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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第2章 レジスタンス内紛編
29/207

第29話「父と娘」前編

 2月1日、十二球団が一斉に春季キャンプをスタートさせる。

 各球団のキャンプ地はバラバラだが、暖かい地方で行われるのが原則なので、南の地域……沖縄や九州が多い。

 ちなみにレジスタンスのキャンプは、一軍が沖縄、二軍は四国の高知県で行われる。

 ネネは二軍スタートだから、キャンプ地は高知県になる。前日にはキャンプ地入りするため移動するが、一軍は飛行機で、二軍は電車移動だ。


 そのキャンプ開始日の前日になる1月31日、高速道路を一台の車が走っていた。

 ハンドルを握るのは由紀、助手席にはネネが乗っている。

「由紀さん、本当にありがとう。キャンプに一緒に来てくれるなんて」

「何の何の、全然いーよ。私はネネのマネージャーなんだし、それに広報の仕事もあるからね」

 由紀はハンドルを握りながら笑う。

 今まではネネのお世話係しか命じられていなかったが、今回のキャンプから広報の仕事として、ネネの行動を発信する仕事を与えられていた。


「ねえ、由紀さん。レジスタンスのキャンプって、どんな雰囲気なの……?」

「私も去年しか知らないけど……ハッキリ言って、全然覇気がなかった……」

 由紀が去年を回想する。

「特に二軍は酷かった……去年は一軍と二軍がしっかり分けられていたから、皆、ヤル気がなくて流す程度だったわ」


 由紀の言う通り、昨年のレジスタンスのキャンプは無気力な内容だった。

 そして、そのツケが祟り、ペナントレースでも負け続けて、結局、最下位でシーズンを終えた。

 しかし、今年は違う。なぜなら「あの」今川が監督に就任したからだ。

「闘将」の異名のある今川だ。監督になった今、選手たちをビシバシ鍛えてくれる、とファンたちは密かに期待していた。


 走る車の中、ネネは関西のスポーツ新聞に目を通した。そこには明日から始まるキャンプの見所を伝えているが、中でも「レジスタンス、期待のスーパールーキー織田勇次郎。一軍キャンプに参加」という記事が目立っていた。

 本来であれば高校生は、身体を作ったり、プロの空気に慣れるために二軍スタートが基本路線なのに、織田勇次郎は当然かのように、一軍キャンプへの切符を手にしていた。


 新聞に写る勇次郎は相変わらず無愛想な顔をしているが、目付きは獲物を狙う肉食獣のようにギラギラしていた。

 ネネは最後に会った、育成選手同士の試合のことを思い出した。

 あの日の勇次郎は、日本一のバッターになることと、メジャーへの夢を語っていたが、その夢に一歩一歩、着実に進んでいるように思えた。

(高卒なのに、いきなり一軍キャンプに参加なんて、やっぱり勇次郎は凄いなあ……)

 ネネは勇次郎の写真を見て、ため息をついた。


「何〜? 織田勇次郎の写真見て、ため息ついたりして、ネネはこういう男が好みなの?」

 由紀がニヤニヤしながら聞いてくる。

「ま、まさか! こんな無愛想で無神経な男に興味ありません!」

 ネネがムキになって否定するので、由紀はクスクス笑いながら車を走らせた。


 大阪から走ること数時間、車はキャンプ地である高知県A市に到着した。

 毎年、ここのスタジアムで二軍はキャンプを張っている。二軍選手は全員、球団が指定した宿舎に泊まるのだが、ネネは女性であることから、由紀と同室でマンスリーマンションに泊まることになっていた。


「当面はここが拠点ね」

 部屋に入ると、由紀が荷物を整理しながら呟いた。

「一軍は沖縄だもんね、早く一軍に上がって、沖縄キャンプに参加できるように頑張るね」

 ネネも荷物を整理しながら、由紀に話しかけた。

 通常、キャンプは二月の終わり、つまり一ヶ月行われ、その間に一軍と二軍の入れ替えも行われる。

 ネネの当面の目的は、二軍でアピールして一軍に上がることであった。


 翌日、A市スタジアムには、朝早くからレジスタンス二軍選手が集合していた。

 今日から一ヶ月、ここでキャンプを行うのだが、キャンプ初日なので、この日は軽めの練習予定だ。

 そんな中、グラウンドに出たネネは、あるひとりの選手を探していた。

 その選手の名前は「北条貴浩」、ポジションは捕手キャッチャー、歳は37歳、と今川監督のふたつ下だ。

 長らくレジスタンスの正捕手だったが、近年はずっと二軍生活を送っているらしい。


 ネネが北条を探しているのには理由がある。キャンプ前に今川監督から伝えられたのだ。「北条と組め」と。

 正直、37歳で万年二軍暮らしの北条と組むメリットはよく分からない。

 だが、今川監督が言うなら従おう、とネネは思った。人間的には疑問符が付くが、こと野球に関しては一流なのだから……。


 二軍監督に北条のことを尋ねると、ベンチを指さされた。

(ベンチ?)

 ネネがベンチに行くと、誰もいないベンチの一番後ろの席で、無精髭の男がアイマスクをしてベンチウォーマーにくるまり、イビキをかいて寝ているのが見えた。


(は? キャンプ初日だよね? それなのに練習を無視して、こうも堂々と寝ているとは……これが、探していたキャッチャーの北条さん?)

 ネネは開いた口が塞がらなかったが、今川監督の指示もあったので、仕方なく北条の肩を恐る恐る叩いた。


「あ、あの〜北条さん……ですか?」

「んん……?」

 北条はアイマスクをずらした。

「……? 誰だ……お前?」

「は……初めまして、私、羽柴寧々と言います……」

 すると、話の途中で北条は大きなアクビをした。

「うっ……うわっ! お酒くさい!」

 ネネは思わず顔を覆って、北条から離れた。

「ふわ──あ、昨日は飲みすぎたなあ……ん? 何で女がレジスタンスのユニフォームを着とるんだ?」

 北条はムクっと起き上がった。

「あ……私、今年から大阪レジスタンスに入団したんです」

 ネネは挨拶したが、北条はネネをじろっと見つめると大笑いした。

「ハハッ! 女が野球とは世も末だ! レジスタンスもこんなことしてたんじゃ、今年もまた最下位だな!」

 そう言うと、またゴロンと横になった。

(な、何なのこの人……?)

 呆れるネネをよそに、北条はイビキをかきだした。


 北条が再び眠りについたので、ネネは仕方なくベンチを後にした。

 北条のことを二軍監督に話しても「誰にも迷惑かけてないからいいよ」と笑ってかわされた。


 そんなこんなでキャンプ初日が終わり、由紀の運転でネネは帰宅の途についた。

「北条さんとは会えた?」

「うん、一応……でもずっと寝てた。何なんだろう、あの人?」

「北条さんも何年か前までは、レジスタンスの正捕手だったのよ、特に投手のリードが凄くて、九年前の時なんかは、あと一歩で優勝するところまで投手陣を引っ張ったのよ」

「え!? でも、そんな凄い選手が何であんな風になっちゃったんだろう?」

「そうよねえ……後でお父さん……いえ、部長に聞いてみるわ」


 こうしてキャンプ初日の夜は更けていくが、その頃、二軍宿舎近くの居酒屋のカウンターで北条が酔い潰れていた。

「北条さん、北条さん、起きてください。もうお店閉めますので」

 店の大将が声を掛けるが、北条は目を覚まさない。

「大将……この人、本当にプロ野球選手なんですか?」

 今年入ったばかりの若いバイトがさげすむような目で北条を見た。

「ああ……名捕手だったんだぞ、北条さんは……」

「今はただの飲んだくれのおっさんにしか見えないですけど」

「そんなこというな。色々あったんだよ、この人は……」


 カウンターで酔い潰れている北条だったが、目には一筋の涙が見えた。

「モネ……」

 そして、誰かの名前を呟いた。



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