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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
189/207

第189話「フィールド・オブ・ドリームス」前編

「藤本! 大丈夫か!?」

 鬼塚監督が叫びながら、救護班と一緒にキングダムベンチから飛び出し、三塁ベース上で倒れ込んでいる藤本の元へと走った。

 また、これから守備に就こうとしているレジスタンスナインも、しばし状況を見守った。


「い……痛い……あ、足が……」

 藤本は右足を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。どうやら、ダイビングキャッチした時と三塁に走り込んだ時に右足を痛めたみたいだった。

 タンカも用意されたが、タンカには乗らず、救護班が肩を貸して藤本はベンチに下がっていった。


 その頃、レジスタンスブルペンでは、八回の男、三好和博が登板の準備をしていた。

「三好、大丈夫か? いつも通り投げればいいからな!」

「は……はい! が……頑張ります!」

 杉山コーチが声を掛けるが、三好は緊張のあまり返事の声がうわずっている。


 杉山コーチの構想では、八回は三好、九回はエース朝倉で乗り切る予定。

 前田とネネはあくまで緊急事態。もしくは延長に突入したケースを想定してのバックアップだ。そのため、ネネと前田、朝倉は並んでブルペンで投球練習を行っていた。


「どうだよ、大谷、あの三人の出来は?」

 アイシングを終えた島津が大谷に話しかけた。

「……そうですね、一番球が走ってるのは前田さん、安定してるのは朝倉さんかな?」

 同じくアイシングを終えた大谷が答える。

「ネネはどうだ?」

「ちょっと球が走ってないかな……でも一番腕は振れてるね」

 そう言うと、ふたりともモニターを見た。八回表キングダムの攻撃が始まっていて、三好は先頭バッターの中西を歩かせていた。


 プルル……。ベンチからブルペンにいる杉山コーチに電話が入った。今川監督からだ。

「はい」

「杉山さん、今日の三好は危険だ。ストライクが入らない」

 杉山コーチはモニターを見た。次のバッター渡辺に対してもツーボールとボール先行となっていた。

「……分かりました。次のピッチャーを準備させます」

 杉山コーチは電話を切ると前田を呼んだ。


「うわ! ストレートのフォアボールかよ!」

 島津と大谷が頭を抱えた。三好はストライクが一球も入らず、二者連続でフォアボール。瞬く間にノーアウト一、二塁になった。

 堪らず今川監督からブルペンに電話が入る。電話に出た杉山コーチはひと言ふた言会話を交わすと受話器を置き、前田を呼んだ。


「前田、出番だ。行ってくれ」

 前田の顔が強張った。

「頼む、お前の力でこの悪い流れを止めてくれ」

 杉山コーチが前田の背中を叩くが、前田は顔面蒼白だ。


「大丈夫かよ、アイツ……?」

 島津が心配そうに前田を見る。

「うん……でも前田さんは今季のレジスタンスの勝ち頭だ。きっとやってくれるよ」

 大谷がそう答える。


 ライト側の壁が開くのは九回だけ。前田は登板に向けてブルペンからベンチへ向かうが足取りは重い。

 だがそれは至極当然の事だった。前田は元来気が小さい。それなのに優勝まであと二イング、しかもランナーを残しての緊急登板なのだ。緊張しない方がおかしい。


「前田さん!」

 そんな前田にネネが駆け寄り、声を掛けた。

「ね……ネネ……?」

 前田はすがるような目でネネを見た。

「杉山コーチから頼まれたの。前田さんを励ましてくれって」

 ネネは笑顔を見せた。


 春のキャンプの紅白戦の頃からネネは変わらない。いつも自分を励ましてくれる。前田は少し気が楽になり、微かに微笑んだ。

「でも私なんかがおこがましいよね。だって前田さん、今季レジスタンスで一番勝ってるピッチャーだもん」

 そう、今季前田は12勝、とレジスタンスで一番の勝利数を上げている。

「そ、そんなことないよ……」

「ううん、前田さんの実力だよ」

 ネネは満面の笑みを見せる。そんなネネに前田は左手を差し出した。

「どうしたの?」

 その手はブルブルと震えていた。

「ふ……震えが止まらないんだ……僕は……僕は自分が情けないよ……」

 今にも泣き出しそうな前田を見て、ネネは前田の震える手を両手で包むように握った。

「そんなこと言わないで! 前田さんは開幕からずっと先発ローテーションを守ってきたじゃない! 今年のレジスタンスの躍進は前田さんのおかげだよ! 前田さんなら大丈夫だよ!」

 そう言うと、にっこり笑った。

「ネネ……」

 

 ネネはいつでも明るくて真っ直ぐだ。ネネの手に包まれて前田は震えが止まるのが分かった。

「ありがとう、ネネ……」

 そして前田は右手を出してネネの手に重ねた。

「ネネ……僕は……」

「ん? 何?」

 ネネは笑顔を浮かべながら首を傾げた。だが、前田は言いかけた言葉を止めると、そっとネネから手を離した。

「いや、何でもないよ……もう大丈夫、ありがとう」

 そう言うとネネに背を向けた。

「ガンバレ! 前田さん!」

 ネネの声を背に受けて前田はベンチに向かって歩き出した。


(ネネ……僕はずっと逃げてきた。そんな僕に真っ直ぐに向き合ってくれたのは君だけだった……ネネ、ありがとう。僕は紅白戦の時から、ずっとずっと君のことが……)

 前田は秘めた想いを口にしようとしたが、ブンブンと頭を振り、歩き出した。

(必ず抑えてみせるよ。そして一緒に優勝を分かち合おう。そう……チームメイトとして……)

 前田にもう畏れはなかった。


「おお! 来たか前田! 頼むぞ!」

 ベンチに入ると、かつては自分を虐めていた黒田が声援を送ってきた。

「前田! お前のコントロールなら、まず長打はない! 自信を持て!」

 北条からもエールがかかる。

「前田!」

「前田さん! 頼んだよ!」

 レジスタンスナインが皆、応援してくれる。前田は胸が熱くなった。野球を初めてから、今までこんなに皆から頼られたことはあっただろうか……と。


 今川監督がベンチから出て、ピッチャー交代を告げるのが見えた。アナウンスが響く。

「レジスタンス、ピッチャー交代のお知らせです。三好に代わりまして、前田、背番号47」


「前田さん、頑張って!」

 広報の由紀も笑顔で送り出す。ベンチに戻ってきた今川監督が前田の肩に手を置く。

「任せたぞ、前田」

「はい!」

 前田はゆっくりとマウンドへ向かっていった。


 そしてキングダムベンチ。ノーアウト一、二塁と同点……そして逆転への絶好のチャンスだが、五番に座る藤本は負傷退場している。

(誰が藤本の代わりだ……?)

 代打陣がバットを握りしめる中、鬼塚監督がベンチを出て代打を告げた。アナウンスが流れる。


「代打のお知らせです。キングダム藤本に代わりまして……」

 ベンチに緊張が走る。


「……伊達美波、背番号24」


「うおおおお──!」

 直後、レフトスタンドから大歓声が響く。

「伊達! 伊達!」

 次いで「伊達」コールが巻き起こる。


「美波! 頑張って!」

 成瀬がベンチから声援を送ると、伊達は「うん、任せて!」と成瀬にウインクをして、トレードマークの長尺バットを持ち、バッターボックスへと向かった。


(ここで、ネネと同じ女子野球選手の伊達美波……)

 マウンドに立つ前田はロージンを手に馴染ませながら、打席に向かう伊達を見た。

 金髪を後ろで束ね、自分の身長の半分以上もあるバットを持った伊達はバッターボックスの一番後ろに立ち、足元をスパイクで慣らしていた。


 何気に前田は伊達美波と初対決、キャッチャー藤堂がサインを出すが、珍しく前田が首を振る。

 ノーアウトでランナーは一、二塁。

 セットポジションからランナーを牽制すると、前田は長い腕をムチのように振り、第一球を投じた。


「ストライク!」

 外角低め、コーナーギリギリにに145キロのストレートが決まった。『精密機械』の異名を取り、コントロール抜群の前田ならではの一球だ。


 初球ストライクを取られ、バッターボックスの伊達は大きく息を吐き出すと、再び長尺バットを構え直した。


 二球目は外角から内角に沈むスライダー。伊達はバットを振り切るが、ボールは一塁ファールゾーンに飛んだ。


 二球で伊達美波を追い込んだ。前田と藤堂はサインを交換して、意思の疎通を図る。


「流石、前田さんだ。伊達美波を二球で追い詰めた」

「ああ、後は三球勝負か、一球外すかだな……」

 ブルペンではふたりの戦いをモニターを通じて、朝倉、島津、大谷、そしてネネが見ていた。

「伊達美波のウイークポイントは変化球だ。アイツが今まで打ったホームランはすべてストレート。変化球はせいぜいヒットどまりだ」

 朝倉がそう分析する。ネネと大谷もホームランを打たれているが、それはストレート。これだけストレートに特化したバッターも珍しい。

「……となると、決め球はアレだな」

 島津が言う「アレ」とは前田のウイニングショット、ストレートの軌道からスッと落ちる「パームボール」のことだ。


 カウントは0-2、ツーストライクと追い込んだ前田はセットポジションから長い右腕がしならせた。

 と同時に伊達は右足を上げて一本足に構えた。





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