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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
184/207

第184話「決戦の10.7」⑥

(勇次郎のことをどう思ってるって?)

 由紀の問いかけにネネが戸惑っていると、モニターに映る勇次郎が牧野のスライダーの前に三振に倒れるのが見えた。

 牧野はこれで初回から圧巻の四者連続三振。勇次郎が肩を落とし、ベンチに戻るのが見えた。


 ネネはモニターに映る勇次郎の後ろ姿を見つめた。

(勇次郎とは敵として二回対決した。勇次郎は私を女でなく、いち野球人として認めてくれた。プロになり、勇次郎の練習量と野球に対するストイックさを知った。ここ一番では必ず打ってくれた。普段は無愛想で感じが悪い……でも、たまに見せる笑顔は子供のように無邪気に輝いていた)


「ネネ!」

 その時、杉山コーチからの呼びかけでハッと我に返った。

「そろそろブルペンで肩を作れ! 島津は三回までだ。そこからは全員で回すぞ!」

「は、はい!」

 ネネはブルペンに走った。

(止めよう……今は勇次郎のことを考えるのは止めよう。今はこの試合に集中しよう)


「う──ん、織田勇次郎は三振……四番対決はナベさんに軍配が上がったわけか──」

 勇次郎の三振を見た伊達は腕組みしながら頷いていた。

「美波も渡辺さんを見習わないとね」

 成瀬が隣に座り話しかける。

「ははっ、それもいいけど、それにはまず試合に出なきゃ始まらないよ」

 伊達が大声でそう言うと、戦況を見つめていた鬼塚監督が険しい顔をして、伊達の元に歩み寄ってきた。


「ちょ……美波……」

 成瀬は動揺したが、逆に伊達は堂々とベンチに座っている。

「……本当に生意気な女だな。そんなにスタメンを外れたのが不満か?」

「はい、不満です」

 伊達は鬼塚監督から目を逸らさずにそう言い切った。

「伊達……前も言ったよな。スタメンを決めるのは私だ。私が決めたスタメンが気にいらないというなら、それは監督批判と同じことだと」

「私も前に言いましたよね。ダメならいつでもクビにしてくださいって。私、出れば打てる自信はありますから」

 伊達は鬼塚監督を睨み返し、そう言い放った。


 伊達の不遜な態度に成瀬がどうしようとオロオロしていると、鬼塚監督の口元に微かな笑みが浮かんだ。

「……だったら、お前のやることはひとつだな」

「へ?」

 鬼塚監督は指でベンチ裏を指した。

「素振りだよ、素振り! 裏で皆、バットを振っている! お前もさっさと行って、身体を暖めてこい!」

「ら……ラジャー!」

 伊達は敬礼をして立ち上がると、長尺バットを持ってベンチ裏に下がった。


「か、監督……すいません……自己主張が強くて……」

 成瀬は平身低頭謝るが、逆に鬼塚監督は「立派じゃないか」と言った。

「え?」

「監督に『クビにしろ』とまで啖呵を切って試合に出たいと主張する……今時いないぞ、そんな骨のある選手は」

「で、でも……」

「なあ、成瀬さん」

 鬼塚監督は帽子のズレを直した。

「フロントは……伊達を今シーズン限りで解雇するかもしれないんだよな?」

 成瀬は心臓が止まるくらい驚いた。何で鬼塚監督がそのことを知ってるのか? と。


「フロントから伊達に関する調査が入った」

「ええ!?」

「実働二ヶ月でホームラン10本は大したもんだ。それも女性で……」

 成瀬は黙って聞いている。

「だが、フロントは来季バリバリのメジャーリーガーをリストアップしている。そうなれば伊達のポジションはないだろう。しかも、アイツは前の試合で変化球に弱いことを露呈した。益々アイツの立場は危うい」

「そ、そうです……」

「だから、チャンスを与える」

 鬼塚監督はグラウンドを見た。

「今日の試合、どこかでアイツを使う。アイツがキングダムに残れるかどうかは、その結果次第だ」

 そう言うと、鬼塚監督はいつものポジションに戻っていった。


「五番、ライト斎藤、背番号7」

 グラウンドでは勇次郎が三振に倒れた後、次のバッター斎藤が打席に向かっていた。


「斎藤──! 一発、かましたれ──!」

 年配のファンからの声援が飛ぶ。渋いバッティングが真骨頂の斎藤にはコアなファンが多い。

「誠くん、頑張れ──!」

 そんな男性たちの声に混じり、若い女性の声が飛んだ。高校時代の同級生、沖田詩織の声だった。


 左バッターボックスに入った斎藤の耳に詩織の声は届いていた。

 高校時代、詩織を守るために利き腕を傷つけられた斎藤は大学に進学後、投手を断念して、野手に転向した。

 そして、東都リーグの首位打者になり、スカウトから注目されて、レジスタンスに四位で入団した。その後は渋いバッティングで徐々に頭角を現し、レギュラーに定着した。


 周りから見たら順風満帆だろう。だがクールな外観とは裏腹に斎藤は餓えていた。それは勝利への飢餓だった。

『勝ちたい。優勝したい』

 万年Bクラスのレジスタンスにいる限り、叶わぬ夢だと思った。だが、今、その夢が叶う一歩手前まで来てる……。


 斎藤はマウンドの牧野を見つめた。今日の牧野は絶好調だ。初回から四者連続三振。どこかでこの勢いを止めないといけない。

 しかし、牧野は依然、キレのよいピッチングを見せ、斎藤は瞬く間にツーストライクまで追い込まれた。


 斎藤は大きく息を吐き出すと、高校時代を思い出した。

「誠くんはバッティング良いよね、ピッチャーだけじゃ、もったいないよ」

 マネージャーであった詩織のひと言でクリーンナップを打つことになった。それから斎藤はバッティング練習もしっかりやるようになった。だからピッチャー生命を絶たれても斎藤は悲観しなかった。これからは打者として生きていこうと思ったからだ。


(詩織……お前のひと言がなかったら、俺は打者としてプロになることはなかった。俺が今ここにいるのはお前のおかげだ。それと……)

「オラ──、斎藤──! 一発かましたれー!」

「斎藤さん、頑張れ──!」

 レジスタンスベンチから黒田や毛利たちの声援が飛ぶ。

(一年前とは嘘みたいにチームの雰囲気は変わった。今、こうして優勝争いをしてるなんて夢みたいだ。そんな中、俺がこうして野球を続けられるのはネネのおかげだ)

 斎藤は沖縄でネネが千野組の組長と対面し、自分たちを助けてくれたことを思い出した。

(それなのに、俺はお前が苦しんでいるとき何もできなかった……だから、俺にできるのはこんなことくらいしかない……)


 牧野が振りかぶり、内角高めにストレートが飛んできた。

(お前の夢……優勝を叶えさせてやりたい!)

 斎藤は牧野のストレートに負けないようにバットを思い切り振り抜いた。


 カキ──ン!

 牧野の158キロのストレートを完璧に捉えた打球はライトに高々と舞い上がった。

 打たれた牧野は「まさか?」という顔で打球を見上げた。先程、渡辺のホームランに悲鳴を上げていたライトスタンドは今度は歓喜の声を上げた。

「入れ! 入れ──!」

 

 ライト亀田が見送り、灰色のレジスタンスカラーに染まるライトスタンドにボールは飛び込んだ。

「で……でたあ──! 五番斎藤の同点ホームラ──ン!」


「う……うおおおお──!」

 打球の行方を見届けると、いつも感情を表に出さない斎藤が雄叫びを上げた。

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