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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
197/207

第197話「VS 怪童中西」

「キングダム、三番センター中西、背番号10」


 九回表、ノーアウト満塁、まずはキングダムの先頭バッター、三番「怪童」中西が左バッターボックスに入る。

 中西大毅、高卒でキングダムに入団した生え抜き選手。来季は海外FA権を行使してのメジャー移籍が確定している。

 ここまで積み上げたホームラン数は圧巻の50本で、3年連続ホームラン王は間違いなしだ。


「さあ……マウンドに立つ羽柴寧々に立ち塞がるのは、キングダムの強力クリーンナップ。まずは怪童中西が打席に立ちます」

「最近では、中西は羽柴寧々の初完封を打ち砕く特大ホームランを打ってますからねえ……これは危険なバッターですよ」

 実況席がネネVS中西を分析する。


 中西は打席内で肩を小刻みに揺らし、両足を交互に足踏みした。いつものルーティーンだ。

 一方、北条からのサインに頷いたネネはセットポジションに構えた。


 ノーアウト満塁、ヒットは勿論のこと、外野フライでも一点。また内野ゴロでも三塁ランナーが突っ込めば一点の状況だ。

 ここは賭けだ、と北条は内野と外野を前めに守らせた。即ち一点もやらないという覚悟の守備だ。

 しかし、ネネにはストレートとドロップしか球種がない。球種を読まれる確率は二分の一、と打たれる可能性が遥かに高い。


 そんな絶対絶命のピンチの中、ネネはランナーを目で牽制すると、左足を大きく踏み出し、第一球を投じた。


「ストライ──ク!」

 143キロのキレのあるストレートがズバン! と、ど真ん中に決まったが、中西はバットを振らなかった。

 それはまるで大型の肉食獣が、小動物を確実に狩るために観察しているように見えた。


 ワンストライクを奪ったネネだが、北条からのボールを受け取ると、帽子を取ってユニフォームの袖で汗を拭った。

 暑いわけではない、冷や汗が流れたからだ。初球をど真ん中に投げたことは賭けだった。中西は意外に繊細な面があるため、確実に打つために初球は必ず見逃す、と北条が読んだからだ。

 しかし、あの中西に対し、ど真ん中のストライクを投げることは実に恐ろしい。甘いコースに入ったら、えじきだ。


 二球目、ネネは北条のサインを確認した。北条のサインは外角低め、「アウトロー」だ。

 アウトローは入団前、杉山コーチから徹底的に叩き込まれたネネの生命線となるコースだ。ネネは頷くと、セットポジションに構えた。


(外れてもいい! 思い切り腕を振れ!)

 北条はそうジェスチャーし、外角低めにミットを構えた。


 ネネは左足を大きく踏み出し、渾身のストレートを投じる。

 再び糸を引くようなストレートがアウトローに決まり、中西は見逃す。


「ストライ──ク!」

 審判の手が上がる。中西は少し苦笑いして、構えたバットを下ろした。


「わあああ!」

 わずか二球で中西を追い込んだことで、レジスタンスドームが盛り上がる。しかし……。


「追い込んだが、ここからが厳しいんだよな」

 ベンチで今川監督が渋い顔をした。

「『怪童』の名は伊達じゃないですからね」

 杉山コーチも緊張のせいか、身体を小刻みに揺すっている。

「ああ、ネネも北条も気付いているだろう……次に投げる球がないことに」

 今川監督がそう言うと、由紀が首を傾げた。

「え……? 投げる球がないって、それは……?」

「本来なら、低めから落ちる球で仕留めたいんだが、ネネにはドロップしか変化球がないんだよ」

「でも、ネネの変化球『懸河のドロップ』は縦に変化しますよ?」

「いや、あれだと落差が大きすぎる。バットに当てられる。ノーアウト満塁……当てられたら終わりだ。お前も知ってるだろう? なぜアイツが『怪童』と呼ばれてるのかを」


 由紀は中西の愛称「怪童」が名付けられた出来事を思い出した。

 それは中西の二年目……まだ童顔で幼い顔をしており、その時に打ったホームランがきっかけだった。

 中西の打撃は規格外だった。ライナー性の打球は、取れると思ってジャンプしたセカンドの頭上で浮き上がり、そのままスタンドインした。

 ゴルフのドライバーショットのような弾道だった。低めから高めに伸び上がる弾道……その日以降、中西には『怪童』の異名が付けられた。


「一球目でストレートの球筋を見極められ、二球目で外角のコースを確認された。正直、投げる球がない」

 杉山コーチもお手上げの表情だ。

「そ、そんな……」

 由紀は唇を噛んだ。

(じゃあ、どうすれば……?)


「ただひとつ勝機があるとしたら……」

 今川監督が呟いた。

「あのコースに投げるしかないな」

「ええ、あのコースですね」

「あ、あのコース? どこですか、それ?」

 由紀は怪訝そうな顔をする。

「中西から三振を奪うにはあのコースしかない……だが、そこに投げ込むのは、猛獣の檻の中に素手で飛び込むようなものだ……」

 今川監督は腕組みをした。


 グラウンドには「あと一球」の代わりの手拍子が響く、実況席では解説者が解説をしている。

「中西くんに対して絶対に投げちゃいけないのは内角高めです。ここは彼の大好物ですからね」

「ええ、投げるなら徹底して外角の低め。羽柴選手ならストライクゾーンギリギリのドロップが有効でしょう」


 それは北条も考えていた。

(ドロップだ。あわよくば外角のドロップで打ち取る)と。しかし、頭を振る。

(いや……中西もそれは読んでいる。ドロップならバットに当てられるかもしれない……それなら何を……)

 その時、北条の頭にある考えが浮かんだ。

(ま、待てよ……ある……ひとつだけある……! 中西が必ず手を出し、三振する可能性があるコースが……!)


「それは内角高めだよ」

 レジスタンスベンチで今川監督がそう答えると、杉山コーチも首を縦に振った。

「え……!? な、なんで? そこは中西選手の大得意なコースじゃない!?」

 由紀が驚きの声を上げる。

「得意なコースだからさ。中西はそのコースには絶対来ないと思っている。だから、打ち取る可能性が高いのさ」

 今川監督は顎ひげを触る。

「それと、もうひとつ理由がある」

「そ、それは?」

「得意なコースなら必ず手が出る。手が出るってことは、空振りする可能性も高いってことだ」

「で……でも、そのコースに何を投げる気……?」

「おいおい、忘れたのかよ?」

 今川監督は笑みを浮かべた。

「ネネの通り名は『ライジングキャット』、投げる球はひとつしかねえぜ」


 カウント0-2、中西は先程より少しベース寄りに立っている。北条のサインを確認したマウンド上のネネは大きく息を吐き出した。

(そこしかないよね、中西さんから三振を奪うには……でも一歩間違えたらホームランだ。だからこそ、自分を信じろ……腕を振れ……)


 覚悟を決めたネネはセットポジションから左足を踏み込むと、右腕を引き絞り、球を思い切り上から弾いた。

(いけえ!)

 投じたのは渾身のストレート。


 一方、中西は投げられた球の軌道が外角ではなく、まさかの得意の内角高めということに戸惑った。

(う、ウソだろ!?)

 ストレートは唸りを上げて内角へ飛んでくる。大得意のコースに中西のバットは反応し、スイングを始動した。


 ……しかし、その一瞬の戸惑いが勝敗を分けた。

 内角高めに投じられたネネのライジングストレートはホップをすると、中西のバットの上をすり抜けてミットに飛び込んだ。


「ストライ──ク! バッターアウト!」

 中西のバットが空を切り、審判の手が上がる。


 レジスタンスドームからは大歓声。ネネは小さくガッツポーズ。

 三球勝負で、まずは中西を三振に切って取り、ノーアウト満塁はワンアウト満塁に変わった。


 ミットに収まったボールを見て、北条は息を吐き出した。

(この場面で、中西の得意コースに最高のストレートを投げ込むとはな……)

 スピードガンはネネの自己最速タイの145キロを計測していた。


 三振に倒れた中西は悔しそうな顔でベンチに戻った。その途中、次のバッターの渡邊と目が合う。

「ナベさん、すいません……」

「気にすんな中西、後はこのワシに任せとき─」


 渡辺は笑顔で中西の肩を叩くと、バッターボックスに向かった。



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