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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
198/207

第198話「VS 番長渡辺」

「キングダム、四番ファースト渡辺、背番号5」


 渡辺が打席に向かう。筋肉で武装した浅黒い身体に髪は五分刈り、太い首には金のネックレス……と見た目はまるで格闘家のようだ。 

 ライトスタンド、キングダム応援席からは「ナベ──!」「ナベさ──ん!」と声援が飛び交い、『セ界のナベさん』と書かれたタオルや『番長渡辺』と手書きされたプラカードが揺れている。


 渡辺和真、30歳、かつてはパリーグ「埼玉バンディッツ」の不動の四番打者だったが、二年前にFAフリーエージェントでキングダムに移籍。

 親分肌で豪快な性格から「番長渡辺」と呼ばれ、それは移籍したキングダムでも変わらず、チームメイトからは頼られ、ファンたちからは愛されている。

 その卓越したリーダーシップと勝負強さは群を抜いており、昨年はキングダムを二年ぶりの優勝に導いた立役者だ。


「まるで、俺の若い頃みたいだぜ!」

 レジスタンスベンチで今川監督が笑いながら言うと、由紀は『はあ?』という顔をした。

「はは……でも監督と渡辺は共通点はありますよね」

 杉山コーチが笑いながら言う。

「ふたりとも豪快な親分肌。そして、なんと言っても渡辺は今や絶滅危惧種の昭和のバッターです」


 渡辺は右打席に入ると「北条はん、勝負でええやろな?」と嬉しそうな声で北条に話しかけた。

「当たり前だ。満塁だぞ」

 北条が呆れたように返すと、渡辺はふふっと満足気に笑みを浮かべた。


 北条がサインを出し、マウンドのネネが頷く。渡辺には二週間前にキングダムドームで同点となるホームランを打たれている。それ以来の対戦だ。


 ネネはセットポジションから、第一球を投じた。コースは内角高め。ストライクゾーンギリギリにストレートが飛び、渡辺はフルスイング。


 ガキン!

 ボールは真後ろのバックネットに突き刺さった。スピードガンは141キロを表示。

「か──っ! 絶好球やったのに、打ち損じてもうた!」

 渡辺は苦笑いして、バットで頭をコンコンと叩いた。


(やはり、初球から振ってきたな……)

 北条は審判からボールを受け取ると、ネネに返球した。

「ええですなあ、北条はん! この真っ向勝負が野球の醍醐味! 正に男と男のガチンコ勝負ですやん!」

 渡辺が嬉しそうに話しかけてくる。

『何言ってやがる。相手は女だぞ』

 北条はそう言い返そうとしたが止めた。渡辺のペースに巻き込まれたくなかったからだ。


「渡辺さんは、中西さんと対照的ですね、初球から振ってきました……」

 レジスタンスベンチで由紀が呟くと「アレが渡辺の特徴。ピッチャーとの勝負を楽しんでるんだ。そして、必ず結果を出す」と杉山コーチが答えた。

 渡辺は逃げるピッチャーが大嫌いで『真っ向勝負せい!』と怒鳴り、物議をかもした事もある。

「さあ……そんなバッターを、あのジャジャ馬娘はどう料理するかな?」

 今川監督は腕組みをしながら、戦況を見つめた。


 ボールを両手で馴染ませながら、マウンドのネネはバッター渡辺から発せられる圧力をひしひしと感じていた。

(この圧力には覚えがある……誰かと思ってたら、今川監督に似てるんだ。この人……)

 ネネは入団テスト前の今川監督との一打席勝負を思い出していた。そう……今川監督から発せられる圧に屈して、投げることが出来なかった記憶を……。


 北条からの二球目のサインが出て、ネネは迷いもせずに頷く。この場面に置いてもネネの北条に対する信頼は揺るがない。

 ネネは渡辺の圧力を振り払うように、セットポジションから二球目を投げた。アウトローにストレートが飛んでいく。コースはストライクゾーンギリギリ、見送ればボールでもおかしくないコースだが得意の外角だ。渡辺は喜んで手を出した。

 

 ガキン!

「あ! 危ねえ!」

 今川監督は、打球がベンチに向かって飛んできたので、咄嗟に隣にいた由紀を押し倒した。

「うわあ!」

 ベンチからは悲鳴が上がる。渡辺の打球は流し打ちとなり、一塁レジスタンスベンチにライナーで飛び込んだ。


「ちょ……ちょっと! いつまで乗っかってんですか!?」

「ん……あ、ああ、悪りい」

 今川監督に覆い被された由紀が叫んだ。

 今川監督は由紀から身体を離すと、オーロラビジョンに映るスピードガンを見た。ネネのストレートは140キロを計測していた。


「カッカッカッ! 北条はん、大したもんやなあアイツ! このワシにストレートを二球も続けるとは、ええ度胸しとるで! そんじょそこらの男より、よっぽど男前や!」

 渡辺はヘルメットのズレを直すと北条に笑いかけた。北条はそのしゃべりを無視して、ネネに返球した。


「いかがですか? 羽柴の渡辺に対するピッチングは?」

 実況席では、解説陣がネネ対渡辺の解説をしている。

「うーん……渡辺相手にストレート勝負は危険ですよ、せめて145キロ以上のストレートがないと話になりませんね」

「というと?」

「ツーストライクまで追い込みましたが、二球とも140と141キロです。いくらホップするストレートがあっても、この球速なら渡辺は打ち込んできますよ」


 一方、今川監督も解説陣と同じ考えだった。渡辺相手にストレート勝負は危険だと。

「ドロップだな……」

「ええ……」

 今川監督がボソッと呟くと、杉山コーチが相槌を打った。

「決め球は『懸河のドロップ』ということですか?」

 由紀が問いかけると、ふたりとも頷いた。

「初球、二球目ともにストレート。渡辺の目は速球に慣れている。ということは次に緩急のあるドロップが来れば、凡退する可能性があるってこった」

「ええ、ドロップを引っ掛けて内野ゴロゲッツーというのが理想的です。しかし、渡辺相手にそう上手くいくかどうか……」

 杉山コーチが渋い顔をした。それは渡辺が勝負強いバッターで、特に追い込まれてからは尋常ではない集中力を見せるからだった。


(俺が渡辺の立場ならドロップを狙う。もし渡辺が俺と同じ考えなら狙い打ちされるぞ……)

 今川監督は顎髭を触りながら、ふたりの勝負を見つめた。

 

 ドロップで勝負か? それとも三球連続でストレート勝負か? いや一球外すか?

 皆が対決を見守る中、ネネは北条からのサインに首を振らずにセットポジションに構えた。北条はどっしりと腰を落とす。

 そして、ネネはさりげなくプレートを踏む位置を左端に移動した。それを見た渡辺は次の球が外角に落ちるドロップと予想した。


(ふふ……所詮は女やな。ストレートで追い込んだはいいが、これ以上ストレートを投げるのは流石に怖いとみえる……)

 渡辺はほんの少しだけ、ホームベースに近づいた。

(投げてみろや……変化球に逃げるピッチャーなんぞ怖くねえ、思い切りしばいたるでえ……)


 マウンドのネネは大きく息を吐き出すと、左足を大きく踏み出した。右腕を振り抜き、指先に力を込める。

(いけえ!)

 指先から球が放たれた。


(ん? んん!?)

 ネネの投じた球の軌道を見た渡辺は一瞬、戸惑った。なぜなら予想していた変化球ではなく、ストレートだったからだ。しかもコースはど真ん中。

(はあ? ど真ん中やと!? なめとんのか!? このクソガキが!)

 頭より早く身体が反応した。渡辺は左足を踏み込んでスイングを始動。ストレートにタイミングを合わせた。


 誰もが渡辺のバットがネネのストレートを捉えたと思った。だが、唸りを上げるネネのストレートは手元でホップして渡辺のバットの上をすり抜けた。


 ズバン! 乾いた音がした。北条のミットにボールが飛び込んだ音だった。

「ス……ストラ──イク! バッターアウト!」

「わああああ!」

 スタジアムから大歓声が起こった。二者連続三振、ベンチの選手たちも手を上げて喜んだ。


 ど真ん中のストレートを空振りした渡辺は呆然としている。あまりのフルスイングにヘルメットが地面に落ちた。

(な……何や、今の球は……? 今までのストレートと威力が全然違うでえ……)

 それは渡辺の想像を遥かに超えるストレートだった。思わず電光掲示板を見た。スピードガンは147キロを計測、ネネの自己最速記録を一気に更新する渾身の一球だった。


 ネネはまた小さくガッツポーズをした。渡辺はそんなネネの姿を『信じられない』と言った表情で呆然と見つめた。

 完全に捉えたはずのストレートは手元でホップして、バットは空を切らされた。ただ不可解なのは、三振を奪われたストレートが先に投げられた二球に比べて格段に威力が増していたことだった。


「や……やった──! やったあ! 監督、やりましたよ!」

 由紀は大喜びだ。

「あ、ああ……」

「あれ? でも、どうして渡辺さんは最後のストレートを空振りしたんだろう……?」

 今川監督は返事をせずにオーロラビジョンに映し出されるリプレイ映像を確認した。そして、なぜ渡辺がど真ん中のストレートを空振りしたのかを理解した。


「クックック……」

 今川監督は含み笑いをした。

「やるじゃねえか、アイツら……」

「ど、どうしたんですか? 監督……?」

「はっはっはっ! 負けたぜ、もし俺が打席に立っていても、渡辺と同じ結果だ!」

「は? は?」

 戸惑う由紀に今川監督が説明した。

「ネネが先に投げたストレートは『ツーシーム』だったんだよ」

「え! ええ?」

「コーナーギリギリに微妙に変化するツーシームを投げ込み、ファールでカウントを稼いで、最後だけホップするストレートを投げたんだよ。だから、渡辺はタイミングを外され空振りしたんだ」

「じゃ、じゃあ、ネネは渡辺さんにツーシームを投げてたんですか……? 最後にライジングストレートで三振を取るために……」

「ああ……大したヤツだよ……それとこんな配球をする北条もな」

 今川監督は口元に笑みを浮かべた。


「ツーアウトォ!」

 ネネが振り返り内野陣に声をかけた。その一方でキングダムベンチは一気に静まり返っていた。

 ノーアウト満塁……しかも、中西、渡辺と続く絶対的に有利な状況だったはずだ。それが一転して、無得点でツーアウト満塁……。


 鬼塚監督は肩を落としてベンチに戻る渡辺の腰を叩き労うと、次のバッターである伊達美波を呼び寄せた。


「伊達……羽柴を打てるか?」

 鬼塚監督は伊達の目を見て尋ねたが、伊達は目を逸らさずに答えた。

「はい、任せてください」

「もし、凡退したら一気にレジスタンスに流れが傾く。責任は重大だぞ」

「私の自信は変わりません。必ず打ちます。もし凡退したなら、キングダムを出て行く覚悟はできています」

「分かった。任せたぞ、羽柴寧々を打ち砕け」

 鬼塚監督はそう言うとベンチに下がった。


 伊達はトレードマークの長尺バットを持って打席に向かった。

(ネネ……悪いけどアンタの見せ場はここまでよ。アンタのストレートは私には通用しない)



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