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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
200/207

第200話「Cat Fight」後編

 カウント0-2、伊達美波をあと一球まで追い込み、スタジアムからは手拍子が響く。


「は、羽柴寧々、伊達美波をあとワンストライクまで追い詰めましたよ……」

「そうですね……ただ、キングダムクリーンナップに対して、全てストレートで勝負しています。これは危険ですよ。羽柴には『懸河のドロップ』というウイニングショットがありますが、一体どこで使ってくるのでしょうか?」


 実況席はそう解説していたが、伊達はドロップのことを完全に頭から排除して、ストレート……しかもライジングストレートだけにヤマを張っていた。

(無いわよね……今更、変化球なんて。可愛い顔してるけど、アンタ、闘争心と負けん気の塊だもんね。特にストレートは私にホームランを打たれている。ストレートしかないよね? 私にリベンジするなら)


 一方で北条のサイン交換を終えたネネは右足をプレートに置くと、グラブを正面に構えた。


「三球勝負だな……」

 ベンチで今川監督が呟いた。ふたりの勝負を見つめる由紀の目に涙が浮かんだ。

(ネネ……すごいよ。こんな優勝を左右する場面で堂々と……。私ね……あなたのマネージャーを任されたとき、本当は物凄く落ち込んでたの……広報部で役立たずだと言われてて……)

 由紀はネネと初めて会った日のことを思い出していた。一月の寒い朝、ネネはスーツケースを持って、大阪駅で不安そうに佇んでいた。

(でも、私はあなたに感化され生き方が変わった……前向きで、努力家でいつも頑張っているあなたを見て、自分も変わりたいと真剣に願った。ありがとう、ネネ……例えどんな結果になろうとも、私はあなたを誇りに思う。あなたのマネージャーだったことを誇りに思うわ……)


 ネネは一塁ランナーを目で牽制した。その時、ベンチの由紀と目が合った。

「ネネ──! いけ──!」

 由紀の声援を聞いたネネの身体から力みが取れた。

(ありがとう、由紀さん。由紀さんを悲しませるような結果には、絶対させないからね)


 そして、三塁ランナーに目を向けると、勇次郎の姿が見えた。先程の言葉が甦る。

『俺が必ず一点取る』

(うん、アンタはいつも有言実行してきた。信じてるよ、勇次郎……)

 そんな中、ネネは不意に勇次郎に昔、言われた言葉を思い出した。

 それは育成サバイバルゲームの後の出来事だった。自分のせいで丹羽が解雇になり、自己嫌悪に陥り、泣いていたときに勇次郎から告げられた言葉……。


『思いを背負う』

 かつて勇次郎は言った。プロ野球選手になり、また活躍していくためには、自分以外の選手を蹴落としていくしかない、と。

 そして、そのために消えていく選手たちの『思い』を背負い、夢を繋ぎ、自分が活躍していくのが残された者の使命だと──。


(あの時は漠然としてたけど、今なら分かるよ、勇次郎……)

 ネネは打席に立つ伊達を見た。すると目が合ったので、ネネは思わず微笑んだ。


 その笑みを見た伊達は頭に血が上った。

(な、何……? その笑いは……? 追い込んだ余裕? それとも私を舐めてんの!?)


 ……そのどれでもなかった。ネネは伊達を身近に感じていた。

(美波……その規格外のスイング、バットを振り続け固くなった手のひら……あなたも私と同じ……皆から好奇の目で見られても野球を止めなかった……それは、野球が大好きだったから……)


 ネネは大きく息を吐き出した。同時に周りから音が消えていく。伊達美波の姿だけを残して辺りの景色が消えて、北条のミットだけが、暗闇の中にぼうっと浮かび上がった。


(敵同士でなかったら、色んな話ができたよね。きっと仲良くなれたと思う。ふたりでいっぱい野球の話ができたと思う……でもね……私、これからあなたを叩きのめさないといけない……)


 ネネは大きく振りかぶった。

(ごめんね、美波……あなたにもきっと背負うものがあるはず。でも、私にも背負うものがあるの……)


 左足を高く上げ。右足をヒールアップする。

(私のせいで解雇になった丹羽さん。私のせいで引退した柴田さん。私をずっと信じてくれていた明里ちゃん。こんな私を応援してくれるファンの人たち……そして……私の大事な居場所、大阪レジスタンス……負けない……勝つのは私よ!)


 伊達はネネが振りかぶるのを見て、全力のストレートが来ると確信した。

(コースなんて関係ない! ストライクゾーンに来た球をぶっ叩く!)

 伊達はバットを握る手に力を込め、右足を上げるとタイミングを取った。


 満塁だから振りかぶっても、おかしい状況ではない。ランナーは一斉に走る素振りをしたが、ネネは動じない。

 158センチのネネの身体が大きく見える。レジスタンスドームが『あと一球』の手拍子に包まれる。


(美波には二度も打たれている。一度目はドロップをライト前に運ばれ、二度目はストレートをライトスタンドに運ばれサヨナラ負けを喫した。この世界で生きていくなら……やり返さなくてはいけない!)

 ネネは高く上げた左足を力強く踏み込むと、強靭な足腰を地面に固定させ、腰をグイッと回転させた。

 そして、右腕をしなやかに振り抜くと、渾身の力を指先に込めて、ボールを思い切り上から弾いた。

(いけえ! ミットに飛び込め!)


 ネネの指先から強烈な縦のスピンが効いたボールが放たれたが、そのボールの軌道を見た伊達は一瞬、目を疑った。

(な……内角高めのストレート!?)

 ネネが投じたのは三球連続して、同じコースへのストレートだった。


(ふ……ふざけんなあああああ!)

 同じコースに同じ球を三球も投げられるなんて、今までそんな経験はない。あまりの屈辱に再び伊達の頭に血が上った。

 伊達はドン! と右足を踏み込むと、怒りに任せて長尺バットを思い切り振り抜いた。


 内角をえぐるストレートにタイミングは合っていた。伊達の風神のようなスイングがグラウンドに巻き起こった。

(もらったあ!)

 そう勝利を確信した瞬間だった。


 ネネの渾身のストレートは、伊達の手元でグンと伸びてホップした。

 バットは空を切り、ボールはキャッチャーミットに一直線に飛び込み、ズバン! とミットの乾いた音が響くと、審判の手が上がった。


「す……ストライ──ク! バッターアウトォ!」


 フルスイングして、勢い余った伊達は片膝を付き、ヘルメットが地面に落ちた。


「お……」

 北条はミットに収まったボールを見て、一瞬、沈黙した後、雄叫びを上げた。

「おおおおお!」


「あ……あああああ!」

 伊達の空振りを見たネネも右拳を握りしめてガッツポーズをした。


「よし! よくやった!」

 レジスタンスベンチからは大歓声が上がる。今川監督もガッツポーズ、由紀も両手を挙げて喜んだ。


「やった──!」

「ネネ! すげ──ぞ!」

 ブルペンの投手陣からも大歓声。先発を務めた島津、中継ぎで投げた、大谷、前田……他の選手たちも、皆、モニターの前で大喜びでハイタッチをした。


 スタンドに陣取る観客からも大歓声。

「羽柴──! よくやった──!」

「すげえ! ノーアウト満塁をゼロで抑えやがった!」

「ネネちゃん、最高──!」

 ノーアウト満塁を三者連続三者、無失点で切り抜けたネネのピッチングにレジスタンスドームはお祭り騒ぎとなった。


 九回表のスコアボードには「0」が点滅、バックスクリーンのスピードガンは「148キロ」とネネの自己最速をマークする数字が浮かび上がっていた。


(う……ウソ……。な、何、今のボール? ボールが浮き上がった……? アメリカでも見たことないわ、何なのよ……あのストレートは……?)

 伊達は片膝を付いたまま動けなかった。完璧に捉えたと思ったボールは手元で浮き上がり、バットは空を切った。今まで体験したことがないストレートの衝撃に伊達は呆然としていた。


 三球とも同じコースにストレート。

 完膚なまでに叩きのめされ、伊達のプライドは粉々に砕け散った。ベンチに戻るネネの背番号41の背中が見えた。伊達にはその小さな背中がとてつもなく大きく見えた。


「よくやった! ネネ!」

 黒田と明智、蜂須賀がネネの背中を叩き、ネネは笑顔を見せた。そんなネネの元に勇次郎が近づいてきた。


「……ナイスピッチ」

 勇次郎はグラブを付けた左手を差し出した。


 ネネも右腕を突き出してタッチをすると、勇次郎を見てニッコリ微笑んだ。


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