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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
188/207

第188話「決戦の10.7」⑩

 五回裏、レジスタンスは毛利と蜂須賀の意表を突いた走塁で逆転に成功。

 またツーアウトながら、ランナーを二塁に置き、四番の織田勇次郎に打順が回ってきた。


 ここでキングダムベンチから鬼塚監督が現れてピッチャーの交代を告げた。

 先発牧野に代わる二番手ピッチャーは、MAX159キロの剛腕、兼子だった。


「いけ──! 織田──! トドメを刺せ──!」

 声援を受けてバットを構える勇次郎。対するは兼子はセットポジションから第一球を投じた。

 初球はスプリットだったが、コントロールが乱れた。ベース手前でワンバウンドしてキャッチャーが後逸した。ワイルドピッチだ。二塁ランナーの明智はすかさず三塁に走り、ツーアウト三塁と場面は変わる。


「これは……チャンスだな」

 レジスタンスベンチで岩田打撃コーチが呟く。

「ワイルドピッチが怖くて、ピッチャーはコントロールを重視したストレートを投げてくるはずだ」

 今川監督はその言葉に頷くと、勇次郎に「ストレートを狙え」というサインを送った。


 バッターボックスに立つ勇次郎はサインを確認するとバットを構えた。

 セットポジションから兼子が155キロのストレートを投じる。狙い通りのストレートが来た勇次郎はバットを振り抜いた。


 カキン!

 甘く入ったど真ん中のストレートを捉えた。打球は高くセンターに舞い上がり、スタンドからは大歓声が上がった。


 ……しかし、勇次郎は悔しそうな顔でバットを叩きつけた。打球は勢いを失くし、失速していた。センター中西がフェンス手前でボールをキャッチして、スリーアウトのチェンジ。レジスタンスドームはため息に包まれた。


 センターフライを見届けた勇次郎は珍しく感情を露わにしながらベンチに戻ると、ヘルメットを放り投げた。

 そんな勇次郎を見て、黒田が声を掛けた。

「勇次郎、気にすんな! 次、打てばいい!」

 黒田の言葉に無言で頷いた勇次郎は守備に就くためグラブを取った。


 一方、ブルペンではネネと前田がモニターを見つめていた。

「今のは甘いど真ん中だったけど、織田くんらしくないね……打ち損じたみたいだ」

「う、うん……」

 前田の解説にネネもそう思った。今日の勇次郎はおかしい。どうもリズムが悪く、闘志が空回りしているみたいに見えた。

 そんなふたりの後ろで、杉山コーチの声が響いた。


「四番からの打順だが、頼むぞ、荒木!」

 見ると、下剋上グループのひとりである荒木が六回のマウンドに向かおうとしていた。

 荒木は今季中継ぎでブレイクし、チーム最多の登板数を投げている鉄腕だ。


「荒木さん、頑張って!」

 ネネが大声で声援を送ると、荒木は「おう!」と返事をした。

 現在、ブルペンでは、凖エースの松永と八回の男、三好が肩を作っている。

 その光景を見て前田は推測した。

(恐らく、七回は松永さんが投げるであろう。そして八回は三好さん、九回は朝倉さん……)

 現在一点リード、このままいけば自分の出番はないはずだ。投げて優勝に貢献したい気持ちもあれば、投げずにやり過ごしたい気持ちもある。相反する思いを抱えた前田は複雑な表情を浮かべていた。


 六回の表から登板した荒木は期待に応えるピッチングを披露。四番渡辺にヒットを打たれるものの後続を断ち無失点に抑えた。

 そして、六回の裏は兼子がそのまま続投して、こちらも無失点に抑えた。

 スコアは3対2、レジスタンス一点リードのまま、ゲームは終盤の七回に突入した。


 七回表のキングダムの攻撃。レジスタンスは凖エースの松永をマウンドに送った。松永は今季は肘の故障もあり、七勝に終わったが、この日は気迫のピッチングでキングダム打線を無失点に抑えた。


 あと二回……このまま逃げ切れば、レジスタンスの19年ぶりの優勝……。

 スタンドのファンたちから騒めきが起こる。七回裏レジスタンス、ラッキーセブンの攻撃前には観客たちを煽るため、チアリーダー、球団マスコットのレジーくん、コゼットちゃんのダンスが行われるが、皆、うわの空だった。


 一方、キングダムベンチ裏では、伊達が一心不乱にバットを振り続けていた。

 ブン、ブン……。トレードマークの長尺バットをいとも簡単に振り切っている。

「すげえな伊達、よく振れるな、そんな長いバットを……」

 チームメイトの松村が話しかけてくる。

「何かコツでもあるのか?」

 伊達はバットを置くと「子供の頃から三メートル近い竹竿を振ってたの。そのスイングを応用してるだけよ」と、涼しげな顔で言った。


(子供の頃か……でもいつからだろう? 竹竿を振るようになったのは……)

 伊達は自身の幼い頃を回想した。アメリカ人の父親から長い竹竿を与えられた。野球は父から教えてもらった。

 伊達は再び長尺バットを手に取ると、ブン! と振り抜いた。

(来る……私の出番は必ず来る……)

 伊達は素振りを繰り返した。


「ワアアアア!」

 すると、突然グラウンドから歓声が聞こえてきた。

「な、何!?」

 そのあまりの大歓声に伊達たちは思わずベンチへと走った。


「わ……ワンアウト満塁! レジスタンス、追加点のチャンスです!」

 実況席が騒ぐ。

 ベンチに戻った伊達は目を疑った。塁がすべて埋まっているのだ。塁上には、毛利、蜂須賀、明智がいる。


「せ……聖子、何があったの!?」

 伊達が成瀬に尋ねると「この回から登板した中野さんが突如崩れたの……ワンアウトを取った後、ヒットを打たれて、後はストライクが入らず満塁に……」と答えた。

「ワンアウト満塁……ここで追加点を取られたらまずいわ……」

 成瀬は青白い顔をしている。


 このピンチに鬼塚監督はベンチを飛び出し、ピッチャー交代を告げた。

「ピッチャー中野に代わりまして、井上、背番号21」

 絶対絶命のピンチに今季10勝を挙げているサウスポー井上をマウンドに送った。しかし、迎えるバッターは……。


「大阪レジスタンス、四番サード織田勇次郎、背番号31」

「ワアアアア!」

 ドームを揺るがす大歓声、ここで勇次郎に打席が回ってきたのだ。


「よっしゃあ! 今度こそ頼むで──! 織田──!」

 スタンドからは大歓声。今日は二打数ノーヒットだが、ここ一番の勝負強さはグンを抜いている。キングダムはタイムをかけて内野陣全員がマウンドに集まった。


「井上ぇ、もう一点もやれん状況や。頼むで、あのクソガキ、いてもうたれや」

 ファーストの渡辺が喝を入れる。

「うん、頼んだよ」

 井上と同期入団、怪我から復帰したサード藤本が笑顔を見せる。

「織田勇次郎対策は練ってある。プラン通りいくぞ」

 キャッチャー矢部の声かけに、井上はコクリと頷いた。


 全員がポジションに戻り、試合が再開される。七回裏ワンアウト満塁。スコアは3対2とレジスタンス一点リードで追加点のチャンス。

 勇次郎はいつものようにゆったりとバットを構え、対する井上はセットポジションから外角へ得意球のスライダーを投じた。

 少し緊張したのか、低めのスライダーはコースを外れてワンバウンドした。キャッチャー矢部は身体を張ってボールを止める。走る素振りをする各ランナーを勇次郎が手を上げて制する。


 カウントは1-0、二球目井上は150キロのストレートを投じた。しかし、高めに外れて再びボールとなる。

 2-0とピッチャー不利なカウントになり、ドームのボルテージは上がり、勇次郎に大声援が飛んだ。


 三球目、今度は内角高目にストレート。胸元を突くコースだが、勇次郎はフルスイング。打ったボールは三塁側のファールスタンドに飛び込んだ。


 カウントは2-1となるが、バッター有利のカウントは続く。矢部はミットをど真ん中に構える。井上は左プレートを踏むと四球目を投じた。

 ボールはど真ん中に飛んでくる。勇次郎は力強く踏みスイングを始動すると、ボールは鋭く内角に沈んだ。

 左ピッチャー特有の沈むスライダーだ。だが、そのスライダーを勇次郎は叩いた。


 キイン!

 鋭い快音を残し、勇次郎のバットは井上のスライダーを捉えた。ボールは三塁線に鋭く飛んだ。誰もがタイムリーヒットを疑わなかった。しかし……。


 そこには、あらかじめ三塁線側に守備位置を取っていた藤本がいた。藤本は横っ飛びで勇次郎の打球をダイビングキャッチした。


「うわ──っ!」

 ドームに悲鳴が轟く、サードライナーでワンアウト。しかし、ヒットを確信していた三塁ランナー毛利はベースから飛び出していた。

 慌てて三塁に戻る毛利、そして、同じく三塁ベースに藤本は走った。

 藤本と毛利の競争、三塁ベース上でふたりが交錯した。

 先にベースに触れたのはどっちだ? 皆が固唾を呑んで結果を見つめる。


「アウトォ!」

 無情にも三塁審判がアウトのコール。毛利はベースを両手で叩き悔しさを露わにする。勇次郎もまさかのゲッツーに呆然とした。

「や……やったあ──! 流石、藤本さん!」

 ベンチで伊達が両手を挙げて喜んだ。

 ワンアウト満塁が一瞬にしてゲッツーになりチェンジ。レジスタンス七回裏の攻撃は無得点に終わった。


(あんなライン側の鋭い打球、自分ならきっと捕れなかっただろう)

 と伊達は心からサードが藤本を褒め称えた。またライトのキングダム応援団からも藤本コールが飛んだ。

 しかし、次の瞬間、キングダムナインは皆、言葉を失った。


 三塁ベース上で藤本が座り込んでいたのだ。藤本は足を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。


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