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最終話「SEASONS」後編

『お前のことが好きだ』

 勇次郎は確かにそう言った。ネネの耳にははっきりとそう聞こえた。


「な……な……?」

 突然の告白にネネは呆然と立ち尽くした。

 そんな戸惑うネネに勇次郎は「困るよな。いきなりこんなこと言って」と言って苦笑いした。

「でも、心配すんな。お前に何かを求めるわけじゃない」

 そして、うつむいた。

「お前とは、これから敵同士になる。その前に自分の気持ちをはっきり伝えたかった」

「勇次郎……」

「俺はお前のことが好きだ。だからこそ、もう一緒のチームではやっていけないし、こうして話すこともなくなるだろう。俺は俺の夢を追いかける。だから、お前も自分の夢を追いかけろ」

「ゆ、夢……?」

「ああ、前に言ってたよな? レジスタンスの優勝が夢だって。夢が叶ったなら、次の夢を見つけないとな」

「そ、そんなこといきなり言われても、私……夢っていっても……」

「見つけろよ、自分だけの夢を。お前ならきっと見つけられるさ」

(自分だけの夢……?)

 あまりの漠然とした言い方にネネは固まった。

「じゃあな、ネネ、サヨナラだ」

 勇次郎は手を挙げて背を向けた。


(ま……待って…!)

「ゆ……勇次郎!」

 ネネは声を上げ、勇次郎は振り返った。

「勝手に自分だけで話をしないでよ! 私の……私の気持ちは聞かないの!?」

 勇次郎の表情が強張った。ネネの鼓動は高鳴った。

「わ……私……」

 ネネも自分の気持ちを伝えようとした。『私もあなたが好きだ』と……。

 だが、勇次郎の顔を見て、その決心は揺らいだ。


「わ……私は……」

 ネネは一瞬うつむき、そして顔を上げた。


「私は……アンタのことなんて大嫌いよ」

 ネネは無理に笑顔を作るとそう言った。

 陽は落ちようとしていた。周りのススキの穂が風に揺れてザワザワと音を立てた。


「……そうか」

 勇次郎は微かに微笑むと、再びネネに背を向けた。

「次に会うときは敵同士だな」

 そう言って歩き出した。

「あ……アンタね……分かってんの? アンタ、私に一回も勝ってないのよ?」

「……そうだな」

「み、見てなさいよ……アンタなんかに絶対に打たれてたまるものですか……キングダムに行ったことを後悔させてやるわ……」

「ああ、その勢いで向かってこい」

 勇次郎は振り返りもせずに歩いていく。


「……お前の分のタクシーも呼んである。別々だが乗ってけよ」

 勇次郎が声をかけるが、ネネは「結構よ」と言い「大嫌いよ……アンタなんて……」と、震える声でもう一度同じ言葉を繰り返した。


 ネネは声を上げずに泣いた。

 涙が次から次へと溢れ、手のひらで涙を拭った。勇次郎は何かを察知したのか、一度も振り返らなかった。

 好きだと言うことはできた。だが、自分が勇次郎に好きという気持ちを伝えても、何ができるというのか?

 勇次郎は恋よりも野球を選んだ。

 自分よりも夢を選んだ。

 勇次郎の決心は揺るがない。

 自分にできることは、勇次郎の気持ちを受け止めた上で、勇次郎を見送ることだけだった。

 そして分かったのだ。そんな勇次郎だからこそ……野球に真摯に向き合い、夢に向かって一直線に歩み続ける勇次郎だからこそ、好きになったのだ……と。


 歩く勇次郎の姿は小さくなり、やがて夕暮れに溶けて見えなくなった。


 どれだけ泣き続けたのだろう?

 辺りが夕闇に包まれる中、パッパーっとクラクションが聞こえた。


「ネネー」

 土手の下の道路に車があった。由紀がそこにいた。

「ゆ……由紀さん……? 何でここに?」

「今日、仕事で名古屋に来る用事があったんだけど、勇次郎から電話があったの『ネネを頼む』って……」

 ネネは土手から降りて由紀に近寄った。泣いているネネの顔を見て、由紀は何があったのかを察した。


 ネネが助手席に乗り込むと、由紀は車を出した。

「全く……人のことをパシリに使って……」

 由紀が悪態を付く。

「由紀さん……」

「なあに?」

「私、最近、泣いてばっかだ……プロになる時に、もう絶対に泣かないって誓ったのに……」

 鼻をすするネネの頭に由紀は手を置いた。

「泣いていいんだよ、悲しいときは」

「う……」

 ネネの目から再び涙が溢れた。


 カーステレオから歌が流れてきた。浜崎あゆみの「SEASONS」だった。


 今日がとても楽しいと

 明日もきっと楽しくて

 そんな日々が続いてく

 そう思ってた、あの頃


「由紀さん……」

「うん?」

「私ね……レジスタンスにいて、勇次郎がいるのが当たり前と思ってた。一緒にいることを当たり前だと思ってた……」

「ネネ……」

「でも……もう勇次郎とは一緒にはいられない……そう考えると、とても悲しいの……」

 ネネの握りしめた手に涙が落ちた。カーステレオから歌は続く。


 今日がとても悲しくて

 明日、もしも泣いていても

 そんな日々もあったね、と

 笑える日が来るだろう


「由紀さん……私、また笑える日が来るかな……?」

 ネネがそう言うと、由紀はニッコリと笑った。

「うん、また笑える日は来るよ。女の子はね、こうして強くなってくの」

「由紀さんも……そうだった?」

「当たり前よ──! 私なんて、どれだけ泣いたか──!」

 由紀はケラケラと笑った。

「聞きたいな……由紀さんの話」

「あら……大阪までの距離じゃ、とても語りつくせないわよ」

 悪戯いたずらっ子のような笑みを見せる由紀を見て、ネネは少し微笑んだ。


 ……それから数日後、各スポーツ紙に「織田勇次郎の東京キングダムへの移籍はほぼ決定」との記事が載った。


 更に数日後、レジスタンスドームMVP賞の表彰式が行われ、栄えある賞にネネが選ばれた。

 今年度の賞関係は織田勇次郎が総なめにしていたのだが、レジスタンスドームMVP賞は最終戦の活躍からネネが選ばれたのだ。


「わ──! ネネ、可愛い──!」

 大阪市内のホテルの一室。向日葵をモチーフにした黄色のドレスを着たネネを由紀が褒め、ネネは照れてうつむいた。


「ネネ、すごいな、MVPなんて! お父さん、嬉しくて夢を見てるみたいだ!」

「何、言ってるんですか……まだお昼ですよ」

 せっかくの表彰式だから、と球団が家族も招待してくれた。父と母が漫才のような掛け合いをしている。

「ネネー、キレイだよ。写メ撮ってあげるね──」

「菜々ちゃん、私も一緒に撮って──! インスタにアップするの──!」

 姉の菜々と妹のキキも喜んでいる。


 由紀はそんなネネを遠巻きに笑顔で見ていると、ネネの母が話しかけてきた。

「浅井さん……」

 由紀は母に気付き、慌てて頭を下げた。

「浅井さんのことはネネから聞いてます……いつもネネの力になっていただき、ありがとうございます」

 母は深々と頭を下げた。

「お……お母さん! 止めてください! 私、本当に何もしていませんから!」

 しかし、母は頭を下げ続けた。

「そんなことありません……ネネが一年間、プロの世界でやってこれたのも、浅井さんがいてくれたおかげです……」

 ネネの母はハンカチで涙を拭っている。

「本当に……本当にありがとうございました……」

「そんなこと……」

 由紀も母に向かい頭を下げた。


「羽柴選手、そろそろ時間です」

「は──い」

 司会の女性に声をかけられたネネは控室を出て行き、皆、その後ろ姿を笑顔で見つめていた。


 授賞式は大阪市内の高級ホテルの大広間で行われた。由紀やネネの家族たちは会場の席に移動した。

 マスコミ各社が陣取る中、由紀の隣になぜか今川監督が腰を下ろした。派手なスーツに金のネックレス。由紀は今川監督を怪訝けげんそうな目で見た。

「ちょっと……何でいるんですか……?」

「あん? 俺は監督だぞ。選手の晴れ姿を見に来て何が悪いよ」

 今川監督は何か悪巧みを企んでいるような顔で笑みを浮かべている。

 由紀は入団会見の時に今川監督がネネを挑発したことを思い出し「あの……絶対に変なことを言わないでくださいよ」と釘を刺すと、今川監督はニヤリと笑った。


 正午ちょうどに表彰式は始まった。

「では、今年のレジスタンスドームMVP賞の授賞式を始めます。羽柴寧々選手、壇上へどうぞ!」

 司会の女性に促され、黄色のドレスを着て、化粧をしたネネが会場に入ると、マスコミ各社が一斉にカメラを向けた。

 フラッシュの光を浴び、ネネは照れながら壇上へ上がった。


 レジスタンスドーム社長の話が終わり、ネネにトロフィーが手渡された。続いて副賞の高級車のキーも手渡される。

 パチパチパチ……。

 拍手が鳴り響く。由紀も拍手をしていると、いきなり今川監督が立ち上がって叫んだ。


「よう、ネネ! MVPおめでとう!」

 ゲッ! 由紀が青ざめる。

「今日はお前にサプライズがあるぜ!」

 今川監督がそう言うと、入り口からひとりの男性が会場に入ってきた。


 男性の姿を見たネネは驚きのあまり言葉を失った。それはかつてレジスタンスに所属し、今季途中で200勝を勲章に引退した柴田だったからだ。


「し……柴田さん!?」

「久しぶりだな、ネネ」

 柴田に会うのは怪我で降板した五月以来だった。マスコミ各社もザワザワしている。

 柴田はゆっくりと壇上に上がると、手に持っていた服を広げた。

 それはレジスタンスのユニフォームだった。そのユニフォームの背番号を見たネネは更に驚いた。


「し、柴田さん……それは……そのユニフォームは……!?」

 柴田はニッコリ微笑むと、ネネの後ろに回り、背中にユニフォームをかけた。


「ネネ、みんなに見せてやれ!」

 今川監督が叫んだ。

「来季のお前の新しい背番号だ!」


 ネネは皆に見えるように背中を見せると、会場内から「おおっ!」という歓声が上がった。

 背中にかけられたユニフォームには「NENE」という文字と背番号「11」が輝いていた。

 会場内から割れんばかりの拍手とカメラのシャッター音が鳴り響いた。


 ネネは言葉を失い、立ちすくんでいた。背番号11は柴田が二十年以上背負った歴代レジスタンスのエースが付ける背番号だったからだ。


「わ……私が柴田さんの背番号を……?」

 戸惑うネネの肩に柴田は手を置いた。

「ああ、頼んだぞ、ネネ、レジスタンスを頼む」

「柴田さん……」


 予想外のエースナンバー継承式に会場は盛り上がった。マスコミ各社はカメラを向け、ネネの父は驚き、母と姉妹は拍手を送った。


「ね、ネネ……」

 エースナンバーを背負うネネを見て、由紀は感極まり涙を流した。隣では今川監督が満足そうな顔をしている。


 万雷の拍手を浴びるネネの頭の中には、あの日……勇次郎から別れを告げられた日に由紀の車の中で聞いた「SEASONS」の歌が流れた。


 幾度、巡り巡りゆく

 限りある季節の中で

 僕らは今生きていて

 そして何を見つけるだろう


 新たな背番号を背負い、史上初のプロ野球選手、羽柴寧々の物語は続いていく。


 ネネは新しいユニフォームを手に取り、愛おしそうに見つめると、そっと頬をつけて目を閉じた。











小説を「書く」ということは自分にとって初めてのことであり、そう考えるとこの作品は自分にとって処女作になります。

小説やマンガが好きで読むことが専門だった自分が、こうしてひとつの作品を書くことになるとは夢にも思いませんでした。

作品紹介にも書きましたが、元々このお話は最終回までを断片的に書き、二年前に第一章を電撃大賞に応募した経緯があります。

結果は四次選考落選でしたが、初めて書いた物語がある程度評価されたことが嬉しく、物語を書くことは私の趣味になりました。

今回「小説家になろう」に投稿したのは、ネット小説大賞に応募するのが目的でしたが、このお話を最後まで書けたことや、複数の人の目に触れたことは良い経験になりました。

また、最終回を書くにあたり複数のラストを考え、悩みましたが、最終的にはこういう終わりになりました。ここまで引っ張って何かなあ…という感想もあるかもしれませんが、主人公ふたりにはこういう結末がふさわしいんじゃないかと作者的には思ってます。

ですが、自分の中ではネネと勇次郎の物語は続いています。エースナンバーを背負ったネネとキングダムに移籍した勇次郎との対決。ふたりの揺れる感情、また新たなるライバルの登場…と構想だけは一丁前に頭にありますので、また続きを書ける日がきたらいいなあ、と思ってます。

最後にこの作品を読んでいただいた方々に感謝です。

ブックマーク等、励みになりました。

本当にありがとうございました。

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