表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
187/207

第187話「決戦の10.7」⑨

「よっしゃ! よくやった、大谷!」

 怪童中西を抑えた大谷を今川監督がベンチ前で迎えた。

「大谷、一昨日投げているのにご苦労だった」

 杉山コーチも大谷を労う。五回裏は大谷まで打順が回り、代打が送られるため、この回で大谷はお役御免となった。


(島津、大谷が投げた。そして残る回はあと四回か……)

 杉山コーチはベンチ裏に下がる大谷を見ながら、現在ブルペンで待機しているピッチャーを頭の中に並べて次に投げる順番を熟考しだした。


「凄いね、大谷くん!」

「うん、あの中西さんを三球三振なんて、すごいよ!」

 モニターの前ではしゃぐネネと前田、そんなふたりにアイシングを終えた島津が話しかけた。

「おいおい、何、他人事みたいに言ってんだよ。次はお前らの番だろ」

 その言葉を聞いたふたりに緊張が走った。

 実はこの試合、クローザーはエースの朝倉に決まっていた。怪我明けのため1イニングの予定だが、朝倉が最後を締めることは杉山コーチから伝えられていた。

 となると、最終回を除くと、6、7、8回をネネと前田、どちらかが投げる可能性がある。

「うん! 頑張るよ、私!」

 しかし、張り切るネネとは対照的に前田は「う……うん……」と、青い顔をしていた。


 そして、五回裏レジスタンスの攻撃が始まる。八番からの打順だったが、藤堂、九番大谷の代打が倒れてツーアウト。打順は一番バッターの毛利に回った。


 毛利は牧野のスライダーを叩くが、打球は当たり損ないで、三遊間に力なく転がった。ショートの牧村が猛ダッシュでボールを押さえるが、俊足の毛利はそれより早く一塁ベースを駆け抜けた。

「セーフ!」

 ツーアウトながら、毛利が塁に出た。次のバッターは二番蜂須賀だ。


 一塁ランナーの毛利は大きくリードを取り、ピッチャーにプレッシャーを与える。今季の毛利の盗塁は圧巻の45、二位とは10も差を付けていて、初の盗塁王を手中に収めている。

 ピッチャーの牧野はしつように牽制を繰り返し、その度に毛利は頭から一塁に戻る。


 牽制を繰り返し、牧野のリズムは乱れた。更に蜂須賀は甘い球はすべてカットして粘る。カウントは3-2のフルカウント。これぞ二番バッター蜂須賀の真骨頂だ。


「いいぞ──! 蜂須賀──!」

 粘る蜂須賀にスタンドから声援が飛ぶ。

 紅白戦で二軍に敗れた時から蜂須賀は変わった。練習量は増え、スマートな打撃を捨て、相手が嫌がることをするバッターに生まれ変わった。もうセンスだけで野球をやっていた蜂須賀ではない。野球評論家からすると、今、レジスタンスで一番嫌なバッターは蜂須賀というくらいだ。


 蜂須賀は粘り、毛利はリードを広く取る。そして、牧野が蜂須賀に投じた12球目……ボールは大きく外れた。

「フォアボール!」

 蜂須賀はレガースを外し、ゆっくりと一塁に向かう。俊足のふたりが塁に出た。ツーアウトだが、ランナー一、二塁のチャンスだ。


「今ので何球だ?」

 キングダムベンチの鬼塚監督がスコアラーに牧野の球数を尋ねた。

「はい……95球目です」

「もうすぐ100球か……」

 鬼塚監督はブルペンに電話を掛けた。


「レジスタンス、三番ショート、明智、背番号6」

 ドームにアナウンスが響き渡る。

「よっしゃあ──! いったれ明智──!」

「キャ──! 明智さ──ん!」

 スタンドには「ナニワのプリンス」と書かれたタオルを掲げるファン。ドームに響き渡る黄色い大歓声。

 登場曲「ボウイ」の「ドリーミン」をバックに明智が打席に向かった。


 明智は右バッターボックスでバットを構えると、左足で独特のタイミングを取った。サイン交換を終えた牧野がセットポジションから第一球を投じる。その時だった──。


 何と一塁ランナー蜂須賀と二塁ランナー毛利が同時に走った。ダブルスチールだ。

 虚を突かれたバッテリー。キャッチャーの矢部は素早く三塁にボールを送るが、サード藤本のタッチを掻い潜り、毛利はベースに滑り込む。

「セーフ!」

 ダブルスチール成功、ツーアウト二、三塁と場面は変わる。


「よ──し! よしよし!」

 レジスタンスベンチでは今川監督が手を叩き、対照的にキングダム鬼塚監督は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 同点、更に逆転のランナーがスコアリングポジションに進み、バッターボックスの明智は大きく息を吐き出すと、ゆっくりバットを構えた。明智の脳裏には過去の出来事が甦った。


 明智は幼い頃から野球エリートだった。

 その類まれなる才能に目をつけられて、強豪大阪樟蔭高校に特待生で進み、一年生からクリーンナップを任された。

 ヒットも打つし、ホームランも打つ。サヨナラヒットも経験した。だがなぜか優勝には縁がなかった。明智が在学中、樟蔭高校は一度も甲子園で優勝ができなかった。


 明智は密かに悩んでいた。誰も言わなかったが、ここ一番の試合でバットが沈黙していたことを。

 また分かっていた。自分がここ一番に弱いのだと……。しかし……。

(俺はもう今までの俺じゃないぞ)

 明智はピッチャーを睨みつけた。

 キャンプでネネから三振を奪われたときから、愚直にバットを振り続けた。今季は打率.325 リーグ3位、打点105 ホームランは35本、全てキャリアハイ。特に打率以外はチームトップの数字を叩き出している。


 積み上げた数字は嘘を吐かない。そして何より自分の軽率な行動でネネを苦しめ、チームを崩壊寸前まで追い込んだ。だからこそ……。

(この借りはバットで返さないといけない。ここで打たないと男じゃねえ!)

 明智は密かに闘志を燃やした。


 ランナーは二、三塁。セットポジションから牧野が初球を投じる。明智は大きく踏み込んだ。


 カキン!

 外角にやや甘く入ったスライダーを叩いた。打球はピッチャー返しになり、投げ終えた後の牧野の右側を抜けていく。


「よっしゃあ!」

 打った明智は右手を高々と上げて一塁に走る。

 三塁ランナーは俊足の毛利。これで2対2の同点……誰しもそう思っていたが、三塁上の毛利の動きを見て、観客たちは皆、度肝を抜かれた。


 毛利は走っていなかった。

 そして、二塁ランナーの蜂須賀が三塁に到達するかいなかを確認してから、ようやくホームに走り出した。

 センター前に飛んだボールをセンター中西が抑えると、猛然とホームへ返球した。ボールは一気にキャッチャーへ。

 一方、毛利、蜂須賀はその間の間隔がないまま、ふたり一気にホームへ走った。


 中西からのバックホームを受けたキャッチャー矢部はランナーを見た。毛利のスタートが遅れた分ベース上はクロスプレーになる。

 毛利にタッチを試みるが、加速した毛利はそのタッチを掻い潜り、頭から滑り込むと、ホームベースに素早くタッチをした。


「セ──フ!」

 審判の声が響く。

(しまった……)

 キャッチャー矢部が舌打ちした瞬間、ベンチから鬼塚監督の声が響いた。

「まだ、いるぞ!」

(えっ……!?)

 その瞬間、毛利の後ろを追走していた蜂須賀が低い姿勢になっている矢部を飛び越した。そして、そのままホームベースにタッチをした。

「せ……セーフ!」

 蜂須賀も一気に生還。レジスタンスがこの回、二点を追加して逆転に成功した。


「な……何だ、今の走りと動きは……?」

 逆転を許し、呆然としている矢部を尻目に、ホームインした毛利と蜂須賀はハイタッチを交わした。


「大成功だよ! 蜂須賀くん!」

「ああ! 練習した甲斐があったな!」

 俊足を生かしたふたり同時のホームイン。このトリックランを成功させるため、毛利はワザとスタートを遅らせたのだった。


「よ──し、よしよし! よくやった!」

 ベンチ前では今川監督が笑顔でふたりを出迎えた。


 ふたりがホームインしている間に明智は抜け目なく二塁を陥れていて、塁上で蜂須賀を見ると目を細めた。

(へへ……俺のタイムリーが霞んじまったが、やっぱりお前の足はサイコーだぜ)

 明智はベンチに右手を突き出した。


 五回裏、遂にレジスタンスは3対2と逆転に成功した。

 尚もランナーは二塁。ここで打順が回ってきたのは、ゴールデンルーキー、四番織田勇次郎だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ