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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
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第196話「Rising Cat」後編

 ネネがマウンドで投球練習を始めた頃、由紀は気持ちを落ち着つかせて、トボトボとベンチに戻ってきた。


「おお、浅井、やっと来たか。さあ、ネネを応援するぞ」

 今川監督が声をかけると、由紀はか細い声で呟いた。

「辛すぎます……」

「あん?」

「ネネはまだ18歳のルーキーですよ……それが、こんな優勝がかかった試合で投げるなんて……コレもネネの通過儀礼なんですか?」

 由紀の目に、また涙が浮かんだ。

「いいや」

「え?」

「アイツはとっくにプロの通過儀礼をすべてクリアしたよ。アイツはもう立派なプロ野球選手だ」

「監督……」

「さあ試合を見届けるぞ。どんな結果になろうと、マウンドから帰ってきたネネを労ってあげれるのは、お前しかいないんだからな」


 由紀はいつも笑顔でマウンドから戻ってくるネネの姿を思い出した。

(そうだ……どんな結果になろうと、ネネを笑顔で出迎える。それが私の役目だ……)

 由紀は涙をぬぐいネネを見つめると「ガンバレ──! 羽柴寧々──! 負けるな──!」と精一杯の声を出した。


 ……その頃、神戸郊外の宇喜多家では明里の母親がテレビ観戦をしていた。

「明里……羽柴さんよ、あなたに感謝してたわ……」

 腕には明里の遺影を抱いている。

「あなたのおかげで、またマウンドに立てるって……見てる明里? 良かったね……」

 遺影の中の明里はレジスタンスのユニフォームを着て笑っていた。


 またレジスタンスドームでは、カメラマン席に明里の父、藤崎の姿があった。望遠カメラをネネに向けて、パシャパシャと写真を撮っている。

(頑張れよ……羽柴)


 そして、名古屋のネネの実家、羽柴家では、母親以外の家族全員がテレビの前でレジスタンスの応援をしていた。

 父は「こ、この場面での登板か……我が娘ながら、すごいな……」と震える手でビールを飲んだ。

「わ、私、見れないよ……」

 姉の菜々は両手で顔を覆っているが、対照的に妹のキキは笑っている。

「ふたりとも情けないな──、ネネちゃんなら大丈夫だって! お母さ──ん、ネネちゃんが投げるよ──!」

 台所に向かって呼びかける。母親は台所で洗い物をしていた。

(ネネ……頑張りなさい。お母さんは何があってもあなたの味方よ……)

 震えながら母はギュッと目を閉じた。


 同じく名古屋のネネの幼馴染、石田雅治の自宅には英徳高校の野球部の後輩たちが集まり、居間でテレビ観戦をしていた。

「石田先輩! 羽柴先輩が投げますよ!」

 後輩が石田に声を掛ける。台所で飲み物を用意していた石田が慌てて戻ってくる。

「すげ──よな、羽柴先輩!」

「頑張れ──!」

 石田はテレビの向こうのネネを見た。あの日……あの河原で告白して以来のネネの姿だった。久しぶりに見るネネの姿に涙が浮かんだ。

 石田はあの日以来、ネネと連絡を取っていない。もうネネとは元の関係には戻れない。

 だがネネはネネだ、変わらない。子供の頃からいつも見ていた明るく元気なネネがそこにいた。

「ネネ、頑張れ……」

 石田はネネがプロになってから初めて心からネネを応援した。


 場所は変わり、大阪市内のとある社会人野球部。そこでは練習後に部員全員がテレビでレジスタンス戦を見ていた。

「すげえな、この羽柴寧々ってやつ。女なのにこんな場面で投げるなんて……なあ、アンタ本当にこの娘の球を受けてたのか?」

 ひとりの部員がメガネをかけている部員に話しかけた。そこには、かつてネネとバッテリーを組んだ丹羽の姿があった。

「ああ……まだ育成選手のときだけどな、数少ない俺の自慢話だよ」

 丹羽はニッコリ笑うと、育成サバイバルゲームの事を思い出していた。

 試合後、解雇を告げられた丹羽に対して、ネネは責任を感じて泣きじゃくっていた。そして丹羽はネネに『自慢できる選手になってくれ』と告げた。

 テレビの向こうには堂々とマウンドに立つネネの姿が見えた。丹羽は目を細めてネネを見た。

(本当に立派になったな、羽柴……そしてありがとう。約束を守ってくれて……)


 また同じ市内では、200勝を最後に引退したレジェンドピッチャー柴田の自宅で、家族全員が揃ってテレビ観戦していた。

「ネネちゃんが投げるよ!」

 次女の優香がネネの登場を見て大声を上げた。

「すごいなあ、あの娘……こんな場面で投げるなんて……」

 柴田の妻は感心している。

「お父さん……羽柴さん、大丈夫かな?」

 長女の美優が父に声を掛けた。美優も今ではすっかりネネの大ファンだ。

「ああ、ネネなら大丈夫だ。さあみんなでネネを……レジスタンスを応援しよう」

 柴田はニッコリ笑った。


 そして、関西の千野組組長自宅では、組長がひとりで日本酒をたしなみながらテレビを見ていた。

 トントン……部下の黒服がふすまをノックする。

「組長……例の出版社の件は終わりました。羽柴寧々に関する記事はこれで全て終了です」

「分かった……ご苦労」

 返事を返し、画面の中のネネを見た組長の脳裏には、古い記憶が浮かび上がっていた。

 それは終戦直後の焼け野原の大阪の街……。まだ幼い子供だった組長は、ネネにそっくりの女性と手を繋いで歩いていた。

 その女性はふと足を止めると、笑顔で大きく手を振った。その先には屈強な体格の軍服を着た男がいた。胸には「羽柴」の名札。

「ルイ姐さん、そして羽柴のアニキ……ワシにできるのはここまです。あとは……あなたたちのひ孫を信じましょう……」

 組長は記憶の中のふたりに話しかけると、日本酒が入った盃を飲み干した。


 ネネに直接関わった人だけでない。球場……それから全国のレジスタンスファンが固唾を飲んでネネを見守っていた。


 投球練習は続くが、北条はネネが力が入りすぎていることが気になっていた。

「ネネ! もっと力を抜け!」

 ネネの最大の武器である、スピンが十分にかかっていないのだ。ネネも自覚しているみたいで、フォームをチェックしている。


 一方でキングダムベンチの前では、ネネの投球練習を見ていた渡辺が伊達に話しかけた。

「今日の羽柴はどうだ?」

「良くないですね、ストレートに全然伸びがない。あれなら打つのは難しくないわ。ん?……んん?」

「どないした?」

「いや……アレ……」

 伊達はグラウンドを指さした。指の先はサードで、何と勇次郎がネネの元に向かっていた。


 勇次郎がマウンドに歩いてくるのを見たネネは投球練習を止めた。

(何なのよ……こんな時に……)

 ネネはイライラしながら、グラブで口元を隠すと勇次郎に話しかけた。


「何なの? 投球練習中なんだけど」

「……高校のときの練習試合と同じだな、置かれた状況も髪型も」

「はあ?」

 思わず呆れて、声が出た。

「そんなこというために、わざわざ来たの?」

 ネネは苛立っていた。しかし、勇次郎は気にせずに話を続けた。

「この回の裏は俺まで回る。必ず一点取ってサヨナラ勝ちにするから、お前は絶対に0点に抑えろ」

「そんなこと言われなくても、分かってるわよ!」

 ネネは思わず声を荒げた。

「邪魔しないでよ! ピッチングに集中したいから、守備に戻ってよ!」

 ネネはグラブでサードを指した。だが、勇次郎はまだ何か言いたげそうにモジモジしていた。


 その頃、レジスタンスベンチでは由紀が勇次郎の行動に嫌な予感を感じていた。

(な……何やってんのよ、あの男……? ま……まさか……!?)

 昨日、勇次郎にネネへ自分の気持ちを伝えるようにアドバイスしたことを思い出した。

(ちょっと待ってよ!? あのバカ……ここで告白するつもりじゃないでしょうね!?)

 由紀は青ざめた。


「ねえ、まだ何か言いたいことあるの!? 無いなら早く戻ってよ!」

 ネネの口調は荒い。すると、じっと黙っていた勇次郎が口を開いた。

「こ……」

「こ!?」

「……この前はひどいことを言って悪かった。ゴメン」

 勇次郎は頭を下げて謝った。


「は? は? はあ!?」

 突然の勇次郎の謝罪に、ネネは一瞬、思考回路がストップした。

「な、何よ、今更……」

 しかし、勇次郎はネネの言葉を聞かずに、クルッと向きを変えると無言で三塁方向へ帰っていった。


(い……言った──!? 本当に……本当に小学生かよ、あの男……!?)

 勇次郎が告白したと勘違いして、ベンチでは由紀が頭を抱えた。


 一方、ネネは突然の謝罪に呆然としていた。

(こ……こんな緊迫した場面で、ゴメン? 何を考えてるのよ、あの男は?)

 勇次郎は既に自分の守備位置に戻っていた。

(でも……)

 ネネは記憶を遡った。思えば勇次郎とは何度も喧嘩をしてきた。

(でも……あの男が私に謝るなんて初めてかも……)


 そう思うと、ネネは急におかしくなった。

(『ゴメン』って、何よそれ? 小学生じゃあるまいし……しかも、優勝決定戦の試合中よ)

 口元に笑みが浮かび、身体中から余分な力が消えた。


「ネネ! 何、ぼんやりしてる!? ラスト一球あるぞ!」

 北条からの声かけで、ネネは我に帰った。

「は、はい! すいません!」


 ネネは再び投球練習に戻ると、大きく振りかぶりながら由紀との会話を思い出していた。

(由紀さんが言ってた……勇次郎は女性に対する態度が小学生と一緒だって。だから、私に対する態度も照れ隠しだって……)

 試合と同じように左足を高くヒールアップした。

(でもね、もういいの……アンタが私のことをどう思ってるかなんて、そんなことは、もうどうでもいいの……)

 ネネは右腕を振り絞り、指先に力を込めた。


『私は……私はアンタのことが……織田勇次郎のことが好き!』


 ネネの指先から弾丸のような球が放たれると、ボールは最高の伸びでキャッチャーミットに収まった。


(そう……私は自分の気持ちに正直に生きるわ……)

 ネネは微笑んだ。


 そんなネネのラストボールを受けた北条は思わず声を出した。

「いいぞ! ナイスボールだ!」

(先程の球と全然違う! これなら……これならいける!)


 そして、キングダムベンチ前では、ネネのラストボールを見た渡辺と伊達の表情が凍りついていた。

「前言撤回します、ナベさん……」

 伊達は武者震いしながら口を開いた。

「今日の羽柴寧々は最高の出来です」


 また、レジスタンスベンチではネネのラストボールを見た由紀が驚いていた。

(え……? な、何? ネネも少し笑ってるし、さっきのは告白じゃなかったってこと? それなら何を言ったの? あの男……?)


 投球練習を終えたネネは振り返り、スコアボードに目を向けた。

 スコアは5対5、九回表ノーアウト満塁。迎えるはキングダム最強のクリーンナップ。

(この回をゼロに抑える……そして、九回裏の攻撃に繋げる。それが私の役目だ!)


 三番バッター中西が左打席に入った。ネネは振り返ると中西を睨みつけた。


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