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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
201/207

第201話「灼熱の夜を抱きしめて」前編

「ネネ、よくやった……お前は本当に凄い奴だ。お前とバッテリーを組めて、俺は本当に幸せだよ」

 ベンチに戻ろうとするネネにキャッチャーの北条が話しかけてきた。

「いいえ、それは私のセリフです。北条さんのおかげで、全力を出し切ることができました」

 ネネはニッコリと笑った。


「ネネ、やったな!」

 ベンチに戻ったネネに選手たちが集まって来て労いの言葉をかけた。またブルペンからも島津たちが駆けつけて来た。

「すげ─な、オメー! キングダムのクリーンナップを三者連続三振なんて!」

「ネネ、すごいよ! ノーアウト満塁を無失点で抑えて!」

 島津や前田が褒め称える。

「ネネ、お前の言った通りだったな、全員三振に取って……見事だ」

 杉山コーチもネネを労った。

「ありがとうございます」

 皆に祝福されるネネだったが、近くに由紀がいることに気付いた。


「由紀さん……」

 ネネは由紀に近づく。

「ね、ネネ……」

 由紀はネネを見るやいなや、ネネに抱きついてきた。

「ネネ〜……凄い……凄いよ、ううう……」

 由紀の顔は涙で濡れていた。

「ありがとう、由紀さん」

 由紀に抱きしめられたネネは緊張から解放され、ホッとした顔に戻った。


 しかし、その時、由紀はネネの肩が異常な熱を持っていることに気付いた。

「ね、ネネ……この肩の熱は一体……?」

「あ、ああ……大丈夫だよ」

 大丈夫、というレベルの熱ではなかった。由紀は今川監督を見つめた。


「ネネ、ご苦労だった。お前の出番はここまでだ。裏でアイシングをしてこい」

 今川監督はネネの身体の異変を察知し、声を掛けた。

「え? 監督、私まだ投げれますよ」

「いいや、監督命令だ。ここまでだ」


「でも……」と降板を渋るネネに明智が声を掛けた。

「ネネ、余計な心配をするな。この裏の攻撃で必ず一点を取って終わらせる」

「その通りだ。だからお前はゆっくり休め」

 今川監督が降板を促す。

「は、はい……」

「さ……ネネ、アイシングをしよう」

 由紀は渋るネネをベンチ裏に連れて行った。


 そして、長い死闘も同点のまま遂に九回裏……レジスタンスの攻撃を残すのみとなった。レジスタンスには延長を戦い抜く戦力はない。この九回裏の攻撃が最後の望みだ。


 レジスタンスベンチ前で選手たちが円陣を組んだ。今川監督が檄を飛ばす。

「流れはウチに来ている! このチャンスを逃すな! いくぞ! 絶対に1点取って、サヨナラだ!」

「おう!」

 全員が気合いを入れた。


「キングダム、選手交代のお知らせです。サード伊達に替わりまして、石丸、背番号23」

 一方、キングダムは先程の打席で三振を喫した伊達を交代させた。

 何とかベンチに戻ってきた伊達は精神的ショックが大きく、頭からタオルを被ってうつむいていた。


「美波……」

 成瀬が声を掛けても伊達は返事をしない。そんな伊達の元に近づいた鬼塚監督は「何だ、その態度は?」とタオルを剥ぎ取った。

 伊達の目は真っ赤で、怯えた表情で監督を見上げた。

「まだ勝負は付いていない。それなのに、お前はもうあきらめているのか?」

 監督の言葉に、伊達は泣き出しそうな顔で首を横に振った。

「それなら、顔を上げてグラウンドを見ろ。延長に入ればウチが有利だ。皆を信じろ」

 伊達は顔を上げ、真っ赤な目でグラウンドを見つめた。


「キングダム、ピッチャー交代のお知らせです。ピッチャー沢村、背番号18」

 また、ここが勝負所とみたキングダムはエース沢村を九回裏のマウンドに送った。

 対するレジスタンスの攻撃は、二番蜂須賀から。

「頼むぞ、蜂須賀!」

「塁に出てくれ!」

 レジスタンスベンチは総出で声援を送る。

 蜂須賀がベンチを出るのを見届けた明智は勇次郎に声を掛けた。

「いいか勇次郎、俺かお前、どっちでもいい、必ず点をとるぞ」

 その言葉に勇次郎は力強く頷いた。


 その頃、由紀は別室でネネにアイシングを施しながら、開幕戦のことを思い出していた。

(あの時と同じだ。でも、たった1イニングで肩がこんなに熱を持つなんてあり得ない……)

 開幕戦以来、由紀の頭の片隅にはずっと不安があった。それは、ネネは大事な『何か』を引き換えに投げているのではないか? ということだ。

 そして今日、その『何か』の正体に気付いてしまった。それは『選手生命』だ。ネネは選手生命と引き換えにホップするストレートを投げていることに……。

 いくらネネが人並み外れた筋肉を持っていても、基本的な骨格やパワーは男性より落ちる。ホップするストレートを投げることに、身体がついていかず、肩や肘が悲鳴を上げているのだ。


(ネネはきっと気付いている。この熱が全力投球の代償だと……そして、男だらけのプロ野球の世界でやっていくためには、仕方ないことだと受け入れている……)

 由紀は改めてネネの強靭な精神力に感服した。また、今の所、ネネが肩や肘の痛みを訴えたことはないが、いつ限界が来て、痛みが襲ってくるか分からない。それは明日起こるかもしれない。

 歴代の速球派のピッチャーは肩やヒジの故障が多く、短命の選手が多い、ネネも同じ道を辿るのだろうか……?


(いやいやいや!)

 由紀は首を振った。

(そんなことはさせない、私がネネを守ってみせる。そう、これからも……)

 由紀はネネの肩にガチガチにアイシングを施した。


 アイシングが終わると、由紀は嫌な考えを振り払うようにネネに話しかけた。

「ねえ、ネネ。そういえば勇次郎がマウンドに来てたけど、何を話していたの?」

「え? あ、ああ、アレね。『この前はゴメン』って言われたの」

「は、はあ? それだけ?」

 由紀は気が抜けた。

「うん、それだけ」

 ネネはクスクスと笑う。

「な、何、やってんのよ、あの男は……?」


「あ……」

 ネネがモニターを見つめた。蜂須賀はツーストライクと追い込まれながら、粘りのバッティングでファールを続けていたが、最後は152キロのストレートで三振に仕留められていた。

 次のバッターは三番明智だ。ネネはモニターを見ている。

「さ、終わったよ」

 由紀がアイシング終了の声を掛けた。

「ありがとう、由紀さん」

「でも、あの男、本当に朴念仁ね。ネネにもっと励ましの言葉をかければいいのに……」

 由紀がそう言うと、ネネは笑った。

「でもね、由紀さん。勇次郎が私に面と向かって、謝るのは初めてだったんだよ」

「え? そうなの!?」

「うん、絶対に謝らないから、アイツは……」

「やれやれ……無口で強情で人付き合いも悪いし、なんなのアイツは……」

「はは、そうだよね……」


 一方、グラウンドでは明智がワンボールからのストレートを叩きショートライナーに打ち取られていた。これでツーアウトランナーなし、となった。


「四番サード織田、背番号31」

 登場曲の「JUMP」が流れ、勇次郎が打席に向かう。今日はここまでノーヒット。しかし、勇次郎が登場することで、ドームに漂う重い空気が吹き飛んだ。何かを起こしそうな風が吹いた。

「織田──!」

「勇次郎、いけ──!」

「勇次郎、一発かましたれ──!」


 ネネはモニターの中の勇次郎を見つめると、ゆっくりと立ち上がった。

「でもね、由紀さん。アイツの心の奥底には優しさがある。ただアイツは素直にそれを表現できないだけなの」

「ネネ……?」

「由紀さん、私、ベンチに戻るわ。勇次郎は言ったの『必ず俺が一点取る』って、だから、その姿を見届けたいの」

「ツーアウト満塁……マウンドには勇次郎が苦手にしている沢村投手……正直、厳しいわよ」

「そうね……でも勇次郎は口先だけのことは絶対に言わない。アイツが一点取るって言ったら、絶対に一点取るわ」


「信じてるのね、勇次郎のことを」

「うん、信じてるわ」

 ネネはニッコリ笑うとベンチに向かった。


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