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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
174/207

第174話「交錯する想い」

 10月5日土曜日、時刻は午後1時少し前。レジスタンス二軍球場にネネはいた。

 この日は二軍、ウェスタンリーグの試合日で、対戦相手は二位の「福岡アスレチックス」、しかも勝てば「優勝」という試合だった。


 また同日の午後2時には、一軍でも優勝への最後の希望を賭けた試合が始まろうとしていた。

 横浜メトロポリタンスタジアムにて、横浜メッツとの最終戦だ。

 この日、神宮球場では東京キングダムと神宮ファルコンズの試合があり、キングダムのマジックは「1」のため、キングダムが勝つか引き分けるかでキングダムが優勝。もしくはキングダムが負けてもレジスタンスが負ければ、キングダムは優勝、という状況だった。


 やがて時計の針が1時を指し、まずは二軍の試合が始まった。

「大阪レジスタンス、先発ピッチャーは羽柴寧々! 背番号41」

 アナウンスに導かれ、ネネがマウンドに上がった。レジスタンスは後攻めのため守りから入る。


 由紀はスタンドで観戦をしており、ふと視線を右に送ると、そこには藤崎が座っていた。藤崎は由紀が渡した手紙を持っていた。


「出てきたな! 恥知らずの女ピッチャー!」

「ここはお前の居場所じゃないぜ、消えろ!」

 スタンドのアスレチックスファンから野次が飛んだ。しかし、ネネは顔色ひとつ変えず、冷静にマウンドの硬さを確かめていた。


 そして審判の手が上がり、二軍優勝を賭けた試合が始まった。ネネはゆっくりと振りかぶり、第一球を投げた。

「ストライク!」

 糸を引くようなストレートがど真ん中に決まり、そのストレートの威力にバッターは驚き、またスタンドは静まり返った。キャッチャーが北条でない分、指先の力は加減しているが、それでも手元でストレートはグンと伸びる。

「いいぞ! 羽柴!」

 キャッチャーから返球されたボールをネネは受け取ると、微かに笑みを浮かべた。


 また、横浜ではレジスタンス対メッツ戦が始まろうとしていた。

「おお、久しぶりの一軍だぜ!」

 怪我も癒えて一軍に上がってきた島津がベンチで、はしゃいだ声を上げた。

 今日のレジスタンスの先発は前田、島津はクローザーの予定だ。


 そこに勇次郎と明智が現れた。数日前までは目も合わさなかったふたりだったが、今日は顔を突き合わせて何かを話している。

「あれ? 噂では一触即発って聞いてたけど、何か落ち着いてるな……」

 ふたりを見た島津が首を傾げた。

「うん、今川監督が間に入って、ふたりの仲をまとめたらしいよ……」

 先発の前田がそう答える。


 ……話は数日前に遡る。

 今川監督の手引きで、勇次郎と明智はドームのミーティングルームでふたりきりになった。しばし、沈黙していたふたりだったが、まずは明智が口火を切った。

「ネネのことだがな……」

 明智は勇次郎を見た。

「あの日のキスを俺は酔った勢いだと言ったが本当は違う……あの日、俺はネネのことを本当に愛おしいと思いキスをした……決して軽い気持ちじゃなかった。だがそのせいでアイツやチームには多大な迷惑をかけた……本当にすまなかった」

 明智の話を黙って聞いていたが勇次郎だったが、話が終わるとボソリと口を開いた。


「明智さんは……アイツのことが……羽柴寧々のことが好きなんですか?」

「……ああ」

 明智は即答した。

「だがな……俺たちは同じ志をともにするチームメイトだ。そんな感情は重荷になる。だから俺は自分の気持ちを封印することに決めた……」

 その言葉に勇次郎はうつむいた。

「俺は本心を話したぞ。勇次郎……お前の本当の気持ちを言えよ。お前こそネネのことをどう思ってるんだ?」


(……俺の気持ち?)

 勇次郎は目を閉じた。

(俺の気持ちは決まっている。羽柴寧々はただのチームメイトだ。それ以上も以下もない……)


『勇次郎!』

 その時、勇次郎の頭にネネの声が聞こえた。記憶の中のネネはニコニコ笑っている。まるで太陽のような笑顔だ。しかし、その笑顔は、すぐに沈んだ顔に変わった。

 勇次郎は目を開けて明智を見つめた。

「明智さん……俺は……」


 そして、時は戻る。勇次郎と明智はふたりグラウンドを見つめていた。

「いいな、勇次郎」

 明智が勇次郎に話しかける。

「ネネはもう一軍で投げれない。だがアイツをもう一度、一軍のマウンドに立たせてやりたい。それには優勝して日本シリーズに進むしかない、だが……」

 明智は勇次郎を見つめた。

「今日の試合に勝たないと何もならない。勝つぞ、勝って大阪に戻って、キングダムを叩くぞ!」

「はい!」

 勇次郎は力強く答えた。


 一方、キングダム対ファルコンズの試合が行われる神宮球場のキングダムベンチ。

 勝てば「優勝」、しかも8ゲームという差を逆転してのミラクル優勝に向け、ベンチ内はピリピリしたムードに包まれていた。

 だが、そんな中、ただひとりマイペースな選手がいた。


「聖子──、今日勝てば、優勝なんて何か実感ないね──」

 それは伊達美波だった。ベンチ内でガムを噛みながら、マネージャーの成瀬と談笑している。

「ダメよ、美波、集中して。今日のファルコンズは危険よ」

 成瀬は眉間にシワを寄せて、ファルコンズベンチを見た。そこには眼鏡をかけた背番号27の選手がウォーミングアップをしていた。

 児嶋だ。エンゼルス今井から受けた死球の怪我も癒え、今日が復帰戦となる。

「分かってるわ。ファルコンズの頭脳、児嶋でしょ、相手にとって不足はないわ」

 伊達は不敵な笑みを浮かべた。


 ……そしてまた場面は変わり、大阪二軍レジスタンス球場ではネネが好投していた。

「ストライク! バッターアウト!」

 五回を投げ終えたネネはグラブをポンと叩くと、小走りでベンチに帰っていった。スタンドから拍手が鳴り響く。

 五回を投げ終えて、いまだ無失点。それもヒットと四球はゼロのパーフェクトピッチングだ。


 そんなネネのピッチングにスタンドの藤崎は目を見張っていた。

(な……何てヤツだ。二軍とはいえアスレチックス打線相手にパーフェクトだと……? しかもあれが女の投げる球か……?)

 ストレートは伸び、ドロップは大きく曲がる。そして何より、バッターに対して一歩も引かない強いハート。

(明里……お前はこの羽柴寧々のピッチングに勇気をもらっていたんだな……)

 藤崎は思わず明里の書いた手紙に目を落とした。


『お父さん、ごめんね。私の病院のお金のために嫌な仕事をさせて』

 そう……元々、藤崎はスポーツ新聞社に勤務するカメラマンだった。

 だが、明里の治療費のため、高額な報酬を求めてフリーのカメラマンに転身した。そしてスクープを高く買ってもらうパパラッチになった。

 本当はスポーツを愛する優しいカメラマンだったが、パパラッチになってから性格が激変した。あまりのひどい行動に家族にも危害が及びそうになった。

 そして、藤崎は離婚に踏み切った……すべて娘のためだった。


『お父さん……私、自分が憎い。家族をバラバラにした自分の心臓が憎い。病気さえなければ、お父さんとお母さんはずっと仲良しだったのに……』

 藤崎は手紙を目で追う。

『だからね、私、決めたの。私、手術する。そして元気な身体になる。そうすればお父さん、また前みたいに笑って写真撮れるようになるよね? 私たちと一緒に暮らせるようになるよね?』


(明里……)

 藤崎は眼鏡を外すと目に浮かんだ涙を拭った。

『私ね、好きな野球選手ができたの。レジスタンスの羽柴寧々さん。すごいのよ、私と同じ女性なのに、プロの男の人たちから逃げずに真っ向から立ち向かって』

 藤崎はグラウンドを見つめた。ネネは六回裏のマウンドに向かっていた。


『私、お父さんが撮る写真大好き。私が元気になったら、みんなで一緒に野球を見に行こう。それでネネちゃんの写真を撮ってほしいの。約束だよ、お父さん。私、必ず病気に勝つ。明日の手術、頑張ってくるね』


 手紙はここで終わっていた。

(明里……!)

 藤崎の目から涙が落ちた。

(明里が手術を受けたのは俺を心配してのことだった……それを俺は羽柴寧々のせいにして、自分の弱い心を慰めていた……)


「ワアアアア!」

 スタンドから歓声が響いた。グラウンドではネネが三振を奪っていた。ワンアウト、これで圧巻の七者連続三振だ。


『私、お父さんの撮る写真大好き』

 藤崎はもう一度、明里の手紙を読んだ。そしてカメラを取り出すと、マウンドのネネにピントを合わせた。



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