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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第11章 史上最大の決戦編
180/207

第180話「決戦の10.7」②

 球団上層部に呼ばれたキングダム広報部の成瀬聖子は、ドーム内の部屋を出るとため息をついた。


「聖子……」

 部屋を出ると、通路に伊達美波が立っていた。

「聖子、大丈夫? 顔色が悪いよ、お偉いさんたちに何か言われたの?」

「う、ううん……何でもないよ、それより美波、あなたは……」

「うん、気分悪いよ。スタメンを外されて」

 伊達は見るからに不機嫌そうな顔をした。


 先の試合、ファルコンズ戦で伊達は児嶋のリードにやられノーヒットだった。また怪我で戦列を離れていた藤本が戻って来たので、今日の試合ではスタメンを外されていたのだ。


「頭くるわあ……こんな大一番でベンチなんて……」

 プリプリ怒る伊達を見て、成瀬は苦笑した。

 実は成瀬が球団上層部に呼ばれたのは、伊達の去就のことだった。

 球団は伊達美波の来季の契約を渋っていた。伊達を獲得したのは、史上初の女子プロ野球選手、羽柴寧々に対抗する意味もあったのだが、球団はもう充分だと考えていた。

 また、来季は藤本をセンターにコンバートした後、三塁手にバリバリのメジャーリーガーをスカウトしようと考えており、伊達と再契約する理由がなくなったのだ。

 しかも、前試合で伊達は変化球に弱いことを露呈した。となれば、各球団の対策は練られ、伊達の必要性は更になくなる。

 その話を聞かされた成瀬は憤慨して『今日の試合の結果を見てから、伊達の去就を決めてくれ』と言い放った。これが先程あった顛末だった。


「ど、どうしたの聖子? めちゃ怖い顔をしてるよ」

 伊達が成瀬の顔を覗きこんだ。

(あ……いけない、いけない……)

 成瀬は顔をゴシゴシとこすった。

「何でもないよ、ゴメンね」

 そう言うと、ニッコリ笑った。

(止めよう、美波には余計な情報を入れたくない……それに美波なら大丈夫だ。今日は代打での出場が濃厚だけど、きっと結果を出してくれる……)

 成瀬は伊達の横顔を見つめた。


 そして、時は流れ、時計の針が午後5時30分を指した。

 試合開始まであと30分、両チームがベンチに集まり、まずはアウェイのキングダムのスターティングメンバーが発表された。


 一番、遊撃手、ルーキーの牧村。

 二番、二塁手、守備の名手、東。

 三番、中堅手、怪童中西。

 四番、一塁手、番長渡辺。

 五番、三塁手、若大将藤本。

 六番、右翼手、助っ人外国人ゴンザレス。

 七番、左翼手、ベテランの亀田。

 八番、捕手、扇の要である矢部。


 そして、先発ピッチャーは今季12勝を上げている牧野。エース沢村は二日前に先発しているため、今日は試合後半での出場が濃厚。その他、盤石な中継ぎを擁し、キングダムに死角はない。


 刻一刻と試合開始時間が近づく。ネネはブルペンに入り、皆とモニターを見つめていた。

「は、始まるね……」

 前田が青い顔で呟く。

 今日勝てば優勝だが、レジスタンスは優勝から19年も遠ざかっていて、優勝争いを経験したピッチャーがひとりもいない。また、ダブルエースの朝倉、松永もAクラスすらない。

 経験不足に加え、精神的支柱がいない投手陣はプレッシャーでガチガチだった。


(こんな時に柴田さんがいれば……)

 ネネはふと引退したレジェンドピッチャー柴田に思いを馳せるが、すぐに頭を振ってその考えを打ち消した。

(ダメだ、ダメだ、そんなことを考えたら……私たちで何とかしないと……)

 そんな時だ──。


「ヘッ、何だよ、お通夜みてえな雰囲気じゃねえか」

 ブルペンに先発の島津がやってきて軽口を叩いた。

「栄作……」

「何、緊張してんだよ? こんな大一番に投げることができるんだ、俺たちは幸せだぜ!」

 島津はそう言ってガハハと笑った。

 流石クローザーを務めるだけある。島津の強心臓ぶりに皆、驚き、ピリピリしたムードは少し和らいだ。

「さあ、それじゃあ、先発の役目を果たしてくるかな!」

 島津はクルッと背を向けると、颯爽とブルペンを出て行った。


 ブルペンを出て、先発のマウンドに向かうため通路を歩いていた島津。だが、その途中で壁に背を付くと、大きく息を吐きだした。手足が震えて、冷や汗が吹き出している。

「栄作……」

 すると、島津の後をついてきたネネがその姿を見て驚いた。

「ネネか……」

「栄作、大丈夫?」

「へへ……偉そうなこと言ってみたけど、一番びびってるのは俺だったりしてな……」

 島津は震える自分の手を見ている。

「オメーはすげえよな……あれだけマスコミに叩かれたのに復活してよ……」

 島津の言葉にネネは首を振る。

「ううん、私も怖いよ、でも……」

 ネネは島津を見つめた。

「投げなきゃいけないの。私を信じてくれる人がいる限り」


『信じてくれる人』……島津の脳裏には深見先生の姿が浮かんだ。

 今日、自分が先発のことを伝えたら、先生は九州から新幹線に飛び乗り大阪まで来てくれた。

 深見先生がいなかったら今の自分はいなかった。島津は決心していた。今日、先発の務めを無事果たすことができたら、先生にプロポーズしようと……。


「……ああ、お前の言う通りだ。俺にも信じてくれる人がいるよ」

 いつの間にか震えは止まっていた。

「私も信じてるよ、ガンバレ、栄作」

 ネネは左手を突き出した。

「ああ、先発の務め、果たしてくるぜ」

 島津も左手を出し、グータッチをするとベンチに向かった。


 そして、レジスタンスベンチ……。試合開始まで10分を切り、勇次郎と明智が並んでグラウンドを見つめていた。

「……遂に始まるな」

「はい」

「なあ、勇次郎……恥ずかしい話なんだが、俺、小中高……それからプロに入ってからも一度も優勝経験がないんだよ」

 明智がミットを触りながら口を開く。

「そうなんですか?」

「ああ……どうもここ一番に弱くてな。お前は甲子園でも優勝してるだろう? 何を考えてプレーしていた?」

「別に何も……」

「は?」

「普段通りのプレーを心掛けていただけです」

「ははっ、お前に聞いた俺がバカだったわ」

 明智は苦笑いした。


「あ……でも」

「ん? 何だ?」

「それ以外にも、考えていたことはありました」

「お……何を考えてたんだ?」

「甲子園のときは……ここで優勝したら、みんな喜んでくれるだろうな、って思ってました」

「なるほど……」

 明智は納得するように頷いた。

「誰かのために戦う、ってのもアリか」


 勇次郎はその問いには答えず、代わりに鋭い眼光でグラウンドを見つめていた。

 運命の試合時間は刻一刻と近づいていた。









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