第179話「決戦の10.7」①
10月7日月曜日、天気は快晴。
遂に決戦の日が訪れた。大阪レジスタンス対東京キングダムの最終戦だ。両チームとも勝ち星、勝率は同じ、勝った方がペナントレース優勝になる。
試合開始時間は午後6時。
両チームの予告先発はキングダムは準エースの牧野。そして、レジスタンスの先発は何とクローザーの島津だ。
台風は過ぎ去り、10月らしい爽やかな気候の中、レジスタンスナインはドーム入りし、前日に大阪入りしたキングダムナインもドームに入っていた。
また観客たちも、午後4時の開場が待ちきれずドーム前に集まっている。今日は内外野含めたすべてのチケットはソールドアウト。五万人収容のレジスタンスドームは満員御礼。いよいよ世紀の一戦が始まろうとしていた。
最終ミーティングの前に、レジスタンス投手陣は全員、ブルペンに集合していた。杉山コーチが「今日の先発、島津は『オープナー』だ」と通達する。
『オープナー』とは近代野球の戦法のひとつ。本来抑えの選手が先発し、短いイニングを投げた後、小刻みに継投を行なう戦法だ。
「島津には初回から飛ばしてもらい、三回を投げたら必ず交代させる。そして、その後は随時、調子の良いピッチャーに繋ぐ」
杉山コーチがこの作戦を決行するのには理由がある。投手陣は全員疲労困憊で、まともに投げれるピッチャーがいないからだ。
特に二日前の横浜メッツ戦で先発の柱、前田に大谷、更にネネも二軍戦で投げている。
またダブルエースの朝倉と松永も一軍に復帰しているが、怪我明けであり1イニングが限度の見込みだった。
「島津の後に投げるピッチャーはブルペンの調子を見て決めるが、全責任は私が取る。だから、皆はそれぞれ自分の職務を全うしてほしい」
杉山コーチがそう言い切り、ミーティングは終わった。
今日は総力戦になる……投手陣は全員覚悟を決めた。
「久しぶりの先発か……気合いが入るぜ!」
「頑張ってね! 栄作!」
ミーティングが終わると、ネネと島津は一緒にドームの通路を歩いていた。
「今日は先生が見に来るんだ。無様なピッチングはできねえぜ」
「え? 先生って、あの深見先生?」
「……ああ」
島津は照れた顔をしている。その表情を見てネネはピンと閃いた。
「え……もしかして栄作、深見先生と……?」
「あ、ああ……まあ、そうなるかな……」
「え──! おめでとう、栄作!」
ネネは島津の背中をバンバンと叩いた。
「いーなあ、栄作は相手がいて」
「何言ってんだ。オメーこそ、勇次郎のヤツと……」
そこまで言いかけて島津は会話を止めた。それは廊下に勇次郎が立っているのを見つけたからだ。
「は、羽柴、ちょっといいか……」
ネネを見つけた勇次郎がネネに話しかけてきた。しかし、ネネはフン、と顔を背け、早足になると勇次郎を無視した。
「お……おい、ネネ」
ネネの後を島津が追いかけた。
「……いーのかよ、アイツ、オメーに何か話したいことがあるみたいだぜ」
「いーのよ、私は特にないから」
ネネはムスッとして、ミーティングルームに足を早めた。
そんなネネの背中を勇次郎はずっと見つめていた。
その頃、監督室では今川監督と北条がふたりきりで話し合っていた。
「北条、腰の調子はどうだ?」
「はい、もう大丈夫です」
「無理すんな。トレーナーから聞いてる、かなり悪いってな」
北条は下を向いた。監督の言う通り腰の状態はかなり悪く、今日はスタメンを外れている。
「だが、展開次第では出てもらう。そん時は頼むぜ」
「……は、はい!」
北条が顔を上げるのを見て、今川監督は笑みを浮かべた。
「しかし……まあ良かったな。嫁さんとヨリが戻って」
北条は頭をかいた。
「しかも、息子まで現れて」
「はい……まさか、身籠もっていたとは……」
「本当に良かったよ。お前は色々苦しんだからな」
「……監督のおかげです」
「よせよ、何言ってんだ。俺は何もしてねーぜ」
今川監督は豪快に笑う。
「いえ、監督は……羽柴寧々を連れてきてくれました……」
北条はネネと初めて会ったときを思い出していた。ネネとのキャッチボール……それは死んだ娘、萌音と重なり、北条は野球に対する情熱を取り戻した。
「監督……今日、ネネは……?」
「ピッチャーのことは杉山コーチに任せてある。ネネが今日投げるかは分からん……」
「そうですか……」
「だが、もしネネが投げるなら、それは試合後半だ。その時はネネを頼むぞ」
「は、はい!」
「さあ、それじゃあ、ミーティングに行くか」
今川監督は立ち上がった。
「監督……」
「何だ?」
「監督も……身を固めたらどうですか? いいですよ、家庭を持つのは」
「そうだな……今日の試合に勝ったら考えてみるか!」
今川監督はガハハと笑った。
時間は流れ、試合開始まで1時間を切ると、レジスタンスのミーティングルームに選手やスタッフ、全員が集まった。
今川監督が皆の前に立つ。
「……しかし、まあ……まさかこんな展開になるとはな」
今川監督は全員をぐるっと見渡した。
「勝った方が優勝! 分かりやすくていいな、こういうのは!」
陽気な言い方に皆がドッと笑い、張り詰めていた空気が和んだ。
「さて……試合の前に報告がある。黒田、いいか?」
「はい!」
黒田が今川監督の隣に立った。
「俺は……今日の試合を最後に引退する」
「え、ええええ!?」
黒田の衝撃的なひと言に、皆から驚きの声が上がった。
「実は怪我をする前から決めていた。そろそろ潮時だってな……」
黒田は前半戦こそ好調だったが、後半に入ると成績は失速していたため、引退の噂は流れていた。
「今更だが、俺は後悔している。なぜ身体や気力が万全なときに優勝を目指さなかったのか……無駄な時間を漠然と過ごしたことだけが心残りだ……」
黒田の目には涙が浮かんでいる。
「俺は……優勝したい! このチームで優勝したい! そして、笑顔で引退したい!」
そう言うと涙を拭った。選手たちから鼻をすする音が聞こえてきた。
「……と、いうことだ」
黒田は一歩下がり、後は今川監督が引き継いだ。
「いいかお前ら。優勝はもう目の前にぶら下がっている! レジスタンスが優勝すれば19年振りの快挙だ」
皆の表情が引き締まった。
「このチャンスを逃したら、二度と優勝できないと思え!」
「はい!」
「よし! 円陣を組むぞ!」
皆は円陣を組んだ。中心には今川監督。
「相手は王者キングダム! だが恐れるな!」
「おお!」
全員が大声を出す。ネネと由紀も精一杯の大声を出した。
「俺たちは王朝に立ち向かう抵抗軍……レジスタンスだ! 勝つぞ! 勝って、優勝を勝ち取るぞ!」
「おお!」
「お前たちならできる! 自分を信じろ!」
「おお──!」
士気が上がったレジスタンスナインは全員グラウンドへ向かった。
勝ったチームが優勝……史上最大の戦いの幕が上がろうとしていた。