第204話「さらば、伊達美波」
最終戦を勝ったレジスタンスが優勝して、長いペナントレースは幕を閉じた。
またセリーグの最終順位は以下の通りとなった。
一位 大阪レジスタンス
二位 東京キングダム
三位 神宮ファルコンズ
四位 広島エンゼルス
五位 横浜メッツ
六位 東海レッドソックス
パリーグは三年ぶりに埼玉バンディッツが優勝。クライマックスシリーズも二位福岡アスレチックスを破り、日本シリーズに駒を進めた。
一方でセリーグは隔年でクライマックスシリーズが行われるルールのため、優勝したレジスタンスはそのまま日本シリーズに進むことになった。
そして、激闘の10月7日の翌日、ネネは由紀の自宅で目を覚ました。
昨日は試合後、レジスタンスドームで観客たちに優勝報告を行ない、別室でマスコミたちを招いて恒例のビールかけが行われた。
ネネと勇次郎は未成年のため「未成年、アルコールNG」のタスキをかけ、別エリアにて炭酸水のシャワーを浴びた。
19年振りの優勝に皆、羽目を外した。ネネもこんなに笑ったことがないというくらい笑った。
「ネネー、起きた──?」
ベッドの上でネネが余韻に浸っていると、エプロンをかけた由紀が起こしに来てくれた。
キッチンに向かうと、テーブルには和洋豪華な朝食が並んでいた。ネネは目を輝かせて、由紀の手料理に舌鼓を打った。
食事が終わると、スマホをチェックした。家族をはじめ、石田や高校の野球部の後輩たちから祝福のメールが山ほど届いていた。
全員に返事を返すと、由紀が買ってきてくれたスポーツ紙に目を通した。各スポーツ紙、すべてレジスタンスの19年振りの優勝を讃えている。
一面は今川監督の胴上げの写真。怪我をした毛利と朝倉は映っていないが、球団関係者からの情報では、重症ではないとのことだ。
そして、二面を開くと……。
「織田勇次郎、レジスタンスを優勝に導く、劇的サヨナラランニングホームラン」
織田勇次郎の記事とホームイン後の今川監督との涙の抱擁の写真が載っていた。
また三面には「九回表、ノーアウト満塁、羽柴寧々、無失点で切り抜ける」「球史に残る『羽柴の九球』」と、ネネが伊達美波から三振を奪い、ガッツポーズをしている写真が載っていた。
四面以下は今季の激闘の写真や監督、選手たちの手記……それと、キングダムの記事があり、その中に伊達がベンチで号泣している写真を見つけた。記事には来季の伊達の去就は未定、と書いてあった。
ネネが伊達のことを心配していると、玄関のインターホンが鳴った。由紀がモニターを見ると、何とそこにはキングダム広報の成瀬と伊達美波が立っていた。
「すいません……お疲れのところ……」
家に上がった成瀬が開口一番、頭を下げた。
「東京に帰る前に、美波がどうしても羽柴さんに会いたいって言うので……」
伊達は無言で大きなサングラスをしていた。部屋に入ってからもひと言も喋らず、その表情から感情は読み取れなかった。
「美波、ほら……サングラス取って……」
成瀬に促された伊達はサングラスを取った。そんな伊達の顔を見たネネは息を呑んだ。伊達の目は真っ赤で、パンパンに腫れ上がっていたからだ。
きっと、昨日はずっと泣いていたのだろう。悔しかった。悲しかったのだろう……。目の腫れは敗者の傷跡のようだった。
ネネは何と声をかけていいのか分からなかった。すると、伊達の方から口を開いた。
「……凄かったわ、昨日のストレート」
声はガラガラだった。多分、昨晩は声を上げて泣き続けたのであろう。
「昔……アンタのストレートは私に通じないって言ったけど、自惚れてたわ……ごめんなさい……」
「そ……そんなことないよ! 実際、私、ホームラン打たれてるし!」
ネネは両手を振って全力で否定した。
「ねえ……」
伊達は真っ赤に腫れた目でネネを睨んだ。
「最後のストレートの前……アンタ、私と目があって笑ってたよね……何で笑ったの?」
「え? あ……えっと……」
伊達はネネから目を逸らさない。ネネは小さな声で質問に答えた。
「み、美波は私とおんなじだろうな、と思ったの……」
「は?」
「豪快なスイングにガチガチの手のひら。美波はきっと私と一緒で野球が大好きなんだろうな……もし、美波と一緒のチームだったら、もっと仲良くなれただろうな、楽しかっただろうな、って思ったの……そうしたら、自然と笑っちゃって……」
伊達は「はあ?」と言う顔をした。
「私のことを見下して、笑ったのかと思ってた……」
「ち……違うよ! 見下したりなんかしてないよ! 絶対に!」
「あんな緊迫の場面よ!? それなのに……そんな呑気なことを思ってたの!?」
「う、うん……」
ネネは恥ずかしくなりうつむいた。その姿を見た伊達はしばし呆然とした後、大きな口を開けて笑いだした。
「は……ハハハ……ハハハ……! アンタ、何考えてんのよ! アハハ!」
伊達が大笑いするのを見て、成瀬と由紀はあ然とした。
「ハハハ……あ──おかしい。色々考えてた私がバカみたいじゃない」
笑いすぎた伊達は涙を拭った。
「あ──笑った、笑った。日本を離れる前に、ネネに会えて良かったよ」
「え……?」
「美波はね……多分、来季はキングダムにいられないと思うの……」
成瀬が説明する。
「な、何で!?」
「球団は今年優勝を逃したから、来季は大捕球をすると思う。そうなると、恐らく美波の居場所はなくなる。だからアメリカに帰る予定なの……」
ネネはその言葉の真意を即座に理解した。
自分が原因なのだ。自分が伊達を打ち取ったから、伊達はキングダムに居場所が無くなったのだ。
「み、美波……わ、私……」
そんなネネを見た伊達は先に口を開いた。
「ネネ……同情はいらないわ。私、向こうでまたレベルアップしてくる。次に勝つのは私よ」
そして、ニッコリと笑った。
会話が終わった伊達と成瀬は、由紀のマンションを出て、タクシーで新大阪駅に向かった。
「美波、気が済んだ?」
「うん、ネネに会えて良かったよ」
「ふふ……羽柴さん、美波にシンパシーを抱いていたのね」
成瀬がそう言うと、伊達は窓の外を向き肩を震わせた。
「美波? どうしたの?」
「ね、ネネ、言ってたよね……同じチームだったら、仲良くなれたって……」
「うん……」
「わ、私も同じことを思った……ネネと一緒のチームだったら、どんなに楽しいかって……」
伊達はポロポロ涙を流した。
「美波……」
「うっ……ううっ……」
成瀬は伊達の涙の意味を理解した。
男の中で野球をやってきた伊達にとって、ネネは初めて対等に戦える同性であり、ライバルであった。ただそれ以上にネネは伊達の最大の理解者であり、また友でもあったのだ。
タクシーは新大阪駅に向かって走る。
成瀬は声を上げずに泣き続ける伊達の背中を優しく撫でた。