第161話「突然」
広島エンゼルス戦で死球を受けた黒田は検査の結果、左肋骨骨折が判明、全治一か月となる。
また利き腕で殴った島津も右手打撲により全治一か月となり、ふたりとも一軍から離脱することになった。
しかし、初戦に勝ち、勢いに乗るレジスタンスは広島エンゼルスを3タテ、一気に二位とのゲーム差を広げた。
また、島津の離脱により、ネネはクローザーに回り、二戦目と三戦目をキッチリ抑え、更に勇次郎もホームランを連発し、ふたりのルーキーの勢いは止まらない。
そして、九月も半ばに入ると、レジスタンスは順調に勝ち星を重ね……。
「羽柴寧々、九回を三者凡退に抑え、レジスタンス、連勝を7に伸ばしました──!」
実況席が吠える。
レジスタンスは対Tレックス戦を連勝で締めくくり首位を独走。二位の東京キングダムとのゲーム差は何と「8」まで広がり、残り試合は「12」となり、優勝へのマジックも「5」まで減らしていた。
そんなレジスタンスの快進撃に気を良くした明智は試合後に市内の馴染みの店で、一部の若手選手と食事会をすることにした。
野手陣は明智、蜂須賀、毛利。そして勇次郎が珍しく参加。投手陣は前田とネネと付き添いで由紀が参加していた。
「ここは行きつけの店だから、お前らもアルコール飲んでいいぞ」
「ちょ……ダメに決まってるじゃないですか! こんな大事な時期に何言ってんですか!」
明智の冗談に由紀が激しく突っ込み、皆が笑った。食事会は会員制の居酒屋で個室になっている。
「しかしまあ、お前、すげえなあ。今日もホームラン打ってよ」
蜂須賀が隣に座る勇次郎に話しかけた。勇次郎はここにきて絶好調。打率は三割を超えて首位打者をキープ、打点は98、ホームランは29本、と四番に相応しい成績を残している。
「3割、30本、打点100の大台いけるんじゃねえか? もしいったら新人王は確定だな」
明智がビールを飲みながら話すと、勇次郎は烏龍茶を飲みながら「いえ……そう甘くはない世界ですから」と冷静に返した。
「新人王なら、ネネも負けてないよ」
前田がニコニコしながらネネに話題を振った。
ネネはチーム事情から抑えに転向したため、最近は勝ち星が付いていないが、九月は一度もセーブ失敗なし、ここまで9勝10セーブの好成績を残している。
「優勝が決まれば、消化試合での先発復帰も有り得る。上手くいけば10勝の大台に乗って、お前も新人王あるな」
「ちょっと……明智さん、優勝や消化試合って……まだ決まってないですから」
由紀が明智をたしなめるが、その表情は緩みアルコールも進んでいる。
明智が大口を叩くのは理由がある。なぜなら、二位のキングダム、三位のファルコンズはここにきて足踏みしていて、逆にレジスタンスのマジックは順当に減っているからだ。
残り試合数を見ても優勝はレジスタンスでほぼ間違いない状況に加え、今季は二軍も好調で、球団史上初の一軍二軍同時優勝を狙えるところまで来ている。
かつてない好調ぶりに世間も「今年はレジスタンスが優勝」というムードになっていた。
やがて、和やかな食事会も時間が過ぎ、そろそろお開きの時が近づいてきた。アルコールを飲んだ者たちは、皆、上機嫌になっている。
そんな中、ネネがトイレに行き、個室に戻ろうとすると、廊下の途中で壁にもたれかかっている明智を見つけた。
「明智さん、大丈夫ですか?」
ネネが心配そうに声をかける。
「お、ネネか……ちょっと飲みすぎたみたいだ……」
明智は歩き出そうとするが、少しふらついたので、ネネは慌てて明智の身体を支えた。
「……悪いな」
「水、もらってきましょうか?」
「いや、それより少し風に当たりたいな」
居酒屋はビルの最上階にあり、非常階段から屋上に上がることができた。
ふたりは階段から屋上に出た。眼前には大阪市内の夜景が広がり、九月特有の少し涼しい風が身体を包んだ。
「わ──、夜景がキレイ! 明智さん、気分はどうですか?」
「ああ、大分、気分も良くなってきたよ」
「飲み過ぎですよ、はい」
ネネは店から貰ってきたペットボトルの水を渡した。
「悪いな」
明智はペットボトルの水を一気に飲んだ。
「本当に大丈夫ですか?」
ネネは明智の顔を覗き込んだ。
「心配すんな、もう大丈夫だ」
黒田が怪我で離脱後、明智の活躍ぶりは凄まじいものがあった。本塁打はチームトップの35本を叩き出し、打率と打点はセリーグベスト10の数字を残している。いずれもキャリアハイの成績だ。
そんな明智の活躍には、ある原動力があった。それは怪我で戦線離脱をしている黒田のためだった。
実は今季で黒田が引退を考えているという噂が流れていた。元より黒田は体力の衰えから引退を考えていたが、エンゼルス戦の怪我で更にその決意を強めた、というのである。
「もし本当に黒田さんが引退するのなら最後の花道を飾ってあげたい。それには優勝して日本シリーズに出るしかない。黒田さんに日本シリーズの舞台に立ってもらいたいんだ」
黒田の怪我の状態は悪く、ペナントレースには間に合わないかもと言われている。
「だがな……俺は不安なんだよ」
「何がですか? 明智さん、絶好調じゃないですか?」
「……俺は優勝経験がないんだよ」
明智はペットボトルをグッと握った
そう明智は高校時代も名門大阪樟蔭高校にいたが、なぜか優勝とは無縁だった。プロになってからも、当然、優勝……いや優勝争いすらなかった。
「不安なんだよ。パタッと打てなくなったり、取り返しがつかないエラーをしそうでな……」
「そんな……考えすぎですよ。それに明智さんの後ろには勇次郎がいます。明智さんに何かあってもアイツが何とかしますよ」
「勇次郎か……」
「はい! 無愛想でデリカシーないですけど、野球のことなら頼りになります!」
ネネはニコニコと笑う。
「私も頑張ります! 残り12試合、投げろと言われれば全試合投げますよ!」
「はは、頼もしいな」
「でもやっぱり、明智さんがいないとダメですよ。私も勇次郎も……いえ、チームみんなが頼りにしてますから!」
明智は苦笑いした。
「……いい奴だな、お前」
「はは、今頃、気がつきましたか?」
ネネはケラケラと笑った。
「惜しいな……お前が野球選手じゃなくて、普通の女性なら今すぐ口説いているところだ」
「またまた──、明智さん、私のこと乳臭い女とか言ってたくせに──」
「あ? 俺、そんなこと言ったか?」
「言いましたよ──、初めて会ったときに。私、今だに根に持ってますから」
夜空の下、ネネの笑顔が輝いて見えた。明智は胸が高鳴り、思わずネネから目を逸らした。
「さ、さあ……じゃあ、そろそろ戻るか……」
そう言って、歩き出そうとしたとき、明智は足がもつれ転びそうになった。
「あ、危ない!」
ネネは咄嗟に明智を支えた。ふたりの身体は近づき顔も近づいた。
……その時、明智は不意にネネの身体を抱きしめた。突然の出来事にネネは身体が固まった。
そして、明智はネネの唇に自分の唇を重ねた。それはあまりに自然な行為だった。
「え……えっ!?」
ネネは焦り、すぐに明智から身体を離した。ふたりの間に微妙な空気が流れた。
「わ、悪い……」
明智はそう呟きうつむいた。ネネは何も言わずに唇に手を当て、その場に呆然と立ちつくしていた。
それは誰も見ていないはずの屋上での出来事だった。
……しかし、その現場をふたりの男が見ていた。
そして、その内のひとりの男は赤外線カメラとスマホのカメラをネネと明智に向けながら、不気味な笑みを浮かべていた。
ネット小説大賞に応募していたのですが、本日一次選考通過してました! 嬉しい!
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