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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第10章 不死鳥編
163/207

第163話「悪意という刃」

「ネネ、大丈夫?」

 車を発進させた由紀はハンドルを握りながら、助手席に座るネネを見た。

「何で……」

「え?」

「何で昨日の写真があるの……昨日、屋上には誰もいなかったはずなのに……」

 ネネは両手で握り拳を作り、うつむきながら言葉を絞り出した。

 そんなネネを見て、由紀はため息を吐いた。


「いたのよ……ひとり……タチの悪いヤツがあの居酒屋に張っていたの……」

「だ、誰!?」

 ネネは由紀に振り返った。

「『藤崎』っていう、通称『マムシ』の異名を取るパパラッチよ。そいつがネネを撮るために潜んでいたの……」

「わ、私を!? な……何で!?」

「それは分からない……でも藤崎は芸能人のスキャンダルをスクープする一匹狼のパパラッチ。そいつがネネを新たなターゲットに定めたみたいなの……」

 由紀は車を路肩に停め、ハンドルに顔を埋めた。

「ネネ……ゴメンね……私がもっと早く藤崎の存在に気付いていれば……ゴメンね」

 由紀の肩が震えている。

「由紀さん……やめて……由紀さんは何も悪くない……お願い……やめて……」

 ネネは由紀の肩を抱いた。


 やがて、由紀の運転する車はネネのマンションに着いた。

「事務所に帰らなきゃいけないの。一緒にいてあげれなくてゴメンね」

「由紀さん、大丈夫。最初はびっくりしたけど、私は平気、こんなことで負けたりなんかしないよ」

 車を降りたネネは微笑んだ。

「それより……由紀さん、私のせいで迷惑かけてゴメンね……」

 ネネはうつむいた。そんなネネの姿を見た由紀は微笑んだ。

「何の何の、私こそ大丈夫だよ。じゃあネネ、また連絡するね」

 そう言うと、由紀は車を出した。


 ネネは部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。

(ふう……)

 スマホを見ると、家族や石田からLINEが入っていた。新聞記事がネットニュースにも飛び火しているというのだ。

 ネネは「新聞記事は確かに本当だけど熱愛はデマ」ということを返信した。 


 LINEを打ち終わると、ネネはふとネットのことが気になった。

 以前、由紀から言われたことがある。それは、絶対にエゴサーチ……自分の名前でネット検索をするな、ということだ。しかし、この日ネネはその約束を破った。「羽柴寧々」と自分の名前を入れて検索したのだ。そして検索結果に驚愕した。


 ……ネットには自分の名前が溢れていた。

 ネネは由紀が言った真意を初めて理解した。ネットの中で羽柴寧々は心ない人から叩かれていた。史上初の女子プロ野球選手『羽柴寧々」の存在はあまりに目立ち、絶好のバッシングの対象だったのだ。

 特にひどいのは野球関係の掲示板だった。ネネに関する悪口、デマ……根も歯もない噂で溢れかえっていた。


 ネネはできる限り自分に関する掲示板に目を通した。目を背けずにはいられなかった。

 球場で野次やブーイングを受けたことは山ほどある。しかし、インターネット上の誹謗中傷は質が違っていた。

 姿が見えない人たちからの悪意のある言葉はナイフのようにネネの心を切り裂いた。


 そんな中、今川監督から連絡が入った。今日の夜に球団が公式の発表をするとの連絡だった。

 球団は記者会見を開き「今回の件は明智選手の酔った上での行動であり、選手間で恋愛関係の事実はない」との方針だという。また、事態が収まるまでネネは二軍に行くことになった。


(二軍……)

 レジスタンスが優勝に向けて、必死で頑張っている中、自分だけが取り残された気がしていた。

 すると電話が入った。由紀の父、広報部の浅井部長からだった。


「羽柴さん……今、大丈夫かな?」

 由紀とよく似た優しく落ち着いた声だった。

「はい……部長……私のせいで申し訳ございませんでした」

 ネネは電話の向こうの浅井部長に頭を下げた。

「いやいや、羽柴さんが悪いわけじゃないよ……でもね……ちょっと良くない知らせがあるんだ」

「え?」

 ネネのスマホを持つ手が強張った。電話口の向こうの浅井部長は少しの沈黙の後、口を開いた。


「由紀を……君の担当から外すことになった……」

「え!? な、何でですか? 由紀さんは何も悪くありません!」

「今回の件で部内から責任を問う声が上がってる。そのため由紀には責任を取ってもらうことになると思う……」

「そ、そんな……」

「すまん、羽柴さん……こちらも何とか対処するが、世間が大人しくなるまで耐えてくれ……あと、由紀と連絡を取ることも控えてほしい」

 ネネは頭を殴られたようなショックを受けた。

(ゆ、由紀さん……!)


 浅井部長との会話を終えたネネはスマホを持ったまま呆然とした。

(由紀さんが……由紀さんが私の前からいなくなる……!?)

 何気ない酒の席での事件だった。それが今や日本中を騒ぎ立て、ネネの日常を破壊し、周りの人間を傷つけ始めていた。

(私が……私が何かをしたわけじゃないのに……!)

 ネネは悔しくなり、目に浮かんだ涙をゴシゴシと拭うと、再びパソコンを開き、騒ぎの発端となった「関西スポルツ」の記事に目を通した。


 その同時刻……関西スポルツの本社では、頭が禿げ上がった恰幅の良い男が机を挟み、ひとりの男を労っていた。

「いやいやいや、藤崎ちゃん、大スクープだよ! おかげで新聞が売れること、売れること!」

「恐縮です、社長」

 社長に褒められたこの男こそが藤崎だった。藤崎は口元に笑みを浮かべていた。マムシという異名を取る男だったが、見た目は眼鏡をかけて痩身のインテリ風だった。


「で? 藤崎ちゃん。レジスタンスは、今回の件は酒の席での事故って声明を出したけど、ウチはどういうスタンスでいくよ?」

「そうですね……」

 藤崎は目の前に置かれたコーヒーに口をつけた。


「羽柴寧々をとことん叩きます。レジスタンスの明智だけじゃない、羽柴寧々の男性関係をすべて炙り出した上で、再度スクープしますよ」

「おお、そうか! それはいいな!」

 社長は扇子をパタパタ扇ぎ喜んだ。

「真実なんて関係ない。インターネットを使い、世論を味方にすれば大衆はそれを信じる時代です。羽柴寧々はプロ野球の風紀を乱した悪女というイメージが付き、いずれプロ野球の世界から抹殺されるでしょう」

「なるほど……しかし怖いねえ、藤崎ちゃんは……やるなら徹底的だねえ……」

「はい、あの女……羽柴寧々だけは絶対に許すわけにはいかないんです」


 藤崎はコーヒーカップを置くとゾッとするような低い声を出した。その声は憎悪に満ち溢れていた


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