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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
166/207

第166話「キングダムドームでの悪夢」後編

 レジスタンス対キングダムの首位攻防戦第1ラウンド。レジスタンスは一点リードで九回裏キングダムの攻撃を迎えていた。


 最終回のマウンドに立つのは、約10日振りの実戦となるネネ。迎え打つキングダムの先頭バッターは、今季120もの打点を叩き出し、打点王まっしぐらの四番渡辺だ。


 渡辺は右バッターボックスに入ると、グッとバットを構えた。球界屈指のクラッチバッターに対して藤堂は慎重にサインを出す。

 ネネはサインにうなずくと、ゆったりしたフォームから第一球を投じた。


 ズバン!

 アウトローにストレートが決まる。スピードガン表示は143キロ。良いコースに決まっていたが、審判の手は上がらない、ボールだ。


(相変わらず、キングダムドームの判定は辛い……)

 ネネはボールを受け取ると、気を落ち着けるために深呼吸をした。


 二球目は外角にドロップ。しかし、これもボールとなり、カウントは2-0となった。


(今日は外角のコースが厳しい。それなら……)

 藤堂は内角にストレートのサインを出し、ネネはうなずいて三球目を投じた。


「ボール!」

 しかし、今度は明らかなボール。力が入りすぎたのか大きく高めに浮いた。カウントは3-0となる。


(まずいな……)

 キャッチャーの藤堂はネクストバッターサークルを見た。次のバッターの伊達美波が待機している。

(伊達は今日二安打している。できればランナーを溜めた状況て回したくない……)

 その時、キングダムベンチが渡辺に何かサインを出すのが見えた。

(あれは……!)

 サインに渡辺がうなずくのを見て、藤堂はあることを確信し、ど真ん中にストレートのサインを出した。

(キングダムにはスリーボールから一球待つという風潮がある。恐らくあのサインは『待て』だ)


 ネネもそのサインに納得した。そして、大きく振りかぶった。

(一球待つかもしれないが油断は禁物だ。コースは真ん中だが、最高のストレートを投げ込む!)

 左足を地面に叩きつけ、短いテイクバックからライジングストレートを放った。

(いけえ!)

 弾丸のようなボールが真ん中に飛んでいく。


(よし! ここから伸びてホップする!)

 藤堂がミットを抑え込もうとした時だった。渡辺のバットが一閃した──。


 カキ──ン! 

 ドームに快音が響いた。

(ば、バカな!? ベンチからのサインは『待て』のはずだ!)

 藤堂はマスクを脱ぎ捨てて、ボールの行方を追った。ネネも振り返った。


「渡辺、ノースリーから打った──! ボールはセンター方向へ高々と舞い上がっている──! 入るか──!?」

 実況席が叫ぶ。


「しゃあ! いけいけ──!」

 観客が声援で打球を後押しする。打球を追っていたセンターの毛利の足が止まった。


 ガン!

 渡辺の打球はバックスクリーン横で跳ね、実況席は絶叫した。

「で……でたあ──! 試合を振り出しに戻す、四番渡辺の同点ホームラ──ン!」


「ワアアアア!」

 地鳴りの様な歓声がドームに響き渡った。その歓声を一身に浴びた渡辺はガッツポーズをしながら塁を周った。


 やがて、大歓声を受けた渡辺がホームベースを踏むと伊達が笑顔で出迎えた。

「ナベさん、ナイスバッティングです! でもベンチから『待て』のサインが出てたのによく打ちましたね! もし凡退してたら罰金ものでしたよ!」

「ああ? 知らねえよ、身体が勝手に反応したんだよ『打て!』ってな!」

 渡辺はガハハと笑った。


 歓声に沸くスタジアム。同点ホームランを浴びたネネはバックスクリーンを見つめて呆然としていた。

(ど、同点……? みんなが必死で守ってきた一点を私のせいで……)


「ネネ! 切り替えろ!」

 藤堂が声を掛けるがネネは顔面蒼白だ。


「五番、サード、伊達美波、背番号24」

 失意のネネに試練は続く。「アヴリルラヴィーン」の「ガールフレンド」のメロディが流れて、伊達美波が左バッターボックスに向かった。


「一発かましたれ──! 伊達──!」

 渡辺の起死回生の同点弾に興奮するスタンドから伊達に声援が飛ぶ。

 伊達は鮮やかな金髪を後ろにまとめ、トレードマークの38インチの長尺バットを構えた。


(まずいな、ネネは動揺している。ここは少し落ち着かせたい……)

 藤堂は外角……それもボールになるコースにドロップのサインを出したが、ネネは首を振った。


(この前、このコースのドロップを打たれた……美波にはストレートで勝負したい)

 ネネは自ら内角高めにライジングストレートのサイン。その決断を藤堂は受け入れてミットを構えた。


 一方、バッターボックスに立つ伊達は先程の渡辺の言葉を思い出していた。

(身体が『打て!』と反応したか……)

 思わず口元に笑みが浮かぶ。

「私と一緒じゃん」


 ネネはゆっくりと……そして大きく振りかぶった。

(指のかかりは悪くない! まだ同点だ。切り替えろ! ここを無失点で切り抜けて味方の反撃を待つんだ!)

 ネネは指先に力をこめて、渾身のストレートを放った。

(いけえ!)


 唸りを上げるストレートが内角高めに飛んだ。伊達は右足を上げて一本足でタイミングを図る。

(きた! ストレート! 打て!)

 伊達は右足を思い切り地面に叩きつけると、幼い頃の竹振りのように身体全体をバネのようにしならせ、長尺バットを振り抜いた。


 カキ──ン!

 ドームに再び快音が響いた。内角高めのライジングストレートを伊達は完璧に捉えた証拠だった。ボールは高々とライトスタンドに舞い上がった。


(え? え? え……!?)

 ネネはライトスタンドに振り返った。

(わ……私のホップするストレートが……!?)


「伊達美波、初球攻撃──! ボールはライトスタンドへ一直線! 伸びる! 伸びる! これは大きい! 入るか──!?」

 実況席は大興奮。スタンドからも歓声が響く。


 伊達の打球を追いかけていたライト斎藤が、打球の行方を見届けるとあきらめたかのように足を止めた。

 伊達が打ったボールはそのままキングダムファンが占めるライトスタンド上段に突き刺さった。


 スタンドからは歓喜の絶叫が響き渡り、実況席も叫んだ。

「さ……サヨナラ──! 何という幕切れか!? 伊達美波、サヨナラホームラ──ン! 同じ女子プロ野球選手である羽柴寧々を一撃で仕留めました──!」

「そしてそして! レジスタンスとキングダムのゲーム差は何と1になりました! キングダム、これは逆転優勝の芽が出てきましたよ!」


「あらら、入っちゃった」

 伊達はバットを放り投げると、一塁自軍ベンチを人差し指で指しながら、笑顔で一塁ベースに向かった。


 ライトスタンド、キングダムファンは劇的な幕切れに狂喜乱舞。ネネは歓声に沸くライトスタンドを見つめたまま固まっていた。

(そ、そんな……さ、サヨナラ負け……?)


「ネネ! ネネ! 大丈夫か!?」

 藤堂……それから勇次郎を除いた内野陣がネネの元に集まってきた。

「わ……私……私──!」

 取り乱すネネを皆が壁となり、身体を支えてベンチに連れて行った。


 そんなネネを尻目に伊達は笑顔でホームベースを踏むと、キングダムナインから祝福を受けた。

「よくやった! 伊達!」

「お手柄だ!」

 ペットボトルの水をかけられた伊達は「や……やめて──! 化粧が落ちる──!」と笑いながら叫んだ。


(あ──気持ちイイ……ネネには悪いけど、最高の気分だわ)

 水に濡れた伊達はベンチに戻るネネを見つめた。ネネは肩を落としてヨロヨロと歩いていた。


 ベンチに戻ったネネに何人かの選手が話しかけたが、あまりの悪夢のような出来事に誰の声も耳に入らず、ネネはフラフラとベンチ裏に下がっていった。


 そんなネネの後ろ姿を見ていた今川監督は腕組みをしながら目を閉じた。

「……乗り越えられなかったか」

「監督……」

 杉山コーチも無念そうな表情だ。

「杉山コーチ、ネネを二軍に落とせ」

「え? それは……?」

「ああ、アイツはもう無理だ」

 今川監督は苦しそうに呻いた。

「羽柴寧々のシーズンは今日が最後だ……」


(ね、ネネ……!)

 その頃、観客席でサヨナラ負けを見届けた由紀が一目散にドーム関係者通路に向かっていた。しかし、通路前には警備員が立っている。


「どうされましたか? ここからは関係者以外、立ち入り禁止ですよ」

「わ、私、関係者です! レジスタンスの……広報部の浅井です! 通してください! お願いします! ネネに……ネネに会わせてください!」

「許可証がないと、これ以上は……」

 すると、由紀は警備員の横をすり抜けた。

「ネネ、ネネ──!」

「あ! ちょっとダメですよ! おーい! 誰か来てくれ──!」

 その声に合わせて、他の警備員が飛んできて、皆で由紀を取り押さえた。

(は……離して……ネネに……ネネに会わせて……!)

「ね……ネネ──!」

 由紀は大声でネネの名前を呼んだ。


 だが、その声はネネには届かなかった。

 ネネは死んだようにヨロヨロとキングダムドームの通用口を歩いていた。


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