第193話「反撃のレジスタンス」後編
「レジスタンス、代打のお知らせです。一番センター池田に代わりまして、黒田、背番号3」
ドームに「チャゲ&飛鳥」の「yah yah yah」が流れ、ベンチから黒田が現れた。黒田は怪我で今季絶望と言われていたが、まさかの登場に観客たちは大興奮だ。
「おら、見せ場だ! 悔いのないスイングをしてこい!」
今川監督に背中を叩かれて、黒田がベンチを出た。
「流石、監督! 本当の代打の切り札は黒田さんだったんですね」
由紀が手を叩いて感心する。
「まあな、でもこれも全て、島の実績があるから……ん……?」
今川監督がグラウンドを見つめる。今度は鬼塚監督が出てきて、ピッチャー交代を告げた。
「キングダム、ピッチャー交代のお知らせです。デビットに代わりまして、篠田、背番号53」
キングダムは何とここで左ピッチャーに交代した。
「あ……あらら……?」
「ちょ……ちょっと何やってんですか──!」
由紀が今川監督の首を絞めた。篠田は変則サイドスローのピッチャーで今季は左打者を.089と抑え込んでいる。黒田は左バッターのため、圧倒的不利な状況に変わってしまった。
(フッ……まだまだ青いな、今川よ)
鬼塚監督がベンチでほくそ笑んだ。
(驚いたな……)
一方、ピッチング練習を始めた篠田を見ながら、黒田は心の中で呟いていた。
(監督の言った通りだ……)
黒田は先程の今川監督との会話を思い出していた。
「黒田……お前が代打で出てきたら、キングダムは絶対に左のワンポイント、篠田をマウンドに送る」
「な、なぜです?」
「キングダムの鬼塚監督は左対左のセオリーが大好きだからだ」
今川監督は黒田の肩を抱き寄せた。
「ヤツが出てきたら圧倒的に不利だ。だから勝負を賭ける」
今川監督は黒田に「ある指示」を耳打ちをした。
投球練習が終わった篠田がマウンドに立ち、試合再開の合図がかかると黒田は左打席に入った。
篠田はかがみ込むようにサインを確認すると、セットポジションに構えた。黒田の耳に先程の今川監督の言葉が甦る。
『ファーストストライクを取るために、初球は内角のストレートが来るはずだ。思い切りぶっ叩け』
黒田は今川監督を信じてヤマを張った。
(変わらねえなあ……今川さん……現役の頃からよ)
バットを握りしめる。
(昔からカッコよかった。俺は本当はアンタみたいになりたかったんだ。ファンや選手達から慕われるプレイヤーにな……それが怒りに任せてプレイすることで、勘違いしちまった)
黒田の脳裏に権力を振りかざし、力で皆を支配していた過去が甦った。
(今川さん、ありがとう……大事なことを思い出させてくれて。必ず打つぜ、それがレジスタンスを堕落させた俺の償いだ)
篠田は変則的なフォームから第一球を投じた。ボールの軌道は今川監督の予想通り、内角へのストレート。
左のサイドスローのため、バッターの黒田にとっては、自分の背中からボールが来るような感触があった。
(来た! ストレート!)
黒田は今川監督の指示通り、思い切りバットを振り抜いた。
「こなくそ!」
キイン! 芯ではないが、ボールを捉えた感触があった。打球はショートの頭上に飛んでいた。ショートの牧村がジャンプする
「抜けろ!」
黒田は走りながら思わず叫んだ。
ドン! 打球はショートのグラブを越えてグラウンドに落ちた。フェアだ。
スタンドからは大歓声。ツーアウトのため、ランナーは打ったと同時に走っている。サードランナーの浅野がホームベースを踏んだ。まずは一点を返す。
ボールを抑えたのはレフトのゴンザレスだが守備には難がある。ボールを上手く処理できずに少しファンブルをした。
その姿を見た三塁コーチャーは「ここが勝負」とばかりに腕を回した。セカンドランナーの北条が巨体を揺らし、ホームへ突っ込んだ。
北条は足が早い方ではないが必死で走った。ようやくボールを握り直したゴンザレスがホームに返球したが、ボールは少し右にそれた。北条は矢部のタッチをすり抜け、滑り込む。
「セーフ!」
更に一点を追加、これで計二点をあげて、レジスタンスは5対5の同点に追いついた。
「矢部さん!」
セカンドの東から名前を呼ばれたキャッチャー矢部は、すぐさまボールを二塁に送球した。打った黒田が二塁を陥れようと走っていたのだ。
二塁ベース上でのクロスプレー。塁審が握り拳を上げる。
「アウトォ!」
悔しがる黒田、だが、待望の同点タイムリーヒットが生まれ、レジスタンスは遂に同点に追いついた。
「すいません……」
ヘルメットを脱ぎ、すまなさそうな顔をして黒田がベンチに戻ってくるが、今川監督は笑顔で迎えた。
「何を言ってやがる! 上出来だ!」
「黒田さん、ナイスバッティングでした!」
ベンチ内からも黒田を讃える声が響く。
「さあ! 最終回だ! ここを抑えて、九回裏の攻撃に繋げるぞ!」
今川監督が大声を張り上げた。
「おう!」
同点になり、息を吹き返した選手はグラウンドに飛び出していく。
スコアは5対5、世紀の一戦は同点のまま、最終回の攻防を迎えることになった。
先程代打の黒田がファーストに入り、北条もキャッチャーに入る。ファーストを守っていた仙石はセンターに入った。
そして、レジスタンスは満を持してエースが登板する。
「九番島に代わりまして、ピッチャー朝倉、背番号18」
ライトスタンドの壁が開き、リリーフカーに乗った朝倉が現れた。
その頃、ブルペンではネネが肩を作り終えていた。朝倉で九回を凌ぎ、九回裏の攻撃に全てを賭ける。ネネは万が一、延長戦に突入したときの保険であった。
また最終回である九回表、キングダムは九番からの攻撃、代打に俊足巧打の松村を送る。
「前田さん、お疲れ」
その頃、アイシングを終えた前田をブルペンで大谷、島津、荒木が出迎えていた。
「ネネは延長に入ったら、出番みたいだね」
前田がそう言うと、皆、頷いた。
「うん、ただ……ネネは今ひとつ本調子じゃないみたいなんだ」
大谷が心配そうに呟く。
二軍戦で好投したネネだったが、今日は球にバラツキがある。本人も首を捻りながらフォームをチェックしおり、今はアンダーシャツを着替えにブルペンを離れていた。
「ワアアアア!」
すると突然、声が上がったので、皆はモニターを見た。朝倉が先頭バッター代打の松村を四球で歩かせていた。
ノーアウト一塁。打順はトップに戻り、一番の牧村が打席に立つ。キングダム鬼塚監督が牧村にサインを送った。
(送りバントだな……)
一点をもぎ取るための常套戦法だ。北条は内野陣に前進守備の指示を出した
セットポジションから朝倉は内角に速球を投じるが、牧村は絶妙なバントを三塁線上に転がした。
ボールはファールラインギリギリに転がっている。もう少しでラインを切りそうだ。サードを守る勇次郎が走り込んできた。
「勇次郎、触るな!」
北条はボールが切れると思い、勇次郎に見送るよう指示を出した。
しかし、ボールは切れずに線の内側で停止した。
レフトスタンド、キングダム応援席からは大歓声。フィルダースチョイスで、ノーアウト一、二塁の状況になった。
次に迎えるバッターは二番東。バントや小技が得意な二番バッターだ。鬼塚監督が再びサインを送る。
(次も送りバントか……ワンアウト二、三塁にしてクリーナップの三番中西、四番渡辺で勝負するつもりだな)
バントを警戒して、北条は慎重にサインを交わす。しかし、東はバントの構えはするものの、バントはせずカウントはツーボールとなった。
北条は、これ以上カウントを悪くしたくない。という思いから、三球目はストライクゾーンへのストレートを選択。
朝倉はランナーを警戒しながら、セットポジションからストレートをストライクゾーンに投じた。すると……。
東がバットを引き、同時にランナーが走った。
(す、スクイズじゃない!? 初めからストレート狙いだったのか!?)
北条の背筋に寒気が走る。東は甘く入った朝倉のストレートを打ち返した。
ボールはピッチャー返しになり、朝倉の足元を抜けていく……はずだった。
ガキッ! 何と朝倉は必死で右足を伸ばし、センターへ抜けようかとするボールを足で止めた。
「な、何い!?」
キングダムベンチから驚きの声が上がる。
「よし! 朝倉、ファースト……へ……」
北条はそう言いかけて、言葉が止まった。
朝倉は右足を押さえて、苦悶の表情を浮かべ倒れ込んでいた。
東はファーストに走り込み。各ランナーもそれぞれ進塁し、ノーアウト満塁となる。
だがそれよりも想定外のトラブルが発生した。ボールを足に当てた朝倉が立ち上がれないのだ。
今川監督はすぐにタンカを手配すると、ブルペンの杉山コーチに連絡を取った。
「もしもし、杉山さんか? 朝倉はダメかもしれん、予定変更だ。ネネの準備を頼む!」
しかし、受話器の向こうの杉山コーチは沈黙している。
「……杉山さん?」
「いないんです……」
「は? 何が?」
「ネネが……いないんです……姿を……姿を消しました……」
「な、何い!?」
今川監督の声がベンチ内に響き渡った。