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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
23/207

第23話「ごめんなさい」

 ネネは丹羽が言った「解雇」という言葉がすぐに理解できなかった。

 なぜなら、今川監督は誰も解雇にしない、と言ったばかりだったからだ。


「え……う、ウソ……? 監督、誰も解雇しないって言ったのに……」

「ああ、どうやら解雇になったのは、俺だけみたいだ」

 丹羽はうつむいたまま口を開いた。

「な……何で!? 何で丹羽さんが解雇されなきゃいけないの!? おかしいよ! 絶対におかしいよ!」

 ネネは必死で声を荒げたが、丹羽はただ黙ってうつむいていた。


「待ってて、丹羽さん! 私、今から監督に抗議しに行ってくる!」

 ネネはくるっと振り向き、監督室に向かおうとした。しかし「ま、待て! 羽柴!」と丹羽に呼び止められ、腕を掴まれた。


 その時、ネネは自分の腕を掴む丹羽の手に違和感を覚えた。見ると、丹羽の左手人差し指はギプスらしき固いものでガチガチに固定されていた。

「に、丹羽さん……その指は……?」

「あ、ああ……」

 丹羽はネネの腕を離すと、左手を隠した。

「黙ってて、すまなかった……実は試合中に指を負傷して……医者に診てもらったら、人差し指が折れてた……」

「お、折れてた……?」

 ネネは激しく動揺した。

「も、もしかして、その怪我の原因は、私が投げたボール……?」

 丹羽は何も言わずに黙り込んだ。

「い、いつから? いつから怪我をしてたの!?」

 ネネは丹羽の腕を掴むと、必死で問いかけた。

「八回の裏だと思う……お前のボールを……取り損ねた……」

 ネネの顔は青ざめ、丹羽を掴んでいた手を離した。

「そ、そんな前から怪我してたの……?」

「情けないよな、ストレートひとつ、まともに捕れないなんて……これじゃあ、クビになるのも当たり前だ」

「そんなことないよ! 杉山コーチも言ってたの『私の球は異質だ』って! まともにキャッチングできる人は少ないって! 丹羽さんは……丹羽さんは、ちゃんと私の球を捕ってたよ!」

「はは……ちゃんと捕れてたら、こんな怪我もしないし、クビにもなってないよ」

 丹羽は自虐的に笑うと目を伏せた。


「で……でも、でも……」

 ネネは拳を握りしめた。

「でも……やっぱり納得いかないよ! だって、監督は誰も解雇にしないって言ったもん! こんなの絶対におかしいよ! 私、監督に言ってくる!」

 ネネが再び丹羽に背を向けて、監督室に走り出そうとした。その時だ。


「やめろって、言ってるだろう!」


 丹羽の怒鳴り声がドームの廊下に鳴り響いた。

 温厚な丹羽の怒号にネネは思わずビクッと立ち止まり、恐る恐る振り返った。


「羽柴……やめてくれよ」

 丹羽は拳を握りしめて身体を震わせていた。

「もうこれ以上、俺に惨めな思いをさせないでくれ……監督に言われたんだ。お前がキャッチャーじゃあ、羽柴の力を引き出せない。羽柴が良いピッチングをすればするほど、お前の未熟さが目立つ。お前の力じゃあ、プロでやっていけないって……」


 ネネの足はガクガクと震え出した。

(わ、私のせい……? 私が丹羽さんの評価を落としていたの……?)

「俺は今日、キャッチャー失格の烙印を押された。そして、プロ野球選手としての道は閉ざされたんだ。もう、俺のことは、ほっといてくれ……」

「で、でも、丹羽さん……今度、子供が産まれるから頑張るって……い、いつか支配下登録選手になって私ともう一回バッテリーを組むって……さっき、そう約束したばかりなのに……」

「ああ、そんなことも言ってたな……だが、もう終わりだ。全部……全部、終わったんだよ……」


 悲しそうにうつむく丹羽を見て、ネネの目に涙が浮かんだ。

(私のせいだ……私が丹羽さんとバッテリーを組んだばかりに、丹羽さんは解雇になった。私のせいだ……)


「ご、ごめんなさい……」

 ネネの目から涙がドッとあふれた。

「は、羽柴……?」

「わ、私……丹羽さんに何てことを……」

 ネネの涙を見て、丹羽は解雇になった苛立ちをネネにぶつけていたことに気付き慌てて謝った。

「ち、違う……羽柴……お前のせいじゃない。お前は全然悪くない……俺の実力不足なんだよ。すまない……」

 しかし、ネネは両手を顔に当てて涙を流し続けた。


 ……そして、丹羽とネネのやり取りの少し前に時間は遡る。

 観戦を終えた織田勇次郎は、今川監督と一緒に廊下を歩いていた。

「え? あの丹羽っていうキャッチャー、解雇したんですか?」

 勇次郎が驚いた声を出す。

「ああ」

「でも、あの人、良いリードをしてましたよ。敬遠球を打ったり、思い切りも良かったし」

「そうだな……だが、アイツの技術じゃあ、プロではやっていけない。だから、早めにプロの道をあきらめさせた。そういうことも俺らの仕事だ」

 今川監督は努めて冷静に話す。すると、出口付近から突然怒号が聞こえてきた。

 何事かと思い歩いていくと、そこには丹羽と泣いているネネの姿があった。ふたりは咄嗟に廊下の陰に隠れた。


 ネネは泣き続けていた。

 私のことを女だと色眼鏡で見ずにキャッチボールの相手をしてくれた。

 誰もが自分のことしか考えていない中、ずっと私の味方でいてくれた。

 痛む怪我を隠して自分のボールを必死で捕ってくれた。

 チームのために指を犠牲にして同点タイムリーを打ってくれた。

 丹羽さんがいなかったら自分は支配下登録選手になれなかっただろう……それなのに、私はこんなに優しい丹羽さんを解雇に追い込む原因を作ってしまった。私が『プロ野球選手になりたい』なんて言いださなければ、丹羽さんはまだ野球を続けていたのに……。

 そう考えると、ネネは悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。


 泣き止まないネネを見た丹羽は笑みを浮かべ、優しく話しかけた。

「……ダメだな。そんな泣き虫じゃあ、プロの世界でやっていけないぞ」

「う……ううう……だって……だって……丹羽さんが……ううう……」

「……優しいな、羽柴は」

 ネネはブンブンと首を横に振った。

(優しくなんてありません……私がここにいなければ、丹羽さんは解雇されなかった……私が悪いんです……ごめんなさい、ごめんなさい……)

 丹羽にしっかりと謝りたかった。だが、ネネの口から出るのは嗚咽だけだった。


 丹羽は怪我をしていない右手を、泣きじゃくっているネネの頭の上に優しく置いた。

「……なあ羽柴、聞いてくれ、俺は今日でプロ野球の世界から足を洗うが、だからと言って野球を止めるわけじゃないぞ」

「うっうっ……」

「監督が紹介してくれたんだ、新しい勤め先を……そこの会社には野球部がある。指の怪我が治ったら、また野球は続けるつもりだ」

「ううう……」

「その時、自慢したいんだ。俺は女性初のプロ野球選手、羽柴寧々とバッテリーを組んでたってな」

「うう、うう……」

「だから、羽柴、絶対にプロの世界で成功してくれ、俺の分まで」

 ハイ! と返事がしたかったが、言葉がでなかった。その代わり、ネネは大きく首を縦に振った。


「じゃあな、羽柴、お前ならやれる。頑張れよ」

 丹羽はそう言うと、ネネの頭に置いた手を離し、出口へと向かっていった。


(ま、待って……!)

 ネネは両手を顔から離し、丹羽の後ろ姿を目で追った。

(待って、丹羽さん……私、まだ、丹羽さんにしっかり、ありがとうもごめんなさいも言えていない……待って、丹羽さん……行かないで……)


「に……丹羽さん……」

 ようやく、丹羽の名前を声に出せたが、その言葉は、か細く聞き取れないほどだった。

 だが、その言葉に丹羽は反応した。丹羽はネネの方には振り返らずに右手を高く上げてブンブンと振った。

 その姿を見たネネの目に再び涙があふれた。目は涙で滲み丹羽の姿は見えなくなった。丹羽は一度も振り返らなかった。


「ご、ごめんなさい、丹羽さん……私の……私のせいで……ごめんなさい、ごめんなさい……あああ……あああああ……!」

 ネネは再び両手で顔を覆うと、その場にしゃがみこみ、泣き続けた。


「ううぅ……ううぅ……」

 どれくらい泣き続けただろうか? ふとすぐ近くに人の気配を感じた。

 涙に濡れた瞳を隣に移すと、そこには白いタオルが差し出されていた。


 タオルを差し出していたのは、織田勇次郎だった。


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