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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
21/207

第21話「覚悟のストレート」

「おい、あれ織田勇次郎だぜ。今年のドラフト一位の……」

「何で、アイツがここにいるんだ……?」

 ドーム内のベンチから、どよめきが起こった。


「ゆ、勇次郎……」

 ネネはバックネット裏の勇次郎を見つめた。勇次郎は立ち上がったまま、ネネを睨みつけていた。

「何だ、その腑抜けたピッチングは! プロの世界で必ず活躍する、って言ったあの言葉はウソだったのか!」

「羽柴……織田勇次郎と知り合いなのか?」

 丹羽の問いにネネは無言で頷いた。


「テメーが何を考えてるか、分からないけどなあ……」

 勇次郎は大きく息を吸うと、大声で叫んだ。

「マウンドに立つ以上、ベストを尽くせ! ピッチャーはチームの責任を背負っているんだ! その覚悟がないなら、今すぐマウンドを降りろ!」


「羽柴……」

 丹羽は心配そうにネネを見つめたが、ネネは逆に勇次郎を睨み返していた。


(相変わらず頭にくる言い方だが、勇次郎の言っていることは正論だ。私はAチームに所属するみんなの人生を背負ってここに立っている。もし、私がここで打たれて負けでもしたら、Aチーム全員の解雇もあり得る。私は……私はマウンドに立つ以上、ベストを尽くさなければならない……!)

 ネネの目に再び闘志の火が宿った。


「丹羽さん……」

「どうした、羽柴?」

「弱気になって申し訳ございませんでした。私……全力で投げます!」

 ネネは鋭い目で丹羽を見た。

「ああ、もちろんだ! 全力で来い!」

 丹羽はネネの肩をミットでポンと叩くと、キャッチャーポジションに戻っていった。


「……全く、アイツは」

 勇次郎はため息を吐きながら、椅子にどかっと腰を下した。

「何だ何だ、お前、興味ないとか言っときながら、羽柴寧々に興味津々じゃねえか?」

 今川監督がニヤニヤしながら勇次郎を茶化した。

「俺から三振を奪った奴が、不甲斐ないピッチングをしていることに腹が立っただけですよ」

 勇次郎は今川監督の方を見ずに、吐き捨てるように言い返した。

「はっはっはっ、素直じゃないねえ」


 一方、グラウンドでは審判から試合再開の合図がかかっていた。

 丹羽はスクイズを警戒して、一球外すか? のサインを出したが、ネネは首を振った。

(あそこまで言われて、不甲斐ないピッチングはできない。見てなさいよ……勇次郎!)

 ネネはバックネット裏の勇次郎を睨みつけた。


 ネネがセットポジションから投球モーションに入ると、一塁ランナーと三塁ランナーが同時にスタートを切った。そして、バッターの松下はバントの構えをした。

 スクイズだ。

 だが、ネネはランナーを完全に無視すると、左足を大きく踏み込み右腕をしならせた。

(バントなんかさせないわよ! いけえ!)


 指先に力を込めて、石投げと同じ感覚でボールを思い切り弾いた。

 ボールは唸りをあげ、弾丸のように丹羽のミット目掛けて飛んでいく。

 松下は球の軌道上にバットを出してバントを試みた。誰もがこれでサヨナラだと確信した。しかし……。


 ネネの投げたボールはベース上でグンと伸びてホップした。

 ボールは松下が差し出したバットの上を通過していく。


 ズバン! 

 ネネが投じたボールは乾いた音を立て、丹羽のミットに飛び込んだ。

「ストライ─ク!」

 審判の手が上がる。スクイズを失敗した松下は打席で呆然とした。


「丹羽さん、サード!」

 その時、ネネが大声を出した。三塁ランナーが飛び出している。

 丹羽は素早く、三塁にボールを送球してランナーを挟み込こんだ。

 そして、逃げるランナーを追い詰め、タッチアウトに仕留めた。これでツーアウトだ。


 三塁ランナーがアウトの間に、一塁ランナーが二塁に進んだが、状況は変わりツーアウト二塁となった。

 ピンチを脱したAチームベンチからは歓声が上がり、逆にチャンスを逃したBチームベンチは一気に静まり返った。


「ツーアウトォ!」

 ネネは指で「二」を作ると、振り返って野手陣に声を掛けた。野手陣は笑顔で「おう!」と応える。


 ワンストライクのカウントから試合は再開。スクイズを失敗した松下はバットを短く持ち、ネネのストレートに備えた。

「松下! ボール一個分上を叩け! お前のミート力なら大丈夫だ!」

 Bチームベンチから声援が飛ぶが、そんな声をあざ笑うかのように、二球目は鋭いドロップが外角に決まった。

 松下はタイミングを外されて見逃し。これでツーストライクだ。


(すごい、すごいぞ、羽柴……お前は本当にすごい……!)

 指の痛みを忘れて、丹羽はネネのピッチングに酔いしれた。

(さっき、俺はお前が一軍のマウンドで投げる姿が見たいと願ったが、俺も一軍でお前の球を受けてみたい……!)


 丹羽はラストボールのサインを出した。ネネはサインにうなずくと、ランナーを警戒しながら、弾丸のようなボールを投げこんだ。


(いけえ!)

 ボールは真ん中高めに飛んで行く。見逃せばボールだったかもしれないが、バッターは思わず手を出した。

 短く持ったバットをコンパクトに振り抜くが、ネネの投じたストレートはホップしてバットの上を通過すると、丹羽のミットに吸い込まれた。


「ストライク! バッター、アウトォ!」

 審判のコールが響く。最後は空振り三振に仕留めた。


「や、やったあ──!」

 ネネはマウンドで両手を前に突き出し、ガッツポーズをした。


 これでゲームセット。試合結果は8対8の引き分けで、勝ち負けは付かなかったが、サヨナラ負けを阻止したAチームからは歓声が上がり、逆にBチームからは落胆のため息が漏れた。


「よくやったぞ! 羽柴!」

 ネネの周りにAチームの選手たちが集まってきて、ネネのピッチングを讃えた。

 一方でネネの最後のストレートを受けた丹羽はピクリとも動かなかった。最後の球をまた人差し指の付け根で受けてしまい、激痛で動けなかったのだ。


 動かない丹羽を心配したネネが、一目散に丹羽の元に駆け寄った。

「丹羽さん!」

 心配そうに駆け寄ってくるネネを見た丹羽は痛みをこらえ立ち上がると笑顔を見せた。

「ナイスボールだ、羽柴。よくやった。本当によくやったぞ、羽柴……」

 丹羽の笑顔を見て、ネネはようやくホッとした表情を浮かべた。


 こうして、支配下契約を賭けた育成選手によるサバイバルゲームは幕を閉じた。

 ゲームセット後、両チームの選手たちは全員グラウンドに集められた。


「皆、今日はご苦労だった」

 今川監督が現れ、口を開いた。

「今日の試合だが、両チーム勝ち負け付かずの引き分けなので、とりあえず両チームとも解雇する選手はなしとする!」

 解雇はなし、との言葉にグラウンドにいた選手たち全員が胸を撫で下ろした。

「それから、両チームとも支配下登録の条件を満たしているとみなし、審査を行った!」

 今川監督の言葉に、育成選手全員から「おおっ!」という声が上がった。


「今回、首脳陣の目にかなった選手はひとりだけだ。それを今から発表する!」

 全員、固唾を飲んで今川監督の言葉を待った。ネネもその内のひとりだった。

(やれるだけのことはやった、悔いはない……)


「では発表する。今回、育成選手の中から、晴れて支配下登録選手となる選手は……」

 ドーム内に今川監督の声が響く。次の言葉が発せられるまで少し沈黙があったが、その沈黙は永遠に続くかのように思われた。


「その選手の名前は……羽柴寧々!」


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