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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
190/207

第190話「フィールド・オブ・ドリームス」後編

 八回表のキングダムの攻撃。

 ノーアウト一、二塁、スコアは3対2とレジスタンスが一点リード。打席に立つのは、ネネに続く女子野球選手、伊達美波だ。


 カウント0-2から、前田は三球目を投じた。伊達は右足を上げ一本足になるとタイミングを取った。

 前田の指先から放たれたボールはアウトローへ飛んだ。伊達はバットを振りかけたが、ハーフスイング手前でバットを止めた。


「ボール!」

 前田が選択したのはパームボールではなく、アウトローへのストレートだったが、わずかにコースから外れてボールとなった。

 このコースなら手を出してもゴロ。あわよくば空振りという意図であったが、伊達はバットを途中で止めていた。

 藤堂が三塁塁審にスイングのアピールをするが、塁審は「セーフ」の判定、これでカウントは1-2となった。

 

「よく見極めたな、アイツ……」

 ブルペンでモニターを見ていたレジスタンスピッチャー陣は、一斉にため息を吐いた。

 手を出してもおかしくないコースであったし、またストライクと判定されてもおかしくなかったからだ。

「それでも前田に有利な状況は変わらない。アイツはまだパームを投げてないしな」

 朝倉はそう分析したが、逆にネネは不気味さを感じていた。

(今までの美波なら手を出して凡退していたコースだ。それなのにスイングを止めた。進化している……美波は物凄い勢いでプロの世界に順応して、進化している……)


 そんな外野の思惑の中、バッターボックスに立つ伊達自身も違和感を感じていた。

(さっきのストレート、今までなら絶対に手を出していたはずだ。それなのになぜか、あのコースは打てないと感じてバットが止まった……何だろう? この感覚は……?)

 全身の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。また同時に頭の中で、小さな女の子の泣いている声が聞こえてきた。


『えーん……えーん……』

(え? 何? この泣き声は何?)

 どこかで聞き覚えがある声だった。そして伊達はハッとした。

(こ、この声は……この泣いている女の子は……)

 遠い昔の記憶が甦える。

(わ、私だ……私の泣き声だ……)

 伊達の心は遠い昔に飛んだ。


「えーん……えーん……」

 太陽が照りつける四月の沖縄の那覇市内。石畳の路地裏をひとりの少女が泣きながら歩いていた。

 それは幼い頃の伊達美波だった。伊達は泣きながら商店街の外れの飲食店に着いた。すると裏でビールケースを運んでいた女性が伊達の姿を見て、慌てて駆け寄ってきた。


「み……美波! どうしたの!? その頭は!?」

 伊達は頭から墨汁をかけられ、鮮やかな金髪は真っ黒に染まっていた。小学校の入学祝いに、と内地のおばあちゃんが買ってくれたお気に入りの花柄のワンピースも真っ黒になっていた。


「えーん……みんながパイナップル頭とか不良とか言うの……」

 母は水で濡らしたタオルで髪を拭いた。伊達はその間もグスグスと泣きじゃくっていた。


 伊達美波は沖縄米軍基地に勤務するアメリカ人の父と市内で飲食店を営む母との間に生まれたハーフだ。

 父親の血が強いためか、色白で整った顔立ちに鮮やかな金髪。その日本人離れしたルックスは子供たちには奇異に写り、また性格も内向的であったため、いじめの対象になっていた。


「お母さん、何で私の髪はみんなと同じじゃないの……?」

 皆と違う外見がコンプレックスだった。伊達は人目を気にして家に閉じこもっていた。

 その頃、両親は離婚していたのだが、そんな娘を心配した母は米軍基地に勤務する父に相談し、父は娘を基地内の野球見学に招待した。


 基地の中で野球に興じる大人たちを見て伊達は驚いた。

 そこには伊達と同じ金色の髪の人や肌の色が違う人たちが皆、同じボールを楽しそうに追いかけていた。グラウンドでは皆、平等だった。

 伊達はその日から野球が大好きになり、皆に混ぜてもらい野球を始めた。


 もっと野球が上手になるように、と父は伊達に三メートルある竹竿を与えて、言った『この竹竿が振り切れるようになれば、どんな長いバットも自由自在に振れるようになる』と……。

 その日から竹竿を振ることが日課になった。ただその頃は遊びの延長だったため、右で振ったり左で振ったり、とスイングは安定していなかった。


 そんなある日のことだ。郊外で小学校低学年から入団できるというリトルリーグの噂を聞きつけた母が伊達を入団テストを受けるために連れていった。

 野球を始めても、伊達はまだ引っ込み思案で、同年代の友達がいなかったのが理由だった。


 入団対象になるのは七歳から九歳までの低学年。外野の奥がさとうきび畑というグラウンドに集まったのは、伊達以外は全員男子だった。

 入団テストはシンプルで、上級生が投げる球を打つこと。

 ただし結果は問わない。低学年が高学年の投げる球を打つことは難しいため、ある程度のスイングができれば合格、という基準が設けられていた。


「美波ー! がんばれ─!」

 母の声援を受けた伊達は恥ずかしそうにテストを受ける列に並んでいた。その時だった──。


「おい、不良女、何で女のお前が野球しにくるんだよ」

 いつも自分をいじめるガキ大将とその取り巻きの声がした。彼らも入団テストを受けに来ていたのだ。

「わ……私、野球が好きだから……」

 伊達はオドオドしながら、いじめっ子たちに口を開いた。

「はあ? 女のお前が野球だって?」

 いじめっ子たちが一斉に笑った。

「ふざけたこと言ってんなよ! 女に野球ができるわけないだろうが! とっとと帰れ!」

「そうだ、そうだ!」

 皆がはやしし立てて、ガキ大将らしき子供が伊達を小突いた。いつもなら泣き出していたところだ。しかし──。


「や……やだ……」

 伊達は口答えをした。

「何だと!?」

「わ、私、野球が好きだもん……」

 それは伊達にとって初めての反抗だった。

「生意気だな……お前……」

 ガキ大将が睨むと同時に、伊達の名前が呼ばれた。打席に立つ番が来たのだ。


「おい……ちょっと待てよ」

 打席に向かう伊達をガキ大将が呼び止めた。

「お前、どっちの打席で打つつもりだよ?」

「え……? み、右だけど……」

「お前、左で打てよ。左で打たなかったら、またいじめるからな」

 ガキ大将はそう言うと、ニヤニヤ笑った。


「さあ、始めようか。おっ、女の子か、大丈夫かな?」

 審判を務めるリトルリーグの監督が伊達を見てニッコリ笑った。伊達は悩んだ挙げ句、ガキ大将に言われた通り、左打席に立った。


 マウンドに立つのは上級生。三球投げて、その結果を見る入団テストだ。上級生は第一球を投げる。

 ブン……。

 伊達は左打席でスイングをするが空振り。

「何だ何だ! 全然当たらないじゃないか!」

 ガキ大将たちの笑い声が聞こえた。


 二球目が投げられるが再び空振り。また笑い声が聞こえた。

 左でスイングしたことはあるから振るのは難しくないが、どうにもタイミングが取れない。


 しかし、ガキ大将たちが笑う中、審判を務める監督だけは伊達のスイングを見て、目を見張っていた。

(な……何だ、この娘? スイングが速い……上級生にもいないぞ、こんな鋭いスイングをする子は……)


「三振! 三振! 不良娘、三振!」

 ガキ大将たちの囃し立てる声が聞こえ、伊達は悔しくて唇を噛み締めた。その時だ。いつか父が教えてくれたことを思い出した。

 世界で一番多くホームランを打ったのは日本の選手だと。そしてその選手は左バッターで一本足打法だったことを。

 なぜ足を上げているのかを聞いたら『足を上げてタイミングをとっているんだ』と教えてくれた。


「美波─! 頑張れ─!」

 いじめっ子たちの野次を切り裂き、母の声援が聞こえた。

 ピッチャーが振りかぶる。伊達は無意識のうちに右足を高く上げてタイミングを図ると、竹竿のスイングを頭に思い浮かべた。

 父から与えられた竹竿を振ってみて分かったのだが、竹は『しなる』から力任せに振ってもキレイに振り切れない。それなら、どうすればいいのか?

 伊達はその答えを見つけていた。

 それは腕力だけでなく『身体全体を使って、リズム良く振りきる』のだ。


 上級生が投げたボールが向かってくる。伊達は高く上げていた右足を地面に踏み込むと、竹竿のスイングと同じように、身体全体を使ってバットを思い切り振り抜いた。


 カキイン!

 バットがボールを捉えた。皆、驚きの顔で打球の行方を追った。

 伊達の打ったボールは高く青空に舞い上がると、遥か外野のさとうきび畑に飛び込んだ。超特大のホームランだった。


(う……嘘だろ……? 上級生でもあんなに遠く飛ばす者はいない。それなのにこの娘は……しかも小学校一年生の女の子だぞ……!)

 審判を務めている監督は呆然としながら、左打席に立つ伊達を見つめた。


「美波──! ナイスバッティング──!」

 母親の歓声に伊達はVサインで答えた。野次を飛ばしていたいじめっ子たちは、あまりの打球の飛距離に口をあんぐり開けて見ていた。

 伊達美波、七歳の夏の日の出来事だった──。


(あれは我ながらよく飛んだなあ……)

 レジスタンスドーム。あの時と同じ左打席に入る伊達は思わず笑みを浮かべた。


 あのホームランで運命が変わった。自分に自信が付いた。

 最年少でリトルリーグに入り、クリーンナップを任された。

 いじめっ子たちは大人しくなった。

 自信を得て性格も変わった。明るくなり、コンプレックスだった金髪は一躍、自慢のトレードマークになった。

 もう泣き虫だった自分はいなかった。

 大好きな野球はすべてを変えてくれた。


 スタンドからは、ピッチャーの前田を応援する声。完全アウェイだ。伊達は子供の頃を思い出す。

(あの時と同じだなあ……)

 自分への声援は母だけだった。しかし……。


「美波──! 頑張れ──!」

 ベンチから成瀬の声援が聞こえた。

「伊達! 伊達──!」

 それからレフトスタンド応援席からファンの声援も。


(私はひとりじゃない。私を信じてくれる人たちがいる。それから……)

 伊達は微かに笑みを浮かべた。

(……忘れてたよ。私、野球が大好きだって)

 伊達の身体からスッと力みが消えた。


 カウントは1-2。前田はサインに頷くと、四球目を投じた。

 ボールはど真ん中へ飛んできた。軌道はストレート。

 甘いストレートに伊達は右足を踏み込もうとするが、一瞬、躊躇した。

(……おかしい。ストレートにしては微妙にスピードが遅い……まさかこれは?)

 踏み込む右足をグッと我慢して、軸になる左足に力を入れ、タイミングを取り直す。


 伊達の推理は当たっていた。

 前田の投げたボールはストレートの軌道からブレーキがかかったかのように真下に落ちる『パームボール』だった。

 ど真ん中からボールがスッと落ちる。しかし、伊達は我慢に我慢を重ねた右足を思い切り踏み込むと、全体重を乗せた長尺バットをブン! とアッパー気味に思い切り振り抜いた。


 カキ──ン!

 ドームに快音が轟き、前田は思わず振り返った。

 ボールはセンター方向に、高く高く舞い上がっていた。


「伊達美波、打ったあ──! ボールはセンターへ! 大きい! 大きい──!」

 実況が絶叫し、レジスタンスドームにも悲鳴と歓声が混じり合った声が響き渡った。


 伊達はバットを放り投げた。センター毛利が足を止めた。

 やがて、舞い上がっていたボールはバックスクリーン横で跳ねた。

 それはレジスタンスを奈落の底に叩き落とす、逆転のスリーランホームランだった。


 リトルリーグの入団テストの時と同じだった。

 さとうきび畑まで打ち込んだ夢の一撃と同じ弾道に伊達は笑みを浮かべた。


 


 




第12回ネット小説大賞は二次選考で落選でした。残念……。

しかし、この作品も終わりが近づいているので、最後まで書きたいと思います!

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