り、ネネが同情や躊躇することを恐れて、由紀はネネに北条の過去を話すことは止めた。

 しかし、そんな北条とネネを組ませることに何か意味があるのだろうか?

 由紀には今川監督の真意が理解できなかった。


 そして、グラウンドでは、一番乗りしたネネが白い息を吐きながら身体を動かしていた。

 ふとベンチに目をやると、昨日の場所にまた北条が寝ているのが見えた。

(よく分からない人だなあ……また飲んでるみたいだけど、球場には一番乗りしている。全くやる気がないわけじゃないのかな?)

 ネネは北条に近づいた。昨日と同じく、グウグウとイビキを立てて寝ている。

(本当に何で今川監督はこの人と組むように言ったんだろう?)

 ネネは疑問を感じながらも、北条の名前を小声で呼んだ。

「お……お──い……北条さ─ん、起きてくださ─い、朝ですよ──……」


 その頃、北条はまた幸せな頃の夢を見ていた。

 家で寝ていると、娘の萌音が腕を引っ張る。

「おと─さん、キャッチボールしよ──よ!」

 妻が洗濯を干しながら笑う。

「萌音ちゃん、お父さんは疲れてるから、もう少し寝かせてあげて」

 幸せだった頃の思い出だ。

「ねえ、おと─さん、おと─さん……」

(萌音の声が聞こえる……いや、これは夢だ。気のせいだ。萌音はもうこの世にはいない……)

「……さん、……さん」

(でも萌音が俺を呼んでいる。そんなバカな……)


 北条はガバッと起き上がった。

「キ……キャアアアア!」

 突然、起き上がった北条にネネはびっくりして、後ろに飛び去った。

「び、びっくりしたあ……」


 びっくりしたのは北条も同じだった。

(萌音の声だと思ったら、コイツの声だったのか……)

「……誰だ、お前?」

 北条は頭を押さえながらネネを見た。

「は、羽柴寧々です。てか、昨日も挨拶してると思うんですけど……」

 ネネは少し不機嫌そうに答えた。

「ああ、そういえば、そうだったな……」

 北条は頭をガリガリとかいた。

「で? その羽柴とやらが、俺みたいな終わったキャッチャーに何の用なんだ?」

「あ、あの……私、ピッチャーなんです。それで、今川監督から言われたんです。北条さんと組め、って」


(今川監督? タケさんから?)

 今川の名前を聞いた北条は即座に反応した。今川監督には現役時代、可愛がってもらった。監督を殴ったとき、真っ先にかばってくれたのも今川監督だった。

(コイツと組めって? あの人がそう言ったってことは、俺にコイツの面倒を見ろっていうことだ。昔からあの人は、見どころがあるピッチャーの教育を俺に任せてきた。しかし、今回のコイツはない。だってコイツは女だぜ……)


 北条はバカにしたように笑った。

「ははっ、女のくせにピッチャーだって?」

 しかし、ネネは気にせずに、ニコニコと笑いながら答えた。

「はい。私、女ですけど、ピッチャーなんです」


(は? 何がピッチャーだ……女のくせに)

 北条は段々と腹が立ってきた。

(タケさん……アンタ一体、何を考えてるんだ……?)


「羽柴寧々……とか言いやがったな?」

「はい!」

 北条は枕代わりにしていたキャッチャーミットを手に持った。

「そんなにお望みなら、お前の球を受けてやるよ」

 北条はゆっくりと立ち上がった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ