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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
160/207

第160話「エースとスターの条件」

「レジスタンス、ピッチャーの交代をお知らせします。三好に代わりまして、羽柴、羽柴寧々、背番号41」


 スコアは2対2、場面は九回表ツーアウト満塁。ドームに響くは登場曲の「Sweet Emotion」。場内からはネネの名前を呼ぶ大歓声が聞こえてくる。


 ネネは身体をほぐしながらベンチを出た。

「すまん……ネネ、お前を投げさせることになって」

 杉山コーチが謝るが、ネネはニコッと笑い「私なら大丈夫です。それより絶対に抑えてきますね」と言うと、小走りでマウンドに向かって行った。


 近代野球では、先発、中継ぎ、抑え、と役割が決まっているが、昔は「エース」は役割に関係なくチームのピンチには投げていた時代があった。

(今川監督は退場、黒田と島津も怪我で負傷退場、そして土壇場で同点……ネネ、この悪い流れを食い止めろ。それが先発、中継ぎ、抑えの垣根を越える「エース」の役目だ……!)

 杉山コーチはマウンドに向かう背番号41の背中を見つめた。


 マウンドに立ったネネは足場を慣らし、投球練習を始めていった。

(ツーアウト満塁、スコアは同点。でも必ずこの回をゼロに抑えて、九回裏の攻撃に繋げる、それが私の役目だ!)

 球は走っている。北条からの檄が飛ぶ。

(かつて柴田さんは言った。私は時代に逆行するピッチャーだと…… やれる……! 必ず抑えてみせる!)

 ネネはキッと北条のミットを見つめた。


 ツーアウト満塁。対するバッターはエンゼルス若手のホープ原田。

 セットポジションに構えたネネは真ん中高めにストレートを放つ。しかし、そのストレートを原田はフルスイング。バックネットに突き刺さるファールになる。


 続く二球目はアウトローへのストレート。しかし、この球も原田は当ててくる。今度は前に飛ぶが、三塁側への強いファールボールだ。


(タイミングが合ってきている。その前に仕留めたい。三球勝負だ)

 ネネは北条のサインに頷くと、内角高めへライジングストレートを放つが、原田はこの球もカットしてファールになる。


(コイツ、ミート力が高いな。三球連続でネネのストレートを当ててくるとは……)

 北条は嫌な予感がした。

(一球、外すか?)

 だが、北条のサインにネネは首を振る。

(それなら、ドロップで勝負か?)

 それも首を振る。ネネはあくまで強気のストレート勝負を望む。

(分かったよ……じゃあコースはここだ)

 北条は内角高めにミットを構えた。

 

 ネネは頷き、セットポジションから指先に力を込めて球を弾いた。

(いけえ!)

 球は唸りを上げて内角高めに飛んでいく。

原田はバットを振り抜くが、ネネの145キロのストレートはベース上で唸りを上げてホップした。


 ガキン!

 力ない打球がフラフラとセカンドとレフトの真ん中に上がった。

 セカンド蜂須賀が必死でボールを追いかける。ツーアウトだからランナーは全員スタートを切っている。もし落ちれば逆転タイムリーだ。

「蜂須賀さん!」

 ネネが叫ぶと同時に蜂須賀はボールに飛び込んだ。

 蜂須賀はうつ伏せのままグラブを上げた。ボールがしっかり収まっている。


「アウト!」

 セカンドフライでスリーアウト。ネネは蜂須賀に向かって、感謝の意味を込めてグラブをポンポンと叩くと、小走りでベンチに戻っていった。

 スタンドからは拍手と歓声。ツーアウト満塁から追加点は許さず、スコアは2対2のまま九回裏レジスタンスの攻撃に入る。


「よくやった! ネネ!」

 ベンチでネネは皆から笑顔で迎えられる。

「助かったぜ……ネネ、ありがとう」

 降板した三好が頭を下げる。

「いえ、三好さんも急な登板でお疲れ様でした」

 ネネはニッコリと笑う。


(この流れは大きい……必ず、一点を取ってサヨナラだ)

 盛り上がるベンチを見て、明智は手応えを感じた。


 九回の裏、レジスタンス先頭バッターは一番の毛利。

 毛利はショートの深い位置にゴロを打ち内野安打。そして続く二番蜂須賀もセンター前へのヒットでノーアウト一、二塁のチャンスを作りだす。


 ここで迎えるは三番「ナニワのプリンス」明智。女性の黄色い声援が飛び、その圧力に押されたのか、ピッチャーはストライクが入らずフォアボールとなり、何とノーアウト満塁になる。


 エンゼルスは堪らず抑えのエース紅林をマウンドに送る。

 そして「ヴァンヘイレン」の「JUMP」が流れる中、四番織田勇次郎に打席が周ってきた。


「四番サード、織田勇次郎、背番号31」


「いけえ──、織田──!」

「勇次郎──! 頼むぞ──!」

 スタンドからの声援を受けて、勇次郎はゆっくりと打席に入った。


 ノーアウト満塁、犠牲フライでも一点の場面だが、ノーアウト満塁はよく点が入らないとも言われる。エンゼルスは一か八か前進守備を敷いて犠牲フライも許さないシフトだ。

 ネネは延長戦に備えて、ベンチ前でキャッチボールをして肩を温めていたが、勇次郎の打席になるとベンチに戻って由紀の横に腰を下ろした。


「持ってる男ね、ノーアウト満塁で打順が周ってくるなんて」

 由紀が笑いながら話しかけると、強張っていたネネの表情が和らいだ。

(ネネは満塁のピンチを切り抜けた。さて……この男はどうか? 四番にふさわしいバッティングを見せるのか?)

 由紀はグラウンドを見つめた。


 クローザー紅林と勇次郎の対決。紅林は勇次郎にサヨナラホームランを打たれたことがあるため慎重にサインを交わす。初球は外角低めへのスライダー。コースいっぱいに決まり、勇次郎はバットを振らず見送りストライク。


 二球目も再びスライダー。内角からど真ん中に決まりツーストライクだ。

 たった二球で追い込まれたが、勇次郎は平然としている。


 追い込んだはずのエンゼルスバッテリーだが、勇次郎の冷静な態度に不気味な予感が消えない。

(何だコイツ……何を待ってやがる……?)


 三球勝負のつもりで立浪は決め球のフォークのサインを出しかけたが、すぐにそのサインを取り消した。

(フォークは暴投が怖いのう……一球外すか……) 


 運命の三球目、バッテリーは内角、しかも身体に近い位置のストレートを選択した。

 セットポジションから放たれたストレートは内角へ飛ぶ予定だった。しかし、この試合、あまりにデッドボールが多く躊躇したのか、紅林のストレートはやや真ん中よりに入った。


(マズイ! 振るな!)

 立浪がそう念じたが、勇次郎は甘い球を見逃さない。

 鋭くスイングしたバットは紅林のストレートを完璧に捉えた。


 カキ──ン!

 快音を残した打球はセンター方向へ高々と舞い上がる。前進守備のセンターが慌てて背走する。打球はグングンと伸びて行き、スタンドからは大歓声。


 センターが目いっぱい伸ばしたグラブの先にボールは落ちた。

 センターオーバーのサヨナラヒット。一塁ランナーの毛利は余裕でホームイン。

 スタンドからは大歓声、ノーアウト満塁から勇次郎のサヨナラの一打が飛び出し、レジスタンスが3対2でサヨナラ勝ちを決めた。


 一塁ベース手前を駆け抜けて、打球の行方を見届けた勇次郎の元に、ベンチから飛び出した選手たちが水をかけて祝福した。

「よっしゃあ、よく決めた、勇次郎!」

「流石、四番だ!」


 ネネと由紀もベンチで両手を上げて喜んでいる。

「やった、やった──! 勇次郎──!」

 今川監督が退場、黒田が死球、島津が乱闘に巻き込まれてケガ……負ければ痛すぎる一戦を制した。この一勝はかなり大きい。


 由紀は水を浴びて照れ笑いしている勇次郎と、大喜びしているネネのふたりを交互に見つめた。

(ツーアウトだとしても一点取られたら、終わりの場面でキッチリ抑えたネネ。ノーアウト満塁でしっかりサヨナラヒットを打った勇次郎……勝負の流れを変え、チームの期待に100%応えて勝利に導くプレイヤー……それこそが「エース」と「スター」の条件だわ……)

 由紀は何となくだが、この試合がペナントレースを制する分岐点になるような気がしていた。


 プルル……。すると由紀のスマホが鳴り、由紀は電話に出た。そして大声を出した。

「ファ……ファルコンズが負けた!? ということは……!」

 ベンチが一斉に静まり返った。

「首位に並んだわ! レジスタンスが!」


 歓声がワッと上がった。

 それはレジスタンスにとって、今シーズン初の首位奪還の瞬間だった。


 これにて、第九章は「新たなるライバル編」完、となります。最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 次回、第十章は「不死鳥編」になります。

 面白い! と思ってくれたり、続きを読みたい! と思ってくれたら、ブックマークや評価等をしてもらえると励みになりますので、よろしくお願いします。

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