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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
169/207

第169話「ENDLESS RAIN」

「よう、ネネ!」

 キングダム三連戦から一夜明けた二軍練習場で、ネネは島津に声をかけられた。

「……おはよう」

 振り返ったネネの顔を見た島津は驚いた。いつものネネの顔ではなかった。目に力はなく、表情は憂いを帯び、笑顔はなかった。

「ど、ど──したんだよ、オメー? 死にそうな面をしてんじゃねえか? 何かあったんかよ?」

「え? そ、そーかなあ?」


 ネネは笑ったつもりだった。でも笑顔が作れなかった。

 昨日の名古屋での石田の告白はネネの心に大きな影を落としていた。

 ネネは石田を傷つけた心の痛みで、食事は喉を通らず一睡もできなかった。


 二軍練習場でネネはボールを握らず、黙々とグラウンドの外周を走った。そして石田のことを考えた。

 リトルリーグの頃からの付き合いだった。男子だけど何でも話せる友達だった。それなのに……。


『ネネ……俺、お前のことが好きだ。友達じゃない、ひとりの女性としてお前が好きだ……』


 石田の声と抱きしめられた感触が甦る。

(自分だけだった……自分だけが勝手に友達だと思っていた。その結果、雅治を長年苦しめていた……)

 ネネは悲しみと自己嫌悪を振り払うようにランニングを続けた。


 昼を過ぎると雨が落ちてきた。

 ネネはランニングを切り上げ、室内練習場に入った。

 カキーン、カキーン……。

 その時、室内のバッティング練習場から快音が響いていた。

(いい音だなあ……誰だろう?)

 ネネが練習場を覗くと、そこには勇次郎がいた。

 今日の早朝に東京から大阪に戻った勇次郎はすぐに二軍練習場に直行していた。キングダム三連戦では絶不調だったからだ。勇次郎は一心不乱に滝のような汗を流し、バッティングマシーンの球を打っていた。

 勇次郎の打撃音は傷ついていたネネの心を癒した。ネネは勇次郎のバッティング練習をじっと見つめていた。


 バッティング練習を終えた勇次郎にネネはタオルを手渡した。

「お疲れ様、はい、タオル」

 勇次郎は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに元の表情に戻ると、何も言わずにタオルを受け取り汗をふいた。

「ねえ、私、投げようか? マシンより活きた球を打ったほうがいい練習になると思うけど……」

 ネネが話しかける。

「……結構だ」

 だが汗をふいた勇次郎は無愛想に断る。

「そう? 私、もう一軍で投げることはないから全然投げれるよ。それに勇次郎、首位打者取れるかもしれないじゃん。私、勇次郎には頑張ってほしいの」

 ネネの顔に笑顔が浮かんだ。さっきまで笑えなかったが、勇次郎の前だと自然と笑顔になった。


「……そういうところが気にくわないんだよ」

 するとネネの笑顔を見た勇次郎が冷たく言い放った。

「え?」

「誰かれ構わず良い顔しやがって……そんなんだから男が勘違いするんだよ」

 ズキン……。

 石田のことを思い出して、ネネの胸が痛んだ。

「わ、私、そんなつもりじゃあ……」

「明智さんのときだってそうだろ? 酔っ払ってるとはいえ明智さんに寄り添って……そりゃあ、男は勘違いするぜ」

「え? だってそれは明智さんがつまずいたから……」

 そこまで話してネネはハッとした。

「な……何でそのことを?」

 屋上にはパパラッチの藤崎以外誰もいなかったはずだ。それがなぜ勇次郎がそんなに詳しくあの時の状況を知っているのか?

 勇次郎も自分で言って、マズイ、といった顔をした。

「あ、アンタ……ま、まさか、あの場にいたの……?」

 勇次郎は無言だった。それが答えだった。


 ネネは目の前が真っ暗になった。

(見られていた……? パパラッチだけじゃない。勇次郎にも……勇次郎にもキスの現場を見られていた……?)


 ネネの顔色が変わり、それを見た勇次郎は言葉を発した。

「分かっただろ? もう邪魔すんな」

「ご……ゴメン……」

 ネネの足は震えていた。

「これ以上、俺のことに構うな。邪魔なんだよ。俺の前から消えろよ」


 いつもなら言い返していたはずだ。

 だがネネにはそんな気力はなかった。勇次郎の冷たい視線と言葉が心の傷に突き刺さった。ネネは勇次郎に背を向けると、フラフラとその場を立ち去った。


 一方でネネが立ち去るのを見ながら、勇次郎は自問自答していた。

(何でだ? 何であんなことを言った? アイツが俺に何をした? ただ俺が怒ってるだけじゃないか? 何に……何に怒ってるんだ、俺は?)

 あの日……トイレに行くため席を立った。すると、酔っ払った明智を介抱するためネネが屋上に上がるのを見たので、ついその後を追ってしまい……明智とネネのキスの場面を目撃してしまった。

 勇次郎の脳裏に、明智とネネが唇を重ねる光景が浮かび上がった──。


「う……うおおおお……!」

 勇次郎は肉食獣が咆哮するように叫ぶと中身の入ったペットボトルを思い切り地面に叩きつけた。ペットボトルはコロコロと床に転がった。


「ハアハア……」

 荒い息をする勇次郎にひとりの男が声をかけた。それは島津だった。

「な……何、怒ってんだ、オメー?」


 一方のネネは荷物を持ち、二軍練習場の入り口にいた。雨足は強くなっている。

『これ以上、俺のことに構うな。邪魔なんだよ。俺の前から消えろよ』

 勇次郎の声が脳裏に響いていた。

 二軍練習場に公共機関はなく、タクシーで帰るしかない。ネネは冷たい雨の中、傘もささずにタクシー乗り場まで歩き出した。


 その頃、関西スポルツの本社では、社長と藤崎が再び話し合っていた。

「藤崎ちゃん……アンタ、すごいね! またまた大スクープだよ!」

 社長は藤崎が持ち込んだ、カメラのデータを見ながら笑っている。

 そのデータには、何と石田がネネを後ろから抱きしめる画像が映っていた。

「『羽柴寧々、地元の男と熱愛発覚、プロと素人を手玉に取る悪女ぶり』って見出しはどうでしょう?」

「いいね、いいね──! 明日の一面はこれで決まりだよ!」


 喜ぶ社長を尻目に藤崎は新聞社を出た。

(フフ……終わりだな。羽柴寧々はこれで終わりだ)

 そしてスマホを出して、ある写真を見つめた。その写真には藤崎とひとりの少女が映っていた。

(待ってろよ……これで復讐は終わる。お前を死に追いやった羽柴寧々も同じ目に合わせてやる……)

 藤崎の目は怒りに燃えていた。












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