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第206話「SEASONS」前編

 勇次郎が指定した待ち合わせ場所は地元の名古屋だった。

 ネネが新幹線で名古屋駅に着き、改札口を出ると、待ち合わせの場所に勇次郎がいた。

 勇次郎は帽子を被り、黒いコートを着ていた。ネネも同じように帽子を被った。


 勇次郎の案内で地下鉄に乗り換えると、市内でも有名な商店街に着き、その中にある古い定食屋に入った。

「あ、ごめんね、お客さん、まだ準備中で……あ、あれ!? 勇ちゃん!? 勇ちゃんじゃない!」

「おばちゃん、久しぶり」

 店は年老いた女性が営んでいて、どうやら勇次郎は常連のようだった。

「あらあら、久しぶりね。それに可愛い女の子を連れて来てくれるなんて……」

「チームメイトなんだ」

 勇次郎がそう紹介するが、女性は理解できていないのか、ずっとニコニコしている。ネネはペコリと頭を下げた。


「おばちゃんはあまり野球に興味がなくてな。正直、俺がプロ野球選手になっても、どこの球団にいるのか分かってないんだ」

 勇次郎が苦笑いする。

「勇ちゃん、いつものでいい?」

「ああ、いつものをふたつね」

 勇次郎は手慣れた感じで注文をした。


「ここはガキの頃から、世話になっている店なんだ」

 カウンターに座った勇次郎は懐かしそうな顔で店内を眺めた。

「そうそう、勇ちゃんは小さな頃からずっと来てくれてねえ……でも女の子と一緒に来るのは初めてね」

 女性は揚げ物をしながら、嬉しそうに話した。


 やがて、ふたりの前に特大の味噌カツが置かれた。

「食ってみろよ、俺がこの世で一番美味いと思ってる味噌カツだ」

 勇次郎に言われて、カツをひと口食べたネネは驚きの声を上げた。

「ほ……本当だ! 美味しい!」

「あらあら、嬉しいわあ」

 女性はニコニコ笑っている。勇次郎もそんなネネを見ながら微笑んだ。


「あ──、美味しかった──」

 特大なトンカツを平らげ、ふたりは店を出た。

「ホント、美味しかった。今度、家族を連れてくるわ」

 嬉しそうに話すネネを見て、勇次郎は少し暗い顔をした。

「多分……その頃には店は閉まってるかもな」

「え?」

「おばちゃんな……もう歳だから年内に店を閉めて、施設に入るみたいなんだ」

「ええ!?」

 その言葉を聞いたネネは驚いた。

「俺は母子家庭だったから、ガキの頃からおばちゃんには世話になってな。だから最後にこうして顔を見せれて良かったよ」

 勇次郎は寂しそうに笑った。


 それから、ふたりはアーケードになっている商店街を歩いた。平日ということもあり、人はまばらだった。

「俺の実家はここからすぐの小さいアパートで、この商店街は昔から遊び場だった」

 勇次郎は懐かしそうにあたりを見渡した。

「何にも変わってない。懐かしいな……」


 そんな勇次郎を見てネネは怪しんでいた。

(何なんだろう? 大事な話があるっていうから、わざわざ名古屋まで来たけど、本当の目的はなんなのかなあ? それから、今日の勇次郎の様子は何かおかしい。よく喋るし、優しすぎる……いつもの無愛想な勇次郎じゃない……)

 すると、勇次郎が口を開いた。

「なあ、行きたいところがあるんだ」


 ふたりは電車を乗り継いで、ネネの実家近くの川に来た。

「ここが、お前が石投げをしていた川か?」

 勇次郎は川辺に立ち、川を見つめた。

「う、うん……」


(おかしい……絶対におかしい……私のホップするストレートのルーツになった川を見てみたいなんて、絶対におかしい……)

 だが、勇次郎はネネの視線に気付かず、川辺で石を探している。


 勇次郎は石を手に取ると、振りかぶって、対岸へ投げた。

 ヒュウウウ……。

 石は途中で失速して、対岸手前でポチャンと川に落ちた。

「なかなか、届かないもんだな」

「コツがあるのよ。なるべく平たい石を風に乗せるようにして投げるの」

 ネネは平らな石を右手に握り込んだ。

「お、おい、肩を痛めるぞ」

「大丈夫よ」

 ネネは笑いながら、軽くステップを踏むと、上空に石を放り投げた。


 石は風に乗るとグングンと伸び、川を余裕で飛び越えると、向こう岸に着弾した。

「ね?」

 ネネがニッコリ笑うと、勇次郎も微笑んだ。


 それからふたりは岸辺に座って色々なことを話した。子供の頃の話が中心だったが、勇次郎とこんなに話したのは初めてだった。


 いつの間にか空が赤くなってきた。夕暮れが近づいてきたのだ。秋の終わりを告げるような風が吹いた。ススキの穂が揺れた。

 そして、勇次郎が口を開いた。


「俺のキングダムへの移籍の噂は聞いてるよな?」

「う、うん……」

「あの話は本当だ」

 ネネは全身に衝撃が走った。

「球団上層部も了解した。近日中に発表になると思う」

「な……何で? 何でキングダムに行くの!?」

「……昔、俺の夢を話したよな?」

「う、うん……」

 育成サバイバルゲームのときに聞いた。勇次郎の夢はメジャー行くことだと……。

「キングダムは約束してくれた。もし来季、キングダムを優勝に導く活躍をしたら、メジャー挑戦を認めるとな」

「どうして!? レジスタンスじゃ、ダメなの!? ここで活躍すればメジャー関係者の目に留まるかもしれないじゃない!?」

「ああ、だがキングダムにはメジャーとの太いパイプがある。来季は中西さんがメジャーに行くから、益々それは強くなる。キングダムに行くことがメジャーへの最短距離なんだよ」

 ネネは呆然とした。そして、もう何も言えなかった。

 ブレてないのだ。この男は……。初めから諦めていなかったのだ。メジャーへの夢を。


 話が終わると土手に上がった。ふたりとも無言だった。少し歩いた後、勇次郎は携帯でタクシーを呼んでいた。


 携帯を切ると勇次郎はネネを見つめた。

「レジスタンスを離れる前に、お前としっかり話をしたかった。今日は付き合ってくれてありがとう」

「……何で、今日はわざわざ名古屋まで来たの? 大阪でもよかったじゃない?」

 ネネの足取りは重かった。

「俺の育った街を見て欲しかった。それと、お前のストレートの原点になった石投げの川を見たかった。お前とはこれから敵になる。きっともう話もできなくなるだろう。だから、その前にけじめをつけたった」」

「何で? 大袈裟だよ、違うチームになるだけじゃない。それにけじめって何よ?」

「自分の気持ちにだ」


 夕暮れの遊歩道。ネネの少し前を歩いていた勇次郎は振り返った。陽の光に照らされ、顔はよく見えなかったが、声だけははっきりと聞こえた。


「ネネ、俺はお前のことが好きだ」


さて…半年に渡り書いてきた物語も次回で最終回になります。ここまで見ていただいて、ありがとうございます。

遂に自分の想いを伝えた勇次郎に対して、ネネはどういう答えを出すのか? これからふたりはどうなるのか?

もう少しだけ、この物語にお付き合いいただけると嬉しく思います。

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