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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
164/207

第164話「最後の通過儀礼」

 二軍に落ちたネネだったが、初日の全体練習が終わった後、二日目からはチームから離れて、個人練習をすることになった。

 なぜネネがそんなことになったかというと、それは藤崎が書いた記事が原因だった。


『羽柴寧々、反省の色なし。二軍で笑顔で練習」

 藤崎は二軍練習場に忍び込み、ネネが選手たちと話している写真を大量に撮り、その中でなるべく笑顔の写真を取り上げて記事にした。

 そのため、世間やネット上ではネネは今回の件を全く反省しておらず調子に乗っている、という反応を示し、ネネに対するバッシングは更に加速した。


 そして、世間の反響に驚いた球団はすぐさま反応し、ネネを他の選手たちから隔離した上で、過去に球団が挙げていたネネの公式動画も全て削除し、レジスタンスから極力ネネの存在を消すことに注力した。

「だから言ったんだ。女の選手なんて取るから、こんなことになるんだよ」

「遅かれ早かれこういうトラブルが起きることは予想できた。所詮、女は女、男だらけの中にいて勘違いしたんだろう」

 そう言った心無い言葉も球団内から出始めた。


 またレジスタンスは、あの記事以来、勝ちに見放されていた。表向きは平静を装っていたが選手たちは皆、浮足だっていた。

 特に明智、勇次郎が絶不調だった。貯金があったおかげで首位をキープしているが、ここにきて連敗の数は8となり、残り試合はあと5ゲーム。

 対照的にキングダムは絶好調。勝ち星を重ね、首位とのゲーム差は2となり、本拠地キングダムドームでレジスタンスを迎え打つことになった。


「ネネを一軍に上げるぞ」

 敵地での決戦を前に、レジスタンスドーム監督室でコーチ陣を集めた今川監督はそう宣言した。

「しかし……大分、ほとぼりは覚めたが、しつこいなコイツは……」

 そう言うと、新聞を放り投げた。関西スポルツの新聞だった。

 事件から一週間も経つと、世間一般のネネのバッシングは鎮火の様子を見せてきたのだが、ここだけは変わらず、重箱の隅をつつくようにネネを叩いている。

「何ですかね……まるでネネに恨みがあるみたいに……」

 杉山コーチが言葉を発する。

「分からん……球団も抗議をしているが、手を緩める素振りはない」

 今川監督はため息を吐いた。

「だから、コイツらを見返すにはプレイしかない! 荒療治かもしれんがネネを一軍に上げて、キングダム戦で投げてもらう!」

 今川監督は覚悟を決めた。


 話が終わり、コーチたちが部屋を出ていくと、代わりにひとりの女性が入ってきた。それは由紀だった。

「浅井か……少し痩せたか? 飯、食ってるか?」

 その問いに由紀は答えず「監督……ネネは大丈夫ですか?」と尋ねた。

「二軍監督に聞いたが元気ないらしい。かなり参ってるみたいだ」

 由紀は唇を噛んだ。

「それより、お前の方こそ大変だな……ネネの担当を外されて、広報部からも離れるかもしれないって聞いたぞ」

 由紀は微かにうなずいた。

「そんなことを聞いたら、ネネはまた悲しむな」

「監督……」

「何だ?」

「私はまだいいです。でもネネは……ネネはまだ18歳の女の子ですよ……それがあんなに世間から叩かれて……」

 由紀はポロポロと涙を流した。

「今まで好意的だった記者たちも手のひらを返してネネを叩いて……ね、ネネは……うう……ネネは何も悪くないのに……」


 その姿を見て、今川監督は部屋の隅に置いてあったオセロの盤を持ってきた。

「なあ、浅井……これ見ろよ」

 オセロのマス目は8×8の64マス。すべてのマスに石が置かれていたが、真ん中に一枚だけ黒の石があり、あとはすべて真っ白な石だった。

「……何ですか、コレ?」

「ネネのプロの通過儀礼だ……初めは全部真っ黒だったが、課題をクリアする度に俺が石を白に変えた」

 由紀は驚いて、盤面に目を落とした。

(黒は……あと一枚だけ!?)


「マスコミや世間からのバッシング。コレがネネにとって最後の……そして最大の通過儀礼だ」

 今川監督はそう呟くと、机の引き出しを開けて由紀にチケットを手渡した。それはキングダムドームでのキングダム戦のものだった。

「三試合分ある。広報部としてではなく、一般客としてなら、お前も見に来れるだろう」

 今川監督はニヤッと笑った。

「か、監督……」

「優勝が懸かったキングダム三連戦、ネネにはクローザーを務めてもらう」

 今川監督は腕組みをすると、由紀を見つめた。

「優勝だよ、優勝しかないんだよ。優勝すれば球団や世間やマスコミたちも手のひらを返す。そうなれば、お前もまたネネと一緒にいられる。俺たちに残された道は優勝するしかないんだよ」

 由紀はチケットを握りしめた。


 ……そして、九月の最終週、キングダム三連戦に向けてチームは東京に移動した。

 同時にネネも一軍に上がった。だが、混乱を恐れてネネは別で東京に向かった。


 この時点でセリーグの優勝争いは、レジスタンスとキングダムの二チームに絞られていた。

 一位、レジスタンス、73勝

 二位、キングダム、71勝

 ゲーム差は2、お互い5ゲームを残しているがレジスタンスにはマジックが4ついている。つまり、この三連戦、レジスタンスが2勝すれば優勝なのだ。

 しかし、レジスタンスは5連敗して絶不調なのに対してキングダムは5連勝と絶好調。また世間もここにきて追い上げてきたキングダムのミラクルを期待して、キングダムを応援する雰囲気が高まっていた。


「聖子、聖子──!」

 その頃、キングダムドームでは、練習を終えた伊達美波がマネージャーの成瀬聖子を見つけて駆け寄ってきた。

「どうしたの? 美波」

「ネネが一軍に上がってきたよ! これでまた勝負できるよ!」

 伊達はニコニコしながら話す。

 藤本の負傷後、伊達はスタメンに固定。コンスタントに結果を残しており、規定打席には達していないが、月間の打率は三割を超え、ホームランは五本、打点は二十をマークしている。


「美波、羽柴さんとの勝負に拘るのもいいけど、ここからは優勝がかかった大一番なのよ。しっかり頼むわよ」

「了解、了解──!」

 伊達はVサインをしながらウインクをした。


 そして、迎えた9月27日の金曜日、キングダムドームにて優勝を懸けた大決戦が始まろうとしていた。


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