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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
25/207

第25話「リフレインが叫んでいる」

「え? じゃあ、今週末には大阪へ引っ越すのか?」

「うん」

 ネネの記者会見の翌日、駅から高校へ続く道をネネと同級生の石田が一緒に歩いていた。


 ホテルでの記者会見の後、今後の話になった。

 2月1日からキャンプが始まる。ネネは二軍スタートだが、球団からは早い段階で拠点を大阪に移してほしいと依頼があったのだ。

 その申し出をネネは了解した。そして、今週末には大阪に引っ越すことにした。住み慣れた地元を離れるのはさみしいが、一日も早く大阪の街に慣れて、新しい環境で野球選手として頑張っていこうと考えていた。


「球団の寮に入るのか?」

 石田はネネが男ばかりの寮に入るかと思うと気が気でなかった。

「あ、その辺は球団が考慮してくれて、マンションを借りてくれるみたい」

(そっか……)

 石田はひと安心した。

「それよりゴメンね、雅治。大事な時にフォローしてあげられなくて……」

 ネネがすまなさそうに謝る。

 石田は大学でも野球を続けようと野球が強い大学のセレクションを受験したのだが、ことごとく不合格となり、今後は一般入試で地元の大学を目指すことになっていた。

「ははっ、俺のことは心配すんな。東海リーグで活躍してみせるぜ!」

 石田は元気よく答えた。

「うん、頑張ってね」

 ネネが石田の背中をバン! と叩いた。


(プロ野球選手か……ネネは本当に遠い所に行っちゃうんだな……)

 石田は少し離れて、ネネの後ろ姿を見つめた。肩まである髪が揺れていた。

(でも待ってろよ、ネネ、俺も大学野球でひと花咲かせて見せる。その時はお前に堂々と告白する! その時まで待っていてくれ!) 

 石田は前をゆくネネの後を追いかけた。


 ネネが高校に着いて職員室に行くと、すぐに校長室に呼ばれてスポーツ新聞を見せられた。

 その一面には『羽柴寧々、支配下登録選手へ。女性初のプロ野球選手誕生』と書かれていた。

 興奮する校長先生を前にネネは照れ笑いして、今朝の出来事を思い出した。


 育成選手として入団したときと同じで、父がコンビニをハシゴしてスポーツ新聞を買い集めて来たのだ。父も姉も妹も新聞を見て喜んでいた。

 目の前の校長先生も喜んでいる。大阪への引っ越しのことを伝えると、卒業までの単位は取得しているので、できる限り野球の方に専念してよいと言われた。


 ネネは校長室を出ると大きく息を吐きだした。そして、もしかして卒業まで学校に来ることはもうないのかな、と思い、しみじみと思い出の詰まった廊下を歩いた。


「ただいま」

 ネネが自宅に帰ると、母が洗濯物を干していた。いつもはパートに出ている母だが、今日は休みで家にいた。

「おかえり、早かったのね」

「うん、学校からは単位は取得しているから、野球の方に専念していいって言われた……」

「そう……」

 母はネネのほうに振り向かずに答えた。ネネもそれ以上、何も言葉を交わさず、自分の部屋に入るとベッドに倒れこんだ。


 伊藤スカウトが初めて家に来て以来、母とはめっきり会話が少なくなった。家族みんながネネを応援してくれる一方で、母との距離はどんどんと開いていった。

(お母さんは、きっと私がプロ野球選手になることにまだ反対なんだろうな……お母さんは昔から私が野球をすることに、いい顔をしてなかったもん……)

 ネネは悲しくなり、枕に顔を押し付けた。


 そして、時間はあっという間に流れ、ネネが大阪に旅立つ前日を迎えた。

 その日の夜はネネの新たな門出を祝うため、自宅でささやかな宴が催された。

「はい、ネネちゃん。これは私とお父さんからのプレゼント、大阪で食べてね」

 妹のキキがアイスクリームのギフト券を手渡した。

「わ──! ありがとう、キキ、お父さん!」

 ネネはギフト券を手に喜んだ。

「ご飯も全部美味しい! ありがとう、お母さん、お姉ちゃん」

 食卓にはネネの好物ばかり並んでいる。朝から母と姉が腕によりをかけて作ってくれたものばかりだ。

 姉の菜々はニコニコ笑っている。だが、母はネネに何も言わずに黙々と食事をしていた。


 ……その日の深夜。ネネの父がトイレに行くと、台所でひとり、母がアルバムを広げて見ているのを見つけた。

「ネネが生まれたときの写真だね」

 声をかけ近づくと、母はゆっくり頷いた。

 ネネがまだ赤ちゃんの頃の写真で、母が優しい笑顔でネネを抱いていた。

「ネネは菜々と違って、お転婆だったからなあ」

 子供の頃のネネはスカートを履かずに、髪は短く顔は真っ黒、まるで男の子みたいだ。

「あなたが野球を教えたせいで、女の子らしい写真が一枚もないです」

 母は父をジロリと睨んだ。

「は、はは……そうか」

 そんな父は、母の表情が浮かないことに気付いた。

「……何か心配事でもあるのか?」

「私……母親失格です……」

 アルバムを見ながら、母がポツリと呟いた。

「ど、どうしたんだ?」

「私、ネネがプロ野球選手になることをずっと反対して、あの娘とほとんど会話をしていません……」

「それは……お前がネネのことを心配しているからだろう? ネネがプロ野球の世界で傷つくんじゃないかと……」

 父がそう言うと母は首を振った。

「初めはそう思いました……でも私、気付いたんです。ネネがプロ野球選手になることを反対しているのは、ネネを心配しているんじゃなくて、ただ単に私がさみしいからなんだって……」

「それは……どういう意味だい?」

「私、ネネはずっと最後まで家にいてくれると、勝手にそう思っていたんです」

「……」

「ウチは娘三人だから、いつかは皆、家を出ていく日が来ると覚悟をしていました。菜々はしっかりしているから早く結婚して家を出そう……キキはマイペースな性格だから家を飛び出して行っちゃいそう……でもネネは……ネネだけは、なぜかずっと家に残っていてくれると思っていたんです」

「確かにアイツはどこにも行かなさそうだなあ」

 父が笑うと、母は悲しく笑った。

「そんなネネが一番早く家を出ていくことが、私、さみしいんです……」

 母はアルバムに目を落とした。アルバムの中ではネネが笑っている。

「子供の夢を応援してあげるのが親の務めなのに私は逆です。自分がさみしい気持ちをネネを心配をすることで誤魔化している。あの子と面と向かって話すと悲しくなるから、わざと無視している。私は母親失格です……」

「そんなことないよ。ネネだって分かっているさ。明日の見送りがあるから、もう寝よう」

「もう少し……もう少しだけ気持ちを落ち着かせたら寝ます……」

 母はそう言うと、アルバムの中のネネを見つめた。


 そして、翌日の日曜日の朝、羽柴家は皆、ネネの大阪行きを見送るため、名古屋駅の新幹線のホームにいた。

 他の荷物は既に宅配便で大阪の新居に送っていたので、ネネは小さなスーツケースだけ持っていた。


「じゃあね、ネネちゃん。ユニバに遊びに行くときは泊まらせてね」

 妹のキキが笑いながら、見送りの言葉をかける。

「ネネ……これ、私とお母さんが作ったお弁当、新幹線の中で食べて」

 姉の菜々がお弁当を渡す。

「いいかネネ、俺たちのことは忘れろ。何があっても名古屋に帰ってきてはいかん!」

 父はネネの肩を両手で掴み熱く訴えかけた。

「何それ、お父さん? 名古屋には試合で戻って来るよ」

「俺の大好きな映画『ニューシネマパラダイス』の別れのセリフだよ。一度、言ってみたかったんだよな~」

 父がおどけながら言うと、皆、笑ったが、母だけは笑わずに皆と距離をとっていた。


 そうこうしていると、大阪行きの新幹線がホームに入ってきた。

「じゃあね、みんな」

 ネネは笑顔で手を振り車内に入ろうとした。

 その時、皆の後ろで母がひとりポツンとしているのが目に入った。


「お母さん!」

 ネネの声に母はハッと我に返り、ネネを見た。

「お母さん! 私、頑張って来るね!」

 ネネは笑顔で母にブンブンと手を振ると、スーツケースを持って新幹線の車内に入っていった。そして、ドアがぴしゃんと閉まった。


『お母さん……』

 ネネの母を呼ぶ声は、母の脳裏にネネとの思い出を浮かび上がらせた。

 泥だらけのユニフォームで帰って来る姿。

 お腹空いた──、と笑いながら帰って来る姿。

 男子と喧嘩をして泣きながら帰って来る姿。

 お母さん、お母さん……。

 笑い声、甘えた声、泣き声……ネネの声がリフレインした。


「ね、ネネ……」

 母はそう呟くと、フラフラと新幹線に近づいた。

「お、お母さん……?」

 驚く家族を尻目に母はドアに両手を当て、車内のネネに向かって泣き叫んだ。

「ネネ、ネネ! 行かないで!」


 ドアの向こうで母が泣き叫んでいるのを見て、車内にいたネネは驚いた。

「お、お母さん? 危ないよ! 離れて!」

 だが新幹線の厚い扉に阻まれて、ネネの声は母には届かない。

「危ないから離れてください」

 アナウンスが聞こえる。しかし、母はネネの名前を呼び、泣き叫んでいた。


「み、みんな、お母さんを押さえろ!」

 父の号令を受け、家族全員で母を引き離した。その直後、新幹線は動き出した。

 ネネは窓に顔を押し当てて母の姿を目で追った。母は家族に抱きかかえられ、ホームに座り込み泣き続けていた。

 そして……あっという間に母の姿は見えなくなった。


 新幹線が走り去った後の駅のホームで、座り込んで泣き続けている母の肩を掴みながらキキが呟いた。

「お……お母さん、何やってんのよ……二度と会えないわけじゃないのに……恥ずかしいから、やめてよ……」

 口ではそう言っているが、キキの声は震えていた。

「わ……私だってさみしいんだから……ネネちゃんがいなくなって……」

 キキの目から涙があふれだした。

「う、うわ──ん! ネネちゃ──ん!」

 母の背中に顔を押し当てて、キキもワンワンと泣き出した。

「う……ね、ネネ……」

 菜々もその場にしゃがみ込むと、両手で顔を覆い涙を流した。

 父はそんな娘ふたりの頭に優しく手を置いた。父の目にも涙が浮かんでいた。

 新幹線が遥かかなたに消え去り、その姿が見えなくなっても、皆、ネネを想い泣き続けていた。


 走り出した新幹線の車内では、ネネが窓の向こうの母の泣き顔を思い出していた。

 さみしかったのだ、母も……ネネとの別れが辛く、距離を置いていたのだ。

 ネネは母の大きな愛情に包まれていたことを今更ながらに知った。

 そして……それ故に母を悲しませていたことも同時に知った。


(お母さん、お母さん……ゴメンね……)

 ネネは姉から貰った弁当を開けた。弁当の中身は「天むす」だった。幼い頃から記念日やお祝い事の日に母が必ず作ってくれたネネの大好物だ。中に手紙が入っていた。


『ネネ、身体に気をつけて頑張ってね』


 母の字だった。まぶたの裏が急に熱くなった。ネネは天むすを掴むと一気に口に押し込むと、目をギュッとつむった。

(泣くな……泣いちゃダメだ……誓ったはずだ。もう二度と泣かないと……)


 口いっぱいに天むすを詰め込み、涙を流さないように必死で堪えた。

(丹羽さんの時と一緒だ。自分がプロ野球選手になることで、また誰かを傷つけている……でも……でも、私は立ち止まるわけにはいかない……!)


 新幹線は大阪に向かって走る。窓の外では景色が飛ぶように流れていった。

 ネネはキッと顔を上げた。その目にもう涙はない。その代わり強い覚悟と決意が満ち溢れていた。


 女性初のプロ野球選手、羽柴寧々の物語はまだ始まったばかりだった。

 以上を持って、第一章「プロ野球入団編」完、となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 改稿等ありましたが、この章がコンテストに応募した分です。初めて小説を書いたのがこの作品なのですが、正直、コンテストにしか出してないので、読者の反応が分かりません……。今後の勉強にもなりますので、面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、是非是非、ブックマークや評価等をお願いいたします。

 尚、本編にありますドラフトにおける「指名権譲渡制度」はフィクションですので、ご了解願います。

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