第192話「反撃のレジスタンス」中編
「前田、ご苦労!」
ベンチに戻った前田を今川監督が真っ先に出迎えた。
「監督……すいませんでした……」
前田は帽子を取って頭を下げた。
「気にすんな、アレは伊達の方が一枚上手だった。それより後続を絶ったのは立派だったぞ!」
今川監督は前田の背中を叩いた。
「あの、監督……毛利くんは大丈夫ですか……?」
監督に労われ、少し安心した前田は毛利の容体を尋ねた。
「ああ、頭を打ってるから、とりあえず病院に行かせたが、意識はハッキリしているし、恐らく大事はないだろう」
大事はない、と聞き、前田は胸を撫で下ろした。
そして、今川監督がパンと手を叩く。
「さあ! 切り替えるぞ! 残る攻撃はあと二回! まずは少しでも、この回に点差を縮めるんだ!」
「おう!」
ベンチから声が上がった。八回裏の攻撃が始まる。選手たちはまだまだ諦めていない。
この回は五番斎藤からの打順。マウンドにはペナントレースでも八回を任されている中継ぎのエース、デビットが上がっている。
斎藤は粘りに粘り、フルカウントまで持ち込み、フルカウントからの六球目を強振。
カキン! 打球は流し打ちになりサードへ飛んだ。
三塁線ギリギリ、抜ければ長打コース。しかし、ボールに飛び込む黒い影。
伊達美波だ。藤本に代わり、この回からサードの守備に就いている伊達が俊敏な動きでボールをキャッチ。そして、すぐさま起き上がると、ファーストへ矢のようなボールを送球した。
「うおおおお!」
斎藤はファーストへ頭から飛び込むが「アウトォ!」と審判の手が上がる。ボールのほうが早く、これでワンアウトだ。
「くそ!」
クールな斎藤がベースを殴りつける。
助かったぜ、とピッチャーが伊達に向かい帽子を取ると、伊達は落ちた帽子を被り直し、笑顔を返した。
「良いプレーだ。さっきのホームランから、ノってきたなアイツ」
キングダムベンチで、鬼塚監督が成瀬に笑顔を見せる。
「はい、今日の美波は絶好調です!」
「六番、レフト浅野、背番号8」
続くバッター、浅野が打席に入る。地味ながら、ここまで全試合出場している縁の下の力持ちだ。
今季はホームラン10本、と初めて二桁の大台に乗せ、ひと皮むけたと言われている。
カキン! その浅野がデビットからヒットを放つ。ワンアウトからランナーが一塁に進んだ。今川監督は七番の仙石にサインを送る。
その仙石は送りバントで浅野を二塁に進め、ツーアウトながらランナーは二塁に代わる。
「監督……島はいつ使います?」
レジスタンスベンチで、岩田打撃コーチが今川監督に尋ねた。
「……そうだな」
レジスタンスには代打の切り札、島がいる。怪我による影響で守備力は低いがバッティング技術は抜群。本日はまだ島の出番はない。
「アイツはジョーカーだ。使うのは今じゃない」
そう言うと、今川監督は八番バッター藤堂に代えて、代打北条を送った。
「え? ここは島じゃないのか?」
スタンドからどよめきが聞こえる中、北条が打席に向かった。
……その頃、北条の元妻は子供と一緒に自宅でテレビを見ていた。
「達也、見て、お父さんよ」
達也は画面の中の北条を見つめた。数日前に母からこの人がお父さんと告げられた。まだ実感はないが、突然現れた北条のことを達也は頼もしく思っていた。
だが、北条はバッティングはあまり得意ではない。
(……萌音、お願い……お父さんを守って)
妻は両手を握りしめて祈った。
そして、打席に立つ北条は萌音のことを思い出していた。
まだ萌音が生きていた頃、萌音にバッティングのことを色々と言われた。
『お父さん、昨日もヒット打てなかったね、ダメじゃない』
「はは……そうだな、面目ない」
北条は笑いながら頭をかいた。
『お父さんはボール球ばかり振るからダメなんだよ、ストライクの球だけ打てばいいのに』
萌音にそう言われて北条は苦笑いした。
ツーアウト二塁、デビットは際どいコースにスライダーを投じる。
「ボール!」
わずかに外れている。
次の球も「ボール」、北条は球をよく見ている。手を出さない。
バッティングカウント2-0からの三球目、スライダーが甘くストライクゾーンに入った。北条の脳裏に萌音の言葉が響く。
『ストライクの球だけ打てばいいのに』
「うりゃあ!」
北条はバットを強振すると、打球は三遊間を抜けた。
「ストップ、ストップ!」
三塁コーチャーが二塁から走ってきた浅野に三塁ストップをかける。打った北条は一塁ベース上で両手を突き上げた。
(萌音が打たせてくれたヒットだ……萌音、ありがとう)
ツーアウトながら、ランナーは一、三塁、一打同点の場面で、次は九番ピッチャーの打順。今川監督がベンチを飛び出して代打を告げた。
「九番ピッチャー前田に代わりまして、代打島、背番号5」
満を持して、代打の切り札、島の登場だ。登場曲「カトゥーン」の「リアルフェイス」が流れて、スタジアムのボルテージが上がる。
しかし、島が打席に立つと、キャッチャー矢部が審判に何か呟いた。それを聞いた審判は島に一塁に行くように告げた。「申告敬遠」だった。キングダムは島との勝負を避け、満塁策を取ったのだ。
次のバッターは一番に戻り、毛利……だが、ここで皆、あることに気付く。そう、先程の回で毛利は負傷退場していた。
騒めくレジスタンスドーム。キングダムベンチの鬼塚監督は不敵な笑みを浮かべた。
(レジスタンスにはもう代打はいない、代打の使い方を間違えたな、今川よ……)
だが、レジスタンスベンチの今川監督は動じない。
「ふふ……狙い通りだぜ」
「ええ、監督の言う通りでした」
岩田打撃コーチも笑顔を見せる。
「おい、出番だ!」
今川監督がベンチ裏に大声で叫ぶと、バットを持った黒田が現れた。