表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
171/207

第171話「泣いたりしないで」

「よいしょ」

 由紀はネネの隣に腰掛けた。

「ゆ、由紀さん……何でここに……?」

「何となく。ネネがいるのは、ここかなあって思って」

 由紀はニッコリ笑う。

 ネネはうつむいて、由紀の腕をギュッと掴んだ。身体が小刻みに震えている。その姿は泣くのを我慢しているように見えた。


「ネネ……」

 由紀はネネの手に触れた。

「ゴメンね……ネネが辛い時に一緒にいてあげれなくて……」

 ネネは頭をブンブンと横に振ると、うつむきながら言葉を絞り出した。

「ううん……私こそ……私のせいで由紀さんが……」

「前にも言ったでしょ、私は大丈夫だって」

 ネネは由紀の腕をさっきより強く掴んだ。

「ねえ、ネネ……話したくないならいいけど、一体何があったの?」

 ネネは顔を上げた。その目は真っ赤だった。ネネは名古屋で石田の告白されたこと、キスの現場を勇次郎に見られていたことを話しだした。


「そ、そんなことがあったの……?」

 一連の話を聞いた由紀は驚愕した。

 マスコミやネット上の誹謗中傷。同じ女子プロ野球選手である伊達美波からのサヨナラホームラン。そこに追い打ちをかけるように、友達だと思っていた石田からの告白と勇次郎からの冷たい言葉……。

 18歳の少女にとっては、あまりに過酷すぎる出来事だ。


「ずっと……ずっと、ひとりで考えてたの……私、色んな人を不幸にしている。私が『プロ野球選手になりたい』っていったばかりに色んな人を傷つけている……」

 ネネはうつむきながら話した。

「そんなことないよ、考えすぎだよ。ネネ……」

 由紀の言葉にネネは首を振った。

「ううん……私がいなければ丹羽さんは解雇されなかった。私がいなければ柴田さんは怪我をしなかった。私がいなければ明智さんはあんなことをしなかった。勇次郎だってキングダムに入団してたかもしれない……」

 膝の上で握りしめたネネの拳に涙が落ちた。

「私のせいで由紀さんも広報部にいられなくなるって……全部私のせいなの……わ……私はプロ野球選手になっちゃいけなかったの……」


「ネネ!」

 由紀の大声にネネは顔を上げた。目から涙が溢れている。

「バカなこと言わないで! そんな……今までの自分を否定することは絶対に言ったら、だめだよ!」

「由紀さん……」

 ネネは涙を拭った。

「お願いだから、そんな悲しいこと言わないでよ……そんなの……そんなのネネらしくないよ……」

 今度は由紀がグスグスと泣き出した。


 泣いている由紀にネネはハンカチを渡した。

「泣かないでよ、由紀さん……」

「だ……だって、ネネが……」

 ハンカチで目元を押さえている由紀を見て、ネネは少し困った顔をした。


「ねえ、由紀さん……私、決めたことがあるの……聞いてくれる?」

「……な、何?」

 ハンカチで涙を拭いながら由紀が尋ねた。

「私ね……野球をやめようかと思うの」

「そ、そう……野球をね……え? ええ!? な、何それ!?」

 驚いた由紀はハンカチを顔から離し、ネネの両肩を掴んだ。

「私……もうプロ野球の世界から離れようと……引退しようかと思うの……」 

 ネネは由紀から顔を逸らした。

「な……何で? 何で!?」

「もう疲れたの……色々なことから……」

 ミャアミャア……。カモメが鳴く声が聞こえた。


 由紀はネネを見つめた。ネネは憔悴していた。

 ネネの性格からして、思いつきや勢いで言った言葉ではない。考えた末に出した結論に違いないと思った。

 マウンドでの振る舞いや言動から忘れていたがネネはまだ18歳だ。そんな少女が受けた心の傷は簡単に癒せるものではない……。


「そっか……ネネが決めたことなら、私は反対はしないよ」

 由紀は必死で笑顔を作った。

「由紀さん……」

「でもね……女性なのにホップするストレートを投げて、プロの男連中相手に三振を築いていく……それはネネにしかできないことなんだよ。そんなネネの活躍に元気づけられてる人はたくさんいるよ。私もそのうちのひとりなんだよ……」

「ありがとう由紀さん。でもね……私…、もう投げれないの……ゴメンね……」

 ネネはうつむいた。


「……分かったよ。ネネの気持ちは分かった」

 その言葉にネネは顔を上げた。

「由紀さん……私が野球をやめて、実家に帰っても友達でいてくれる?」

「うん、当たり前だよ」

「ありがとう……ただね……野球をやめる前にひとつだけ心残りがあるの……」


 数十分後、由紀は助手席にネネを乗せて神戸の郊外に車を走らせていた。

 助手席に座るネネはカバンの中から手紙を取り出した。それは先程、港で見ていた手紙だった。差出人名は「宇喜多明里」と書いてあった。


「いつも手紙をくれる女の子だよね?」

 ハンドルを握りながら由紀が尋ねた。

「うん……小学五年生の女の子でリトルリーグのエースを務めてるの」

「毎週、手紙をくれるなんて、その娘よっぽどネネの大ファンなんだね」

「でもね……手紙がバッタリと途絶えたの……」

「え? いつから?」

「私と……明智さんのことが新聞記事になる少し前から……」

 ネネは目線を落とした。

「きっと、あの記事を見て私に愛想をつかしたんだと思う……」

「まだ、そうと決まったわけじゃ……」

 ネネは首を振った。

「ううん……きっとそう……だからこそ、野球をやめる前に、この娘だけにはしっかりと謝りたいの……」


 ネネはバッグからレジスタンスのユニフォームとボールを取り出した。

「何、それ?」

「私が初めて公式戦で勝利した時のユニフォームとボール……こんなの渡したら迷惑かな……?」

 由紀はふふっと笑った。

「明里ちゃん、喜ぶよ、きっと」


 明里の家は神戸市の郊外にあった。

 近くの駐車場に車を停めると、ネネと由紀は「宇喜多」と書かれた表札の一軒家の前に立った。

 由紀がインターホンを押すと「はい、宇喜多ですが……」と、母親らしき女性が出た。


「あの……私、大阪レジスタンス広報部の浅井と申します。宇喜多明里さんに会いたいのですが……」

『レジスタンス』という言葉に反応したのか、女性はすぐに玄関のドアを開けた。そして、由紀の後ろに立つネネの姿を見て驚いた。

「え……? は……羽柴……羽柴寧々選手……?」

 ネネはペコリと頭を下げた。


 出て来てくれた女性は明里の母親と名乗り、ネネと由紀はリビングに通された。

「レジスタンスの羽柴さんに来ていただくなんて恐縮です……」

 明里の母は緊張しながら、お茶を出した。

「い、いえいえ! 突然、お邪魔して本当に申し訳ございません……いつも明里ちゃんの手紙に励まされています」

 ネネは深々と頭を下げたが、由紀は家に上がってから、ある違和感を感じていた。それは家に子供のいる気配がないことだ。どう見てもひとり暮らしの印象を受けた。


「明里ちゃんはまだ学校ですか?」

 由紀が母親に尋ねると、一瞬、母親の動きが止まった。

 その様子を見て、由紀は益々、不信感を高めた。しかし、明里の母は「いえ……娘は家にいます。どうぞこちらへ……」と、ネネと由紀を別室へ導いた。


 暗い廊下を通り、ふたりはある部屋に通された。

 そして、案内された部屋に入ったネネと由紀はその光景に言葉を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ