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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
185/207

第185話「決戦の10.7」⑦

 二回裏レジスタンスの攻撃。五番斎藤のソロホームランが飛び出し、1対1の同点に追いついた。


「やった! やったあ──!」

 沖田夫妻も斎藤の名前が入ったタオルを掲げて大喜びだ。

「ナイス、ホームランです、斎藤さん!」

 ホームベースを踏む斎藤を六番バッターの浅野が笑顔で出迎える。

「よっしゃあ! よく打った、斎藤!」

 ベンチでは今川監督が笑顔で出迎える。すると、普段クールな斎藤にしては珍しくハイタッチで応えた。


 好調の牧野の勢いを止める一発。これを機に一気に畳み掛けたかったが、流石はキングダムだ。鬼塚監督はすぐさま投手コーチをマウンドに送り、牧野を落ち着かせると、牧野もその期待に応え、後続を無失点に抑えた。


 そして、三回は両チームとも無得点。

 打順も一順し、試合は四回に入ると、島津は予定通りベンチに下がった。

 オープナーとして三回を投げ、自責点は1、と無事先発の期待に応えた。


「よく投げたぞ、島津!」

 ベンチの選手たちに見送られ、島津はベンチ裏に下がった。

「お疲れ様、栄作!」

「島津くん、ナイスピッチング!」

 ブルペンではネネと前田が出迎えた。

「おう、一点取られちまったけどな!」

 島津はワハハと笑う。

「それで……俺の後は誰がいくんだ?」

 島津が尋ねると、背番号16の男が帽子を被り直し、ブルペンのマウンドから降りてきた。

 二番手は今季サイドスローで復活した大谷だ。大谷は五月途中から先発ローテーションに入り、今季は10勝を上げている。


「大谷くん、頑張ってね!」

 前田が声を掛ける。

「頼むぜ、大谷、しっかり投げろよ」

 島津も笑いながら声を掛ける。

「うん……」

 大谷は笑顔を見せるが、強張った顔をしている。緊張しているのだ。

 無理もない、何しろ大谷は昨年までは一軍で一回も投げておらず、先発ローテに定着したのは今年から。しかもまだ二十歳、二年目の若手なのだ。それが、この優勝が懸かった世紀の一戦で登板……緊張しない方がおかしい。


 大谷は深呼吸をすると、今に至るまでの日々を回想した。

 五月の終わりにサイドスローに転向して、初めての先発で九回を完投して自信が付いた。

 今やセリーグ屈指のサイドスロー投手にまで成長したが、元はストレートが武器の本格派ピッチャーだった。そんな自分がプライドを捨ててまで、サイドスローに転向したのは……。


 大谷の脳裏にネネが浮かんだ。サイドスローに転向したのはネネが原因だった。

 キャンプで行われた一軍対二軍の試合。先発したが、制球が定まらず任された回を投げきることができなかった。

 だが、ネネは強力一軍打線を0点に抑えた。しかも、ストレートとドロップだけで……。

 屈辱だった。育成入団のネネが好投しているのに、ドラフト一位の自分は満足に投げることができなかった。

 その後も二軍から上がった下剋上メンバー、前田や荒木が活躍するのを横目にKOされる日々が続き、二軍生活が続いた。


 そんな中、杉山コーチからサイドスロー転向を薦められた。今までの自分なら断っていただろう。だが大谷はその提案を受け入れた。

 それもネネが原因だった。大谷は少なからずも本格的な速球派のプライドがあった。ストレートで勝負できると思っていた。しかし、ネネを見て、そのプライドは打ち砕かれた。本当の本格的な速球派のピッチャーはネネの方だった。自分のストレートとは次元が違った。

 全てを受け入れて大谷はピッチングフォームを変えた。そして、その結果、サイドスローのピッチャーとしてブレイクを果たした。

 ネネがいなかったら、自分はこのまま中途半端なピッチャーとしてくすぶり、プロの世界で生きていけなかっただろう。


(ネネのおかげだ。ネネが俺を下剋上メンバーとして一軍に導き、新しい自分を見つけてくれた。だから一緒に優勝したい。一軍に残った下剋上メンバーみんなで、優勝の喜びを分かち合いたい)

「大谷さん、ガンバレ─!」

 ネネが笑顔で大谷に声をかけた。大谷はネネに「おう!」と右手を上げて応えると、ブルペンを出ていった。


 スコアは1対1、四回表のキングダムの攻撃は二番の東から始まる。

 この回からマウンドに立った大谷は深呼吸を繰り返し、丁寧にコーナーを突いていくピッチングを見せる。

 ガキン!

 東はカウント2-2からのカーブを引っ掛けてセカンドゴロに倒れた。


 まずは先頭バッターを打ち取り、大谷は帽子を取って汗を拭った。

(これが優勝が懸かった試合の雰囲気か……足がフワフワする。スピードを出そうとすると制球が乱れる……)

 大谷は元々コントロールが悪く、四球からピッチングのリズムを崩すことが何度かあった。そのため今日のゲームはコントロール重視のピッチングにしようと腹を決めていた。


「三番、センター中西、背番号10」

「ワアアアア!」

 レフトスタンドからのキングダムファンの大歓声を浴び、日本野球界最強の呼び声が高い怪童中西がバッターボックスに入った。

 中西は左バッターボックスに入ると、両肩を揺らし、両足をその場で足踏みし、身体を上下に揺らした。いつものルーティーンだ。


 中西は高校時代から名を轟かし、五球団競合の末、キングダムに入団。

 三年目からレギュラーに定着すると、この年、三十本のホームランを放ち、それから六年連続四十本のホームランを打っている。ホームラン王五回、打点王は三回、首位打者を一回記録。

 また今期は打率.325、ホームラン49本、打点は125、とキャリアハイの数字を残している。

 そして、来季は海外FA権を行使して、海を渡りメジャーに挑戦することが決定している。中西にとって、今季はキングダムでプレーできるラストシーズンなのだ。


 大谷は藤堂のサインを確認すると第一球を投じた。外角低めに141キロのストレート。コーナーギリギリに決まり、ワンストライク。中西はその球を悠然と見送った。


 二球目は内角へカーブだが、これは外れてボール。

 三球目も外れてボール。四球目は高めのカーブを打って、三塁側に飛び込むファール。これでカウントは2-2だ。


 追い込んだ大谷は藤堂と意思を合わせる。まだこの打席では一度も投げていない、伝家の宝刀『魔球シンカー』を投げる準備は整った。


 その頃、ベンチ裏で素振りを繰り返していた伊達は、しばし手を止めてモニターを見つめた。

 伊達はキングダムドームで大谷からホームランを放っているが、それはカウントを取りにきたストレートを狙い打ちしたボールだった。

(あの時はストレートを狙い撃ちしたが、変化球で攻められたら、私は対応できただろうか?)

 伊達はもし自分が打席に立っていたらを考えてシュミレートした。

(恐らく、次はウイニングショットのシンカーだろう。果たして、中西さんはその球を待っているのか? それともシンカーは捨てて他の球を待っているのか?)

 伊達はモニターの中の中西VS大谷を凝視した。


 長いサイン交換が終わると、大谷はボールを中指と薬指の間で挟んだ。

(いくぞ……勝負だ!)

 大きなモーションから大谷は伝家の宝刀『シンカー』を投じた。

 長いシーズン、何度もピンチを救ってくれた唯一無二のウイニングショット。シンカーは唸りを上げ、外角へ飛んでいく。


(大谷のシンカーはここから一旦浮き上がり沈む!)

 藤堂がボールをキャッチしようとした時だ。中西のバットが火を吹いた。


 カキ──ン!

 中西は大谷のシンカーの軌道を読み切っていた。ジャストミートしたボールは快音を残して右中間に舞い上がった。


(ま、まさか!?)

 大谷はライトを振り返る。


「う……打った──! 中西、大谷のシンカーを捉えた──!」

 実況が叫び、スタンドに陣取るレジスタンスファンの悲鳴が轟いた。


 ボールはレジスタンスドームの最深部、左中間スタンドに突き刺さった。

 中西の50号ソロホームラン。キングダムが勝ち越して、スコアは2対1になった。




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