第22話「戦いのあと」
今川監督の口から告げられた支配下登録選手になる選手の名前はネネだった。
自分の名前が読み上げられたネネは、緊張のあまりドッと力が抜けた。
(わ、私……? やった! 選ばれた!)
パチパチパチ……。まばらだが、選手たちから拍手が起こった。
「以上だ! また時期を見て、こういう試合は行っていく。皆、より一層、練習に励んで、支配下登録を目指してくれ!」
今川監督のこの言葉を持って、育成選手同士の試合は幕を閉じた。
(良かった……とりあえず、誰も解雇される人がいなくて……)
ネネはホッとしたが、すぐに丹羽のことが気になった。
皆が帰り支度を始める中、丹羽はスコアボードをじっと見ていた。
ネネは丹羽に何て声をかけていいのか分からなかった。
(自分は支配下登録選手に選ばれたからいいが、丹羽さんは選ばれなかった。同点タイムリーを打ったり、自分の球を捕ってくれた。それなのに支配下登録選手になったのは自分だった。丹羽さんは私のことをどう思っているのだろうか……?)
だが、そんなネネの心の声に気づいたのか、丹羽は微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「羽柴、支配下登録選手おめでとう」
「あ……で、でも、丹羽さん……私……」
「どうした?」
「あ……あの……私、丹羽さんのおかげで……丹羽さんが同点タイムリーを打ってくれたり、私の球を捕ってくれたのに……それなのに、私だけ……」
上手く言葉が出てこなくて、ネネはしどろもどろになった。
そんなネネを見て、丹羽はにっこり微笑むとネネの肩に手を置いた。
「そんなこと気にするな。選ばれたのはお前の実力だよ。もっと喜べ、そして胸を張れ」
「で、でも……」
「羽柴、今日は楽しかったよ。お前とバッテリーを組めて楽しかった」
「丹羽さん……」
「なあ羽柴、俺も活躍して必ず支配下登録選手になってみせる。その時は、またバッテリーを組ませてもらっていいかな?」
「は……はい! 私……また丹羽さんとバッテリーを組みたいです!」
丹羽の笑顔と優しい言葉に包まれ、ネネはようやく心からの笑顔を見せた。
「よ~ネネ、今日はお疲れさん」
ふと気が付くと、今川監督がすぐ近くに来ていた。
「あ……監督……」
「疲れているところ悪いんだが、この後、監督室に来てくれるか? 今後の手続きの話をしたいんだ」
「はい、分かりました」
そして、今川監督は次に丹羽の方に振り返った。
「丹羽……だったな。今日は同点タイムリーを打ったり、ネネの球を受けたり、とお疲れさん。良いリードだって、杉山コーチが褒めてたぞ」
「あ、ありがとうございます!」
丹羽は今川監督からの言葉に、直立不動で答えた。
「怪我は……大丈夫か?」
ネネは今川監督の言葉にハッとして丹羽を見つめた。丹羽は左手を隠している。
「は、はい……大丈夫だと思います」
「無理すんな、痛むだろう? ドーム内の医務室に医師が待機している。すぐに診てもらえ」
「は、はい!」
「それから、お前にも話があるからネネの後に監督室に来てくれ」
「わ、分かりました!」
それだけ伝えると、今川監督は颯爽と去っていった。
「何だろう? 監督が直接、話なんて……」
丹羽は不思議がっている。
「丹羽さん、今日は同点タイムリーを打ったりして活躍していたから、きっと良い話だよ! もしかしたら、次は優先的に支配下登録されるかもしれないよ!」
「はは……そうだといいな……」
丹羽は少し微笑んだ。
その後、医務室に向かう丹羽と別れたネネはドーム内の監督室に向かった。
トントン、と扉をノックすると、扉の奥から野太い声が飛んだ。
「ネネか? 入っていいぞ」
「失礼します」
ネネが監督室に入ると、今川監督はデスクに腰掛けていた。
「……まずは、支配下登録おめでとう」
今川監督がニヤリと笑いながらネネを祝福した。
それからネネの「これから」の話になった。育成選手から支配下登録選手になることで、給与形態等が変わる。また、背番号も三ケタから二ケタに変わる。
今川監督は球団の空き番号をネネにズラッと提示した。ネネはその中の番号にひと通り目を通した後、ひとつの背番号を選んだ。
そして、プロ野球史上初となる女性野球選手として、球団は可能な限り世間にアピールしていきたい、という意向を伝えられた。
その第一弾として、まずはネネ単独で記者会見を大々的に行いたいらしい。
マスコミ各社に招待状を送るので、今日は大阪に泊り、明日の正午、記者会見を行いたいとの話になり、ネネは承諾した。
今川監督との話し合いが終わると、ネネは監督室を出た。
他の育成選手は全員帰路につき、ドーム内はシーンとしていた。
ネネは更衣室に入ると、家族にメールを送り、今日は大阪に泊ることを伝え、私服に着替えた。
着替えが終わると、ネネは丹羽のことが気になってきた。
(監督が何を話すか分からないけど、丹羽さんにとって良い話だといいな……)
更衣室を出て、ドームの関係者出口に向かって歩いて行った。
すると、出口に向かう途中の廊下で、長椅子に腰掛けている丹羽を見つけた。丹羽はユニフォーム姿のままで、ぼんやりと天井を見つめていた。
「丹羽さん!」
ネネは手を振って、丹羽の元に駆け寄った。
「どうしたの? ユニフォーム姿のままで……あ、監督室には行ったの?」
「あ、ああ……さっき、話が終わったばかりだ」
その時、ネネは丹羽の声に元気がないことに気付いた。いや、声だけじゃない。目線もうつろだった。
「丹羽さん、大丈夫? 監督に何か言われたの?」
心配そうに丹羽の顔を覗き込んだ。
「……った」
丹羽がボソボソと何かをつぶやいた。
「え、何?」
「今さっき監督から、解雇を告げられた。俺……今日限りでレジスタンスをクビになった……」
丹羽はうつむきながら、そう答えた。




