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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
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第2話「羽柴寧々 VS 織田勇次郎」

 それは五月のはじめの出来事だった。

 あの聖峰高校から、突然、練習試合の申し込みがあったのだ。

 なぜ部として認められたばかりの実績のない野球部に、そんな申し出があったのか理解できず、石田をはじめとした野球部員たちは全員躊躇していたが、ネネの「何、迷ってんの!? 強豪校と試合できるチャンスだよ!」のひと言で、練習試合を受けることになった。


 そして、迎えた練習試合の日。

 聖峰高校に出向いた石田たちは、なぜ自分たちに練習試合の申し込みがあったのか、その真意を理解した。

 聖峰高校には二軍の下にケガから復帰した部員のための三軍が存在した。

 その三軍の調整相手として、自分たちの野球部が選ばれたのだった。


「何だよ、調整相手って……俺たちを何だと思っているんだ」

 相手が自分たちを軽んじていることが分かり石田は怒ったが「でも、三軍でも聖峰は聖峰だよ、今までの成果を見せてやろうよ!」と、マネージャーであるユニフォームを着たネネが石田をなだめた。


 聖峰高校の一軍と二軍はメイングラウンドで他県から来た強豪校と練習試合を行っている。主だった見物人やスカウトはそちらを見学に行っていて、三軍グラウンドには誰もいない。そんな状況下で試合は始まった。


 石田たち英徳高校が先攻、キャプテンである石田が円陣を組んだ。

「練習量じゃ負けてない。同じ高校生だ。勝つぞ!」

「おお──!」

 メンバーは気合い充分で、試合に臨んでいった。

 しかし三軍とはいえ、さすが強豪聖峰高校野球部。初回の攻撃は三者三振であっさりと終わってしまった。


 そして、その裏、聖峰三軍の攻撃が始まる。

 英徳野球部のメンバーは最近揃ったばかりで人数は九人しかいない。選手たちが各ポジションに散らばっていき「みんな、ガンバレ──!」と、ベンチからネネが声援を送った。


(同じ高校生だ。みんな練習を頑張ってきた。きっと大丈夫……)

 石田はキャッチャーマスクを被り、ミットを構えた。


 だが現実は残酷だった。

 聖峰高校のメンバーは三軍とはいえど、バットのスイング、打球の速さ。そのすべてが、素人に近い英徳高校野球部と比べてレベルが違った。

 怒涛の攻撃が始まり、ピッチャーは打ち込まれた。スコアボードにはどんどんと数字が書き込まれていき、二年生のピッチャーは顔面蒼白になった。


「ヘイヘイ、ピッチャー、しっかりしろよ! こんなんじゃあ小学生の方がマシだぜ!」

 三軍ベンチからヤジや笑い声が飛び交い、ワンアウトも取れずにスコアボードに「19」の数字が刻まれた頃、相手チームのコーチが石田の元にやって来た。


「キミたち弱すぎて話にならないよ。ウチが20点取った時点でコールドゲームにしていいかな?」

「え……?」

 戸惑う石田を尻目に、コーチは了解を取るためか、今度はベンチにいるネネの元に向かった。

 野球部になったばかりで監督はおらず、実質はネネが監督のようなものだったからだ。


 石田はピッチャーが立つマウンドに向かった。散々、打ち込まれて自信を喪失した二年生ピッチャーは完全に戦意を喪失し、涙を流していた。

「石田先輩……ごめんなさい。僕……もう無理です……」

 無理もない。ワンアウトも取れずに19点も取られたのだ。心が折れても仕方なかった。

(部員はちょうど九人、交代できる選手、特にピッチャーはいない。もうここでギブアップした方が良いのではないか……)

 石田がそう思った時だった──。


「大丈夫、後は任せて。私が投げるわ」

 ネネの声が聞こえた。ネネがいつの間にかマウンドに来ていた。

 そして、石田はネネの姿を見て言葉を失った。ネネは髪の毛をバッサリ切っていたのだ。

「ね、ネネ、お前……その髪……?」

「これなら、女に見えないでしょ─」

 ネネは子供のような無邪気な笑顔を見せると、帽子を目深に被った。

 帽子を被ると、童顔の少年のように見えた。

「テーピング用のハサミで急いで切ったから、後で美容院に行かなきゃ」

「そ、そんなことよりお前……! 何、考えてんだよ!?」

 石田がネネを問い詰めた時だ。聖峰高校のベンチ前で歓声が上がった。


「ゲッ! あ……あいつは……!?」

 ベンチ前で素振りをする男の姿が見えて、石田の声が上わずった。

 なぜなら、その素振りをする男は、聖峰高校不動の四番バッター「織田勇次郎」だったからだ。

 百八十センチを超える身長に引き締まった筋肉質な体型。端正な顔立ち、髪は短く刈り込まれている。

「な、何でここにアイツが……?」

「三軍にいるってことは、怪我でもしてたんじゃない?」

 動揺する石田とは対照的にネネは悠然と織田勇次郎の姿を見つめていた。

「何言ってんだよ! 分かってんのか!? 次のバッターにあの織田勇次郎が立つってことだぞ!」

「そうなるわね。でも関係ないわよ。相手が誰だろうが」

 ネネはそう言うと聖峰ベンチを睨みつけた。

「偉そうに……何が『あと一点取ったらコールド』よ。ふざけんじゃないわよ。頭に来たから『このままの点数なら、九回まで試合をしていいってことですよね?』って言ってやったわ」

 口元に不敵な笑みを浮かべるネネを見ながら、石田は思った。

(怒っている……小学生からの付き合いだが、これはネネがかなり怒っている時の態度だ。こうなったらネネは絶対に引かないぞ……)


「は、羽柴先輩……大丈夫ですか?」

 二年目ピッチャーが心配そうにネネを見つめたが、そのピッチャーの背中をネネはポンと叩いた。

「よく投げたね、お疲れ様」

 もう何を言っても無駄だと気付いた石田は覚悟を決めて、キャッチャーポジションに戻った。


 そして試合が再開された。

 状況はノーアウト満塁。代打に送られた織田勇次郎は右バッターボックスに入り、悠然とバットを構えていた。相手がどんな格下だろうと全力で叩き潰す、というオーラが滲み出ていた。


「また、えらい小さいピッチャーが出てきたな! 勇次郎、一発かましたれ!」

 三軍ベンチからヤジと笑い声が飛んだ。ネネが女性ということがバレないか、石田はヒヤヒヤしていたが、相手も早く試合を終わらせたかったこともあり、誰もネネのことを気にしてなかった。

 又、ネネはいわゆる女性らしい体型ではないため、髪を切って帽子を被ればパッと見は女性に見えなった。

 とりあえず、ネネが女だと気付かれていないことに、石田はホッとしてキャッチャーミットを構えた。


 マウンド上のネネは塁上のランナーを目で牽制すると、セットポジションから右手を引き絞り、素早いモーションから一球目を投じた。

 女性が投げたとは思えない糸を引くような軌道のストレートは、ズバン! という乾いた音を立てて、ど真ん中に構えた石田のミットに飛び込んだ。


「ストライク!」

 織田勇次郎はバットを振らず、悠然とボールを見送っていたが、ネネのボールを受けた石田は驚いていた。

(予想以上に速い……そして、想像以上にボールが伸びてくる)

 練習でバッティングピッチャーを務めたネネの球を受けていたが、その時とは球の速さも威力も全然違った。

 試合でバッテリーを組むのは小学生以来だったが、その頃よりも球の速さも勢いも格段に上がっていた。

(これが、ネネの本当の実力なのか? 気を抜くと、このボールは捕れない……)

 石田は腰を落とすとネネの動きに集中した。

 又、織田勇次郎は打席の一番後ろに立ち直していた。恐らくボールの軌道をじっくり見るためだろう、と石田は推測した。


 石田は内角にミットを構えた。急造のバッテリーだからサインも何もない。ネネはミットの動きに頷くと、二球目を投じた。

 ストレートが唸りを上げて、織田勇次郎の内角を突いた。

(ここから伸びる!)

 だが、石田がミットを差し出した瞬間、今まで見たことのないスピードで織田勇次郎のバットが一閃した。


 カキ──ン!

 金属バットが鋭い音を立てた。ネネの球は完璧に打たれ、打球はレフト方向へ飛んでいった。

「よし! いったあ!」

 聖峰ベンチから大歓声が上がった。

 しかし、織田勇次郎が打ったボールはレフトスタンドのわずか左……ファールゾーンに落ちた。それでも余裕でフェンスを越える大ファールだった。


(な……何て恐ろしいスイングだ……)

 織田勇次郎のスイングを間近で見た石田は背筋が凍った。

(これが聖峰高校四番バッター織田勇次郎のスイング……こんなスイングスピードは見たことがない……バケモンだ。コイツはレベルが違う。自分たちとは住む世界が違いすぎる……)

 今更ながら、目の前に立つ織田勇次郎の凄さを実感した石田は同じ高校生とは思えず、恐ろしさのあまり震えが止まらなくなった。


(だ……大丈夫なのか……ネネのヤツは?)

 石田はネネのことが心配になり、マスク越しにマウンドを見た。そして驚いた。

 なぜならネネは微かに笑みを浮かべていたからだ。

(ええ!? 男の自分でも逃げ出したくなるような場面なのに何で笑ってるんだよ?)

 石田はネネのことが理解できなくなった。するとネネが帽子のツバに右手の指を触れるのが見えた。その仕草を見た石田は息を呑んだ。

(その仕草は……?)

 石田は導かれるようにミットをど真ん中に構えた。ミットの動きを見たネネは笑みを浮かべたまま頷いた。

 ネネの仕草は小学生の頃、ネネと石田が密かに交わしたふたりだけが分かるサインだった。

 帽子のツバを触るのは、次に投げるコースは「ど真ん中」というサイン──。


「オラオラ! ピッチャー、ビビってんぞ!」

 聖峰ベンチからヤジが飛んだ。

 しかし、ネネはそんな声を無視するように、ゆっくりと振りかぶった。満塁で塁が埋まっているので、振りかぶってもランナーは走ることはできない。


 ネネは左足を高く上げながら、軸足となる右足をヒールアップした。

 158センチのネネの身体が身長以上に大きく見えた。それはまるで獲物を狙うネコ科の動物のような、しなやかな動作だった。

 あまりに美しい動きに相手チームの野次が止まり、敵味方関係なくネネのピッチングフォームに見とれた。

 ネネが力強く左足を踏み込んだ。と同時に右腕がムチのようにしなると、指先から弾丸のようなストレートが放たれた。


 唸りを上げるストレートが飛ぶ。

 だがコースは甘い。ど真ん中だ。織田勇次郎がボールを十分に引き付けて渾身の力でフルスイングを始めるのが見えた。

(や……やられた!)

 石田は思わずボールから目を切った。


 ガン! 

 しかし、次の瞬間、石田は何かがキャッチャーマスクに当たり、マスクが吹き飛ぶのを感じた。

 そして、その衝撃に対応できず、後ろに倒れ込んだ。


 仰向けになった石田の眼前には五月の青い空が広がっていた。

 だが、やがて意識が朦朧となり、その風景は消え失せ、真っ暗な闇と静寂が訪れた。


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