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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
18/207

第18話「サバイバルゲーム」④

「羽柴、落ち着け」

 マウンドに駆け寄った丹羽はネネに優しい声で話しかけた。


 七回裏、ヒットとエラーでノーアウト一、二塁のピンチだが、そんなピンチの状況にも関わらず、Aチームのメンバーは丹羽以外、誰もマウンドに集まっていなかった。皆、どこか醒めた様子で、それぞれのポジションから動かなかった。

 ネネはマウンドで孤独感を感じていた。自分を鼓舞してくれるのは丹羽だけだった。


「聞いてるのか? 羽柴?」

 丹羽の声で、ハッと我に帰った。

「多分、確実にランナーを進めるために、もう一度、スクイズをしてくるだろう。一球目は大きく外すぞ」

「は、はい……」

 ネネは自信無さげに頷くと、バックネット裏を見つめた。

 そこには今川監督の姿がはっきり見えた。ネネを見てニヤニヤと笑っている。

(何よ、ニヤニヤして……そんなに私のピンチが楽しいの?)

 ネネは急に腹が立ってきた。

 だが、その時、ネネの目に今川監督の後ろに座る男性の顔が飛び込んできた。


(え? ええ? あ、あれは……?)

 その男の顔には見覚えがあった。短髪に鋭い眼光。

(お……織田勇次郎!? 何で……何でここにいるの……?)

 予想外の人物の出現にネネは驚き、マウンドで固まったが、すぐに不安を振り払うように頭をブンブンと振った。心臓の鼓動は早くなっているが、頭は急速に冷めていくのが分かった。

(わ……私、何を弱気になっていたんだろう……?)

 勇次郎との勝負の光景が、ネネの脳裏に浮かび上がった。

(勇次郎が見ている……あの人の前で、不甲斐ないピッチングを見せるわけにはいかない!)


 ネネは鋭い目つきで丹羽を見つめた。

「丹羽さん……バッターから見て、スクイズしやすいコースってどこですか?」

「は? 突然、何を言ってるんだ?」

「そのコースに投げ込みたいんです」

「は? はあ? 何だそれ!? 相手にスクイズしろって言ってんのか?」

「いいえ、逆です。スクイズ失敗になるようなボールを投げます」

「そんなボールがあるのか?」

「はい、私のボールはホップします。その球でわざとスクイズを誘い、失敗させます」

 ネネの発言に丹羽は目を白黒させた。

「ホ……ホップだって? 一体、何を言ってるんだ?」

「丹羽さん、私を信じてください。それと……」

 ネネは丹羽を見つめた。

「ミットをなるべくボールに被せるようにして、キャッチしてください」


 丹羽はキャッチーポジションに戻ったが、先程のネネの発言があまりに意味不明であったため、頭の整理が追いついていなかった。

(ホップ? 何だよそれ? ボールがホップするわけないじゃないか……それに羽柴、さっき受けてみたけど、お前の球はせいぜい120キロくらいだ。女性にしては速い部類だが、プロの男連中相手には通用しないぞ……)


 試合が再開される。次のバッターは初めからバントの構えをしている。スクイズするのが見え見えだが、これはネネを揺さぶる意味もある。

 この場合、一球外すのがセオリーだが、丹羽にはなぜか先程のネネの発言が気になっていた。何があったか分からないが自信に満ちた目をしていた。

 丹羽はネネを信じ、スクイズをしやすい、ど真ん中のサインを出した。


 ネネはセットポジションに構えるとランナーを警戒し、素早いクイックモーションから、ど真ん中にストレートを投じた。

 ……但し、指先には今まで以上に力を込めて、石投げと同じ感覚でボールを弾いた。


 ど真ん中の『バントしてくれ』と言わんばかりのストレートに、バッターはバットをボールの軌道上に差し出した。

(やられた!)

 と、丹羽が思った瞬間だった。ネネの投げたボールは唸りを上げてホップした。


 ガキン! 

 鈍い音がした。バットにボールが当たった音だ。丹羽はグラウンドに目を移したが、地面にボールは転がっていなかった。

(ど、どこだ!?)

 その時、空に白いボールが見えた。

 ボールは力無く、ホームベースとサードの当たりにフラフラと浮かんでいた。

 ネネの投げたボールがホップしたため、差し出したバットの上部に当たり、本来、小フライとなったのだ。それはスクイズ失敗を意味していた。ボールは空中を漂っている。


(い……いかん! 捕らなくては!)

 丹羽は慌ててボールをキャッチしようと、ボールの落下点に入ろうとした。

 だが、それより早く落下点に飛び込む黒い影が見えた。

 それはネネだった。

 ネネは投げ終えた後、フライになったボールの行方を見て、素早くマウンドを駆け下りていたのだ。

 そして、何の躊躇もなく、ネネは落ちてくるボールに向かって飛び込んだ。


「は……羽柴──!」

 ネネの危険なプレーに丹羽は思わず叫んだ。

 しかし、ボールに飛び込んだネネは逆シングルでボールを見事にキャッチした。


「アウトォ!」

 審判のコールが響く、スクイズ失敗、ワンアウトだ。

 だがそれだけでは終わらなかった。

 ネネはネコのように素早く体勢を整えると、二塁ランナーを見据えた。ランナーは飛び出している。

 ネネは矢のような球を二塁に投げた。ボールを捕ったセカンドが二塁ベースを踏む。ランナー帰れず、これでツーアウト。


 すると、一塁にいたランナーも塁を飛び出していた。セカンドはすぐさま一塁にボールを送球した。こちらもランナー帰れずにアウトとなった。

 一瞬にしてスリーアウト。滅多に見ることがない一度に三つのアウトを取る『トリプルプレー』の完成だった。

 一塁、三塁ベンチから敵味方関係なく驚きの声が上がった。


 そして、その一連の流れを見ていたバックネット裏の織田勇次郎は、思わず席から立ち上がった。

「ト……トリプルプレーだと……?」

 勇次郎はグラウンドのネネを見つめた。頭から地面に飛び込んだネネだったが、何事もなかったかのようにスッと立ち上がると、両手を上げて喜んでいた。

 投げ終わった後のフィールディング、素早い判断と送球……すべてが一級品の動きだった。


「はっはっは、凄えプレーだったな」

 今川監督が手を叩きながら、上機嫌な表情を見せた。

「あ……あり得ませんよ。あんなプレー……一歩間違えたら、大怪我じゃないですか?」

 勇次郎は理解できない、という顔をしたが、今川監督は目を輝かせている。

「そうだな……だが、まるで肉食獣が獲物を狩るような……本能に導かれたプレーだったな」

 そして、満足そうに笑った。

 

「は、羽柴、大丈夫か?」

 一方、グラウンドでは丹羽がネネの様子を気遣った。ネネは満面の笑顔を見せた。

「えへへ、上手くいきました。スクイズ阻止してトリプルプレーです」

「い、いや、それよりも人工芝の上にダイブしたんだぞ、身体は大丈夫か?」

 ネネは自分の身体を触るとニッコリ笑った。

「流石、レジスタンスドームの人工芝ですね。まるで本物の芝のようだから、全然平気です」

 笑顔を見せるネネとは対照的に、丹羽は言葉を失っていた。


「ナ、ナイスプレー」

 ベンチに戻ろうとするネネに、セカンドを守っている選手が話しかけてきた。あ然とした顔をしている。

「す、すげえ動きだったな」

 他の内野手もネネの側に集まってきて、ネネに話しかけた。

「初めて成功させたぜ、トリプルプレーなんて」

「ああ、よくあのピンチを凌いだな」


(羽柴の今のプレイが停滞していた雰囲気を変えた。いける……これで流れは変わるぞ……)

 丹羽はネネとチームメイトを見つめた。選手たちの表情は一気に明るくなっていた。


 反撃はこれからだ……丹羽は拳を強く握りしめた。

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