表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第1章 プロ野球入団編
16/207

第16話「サバイバルゲーム」②

 「え? じゃあ、丹羽さんは独立リーグを経て、育成選手になったんですか?」

 ネネは先程声をかけてくれた眼鏡の男とキャッチボールを始めていた。

 ネネに声をかけた男は「丹羽秀政」と名乗った。眼鏡をかけて温和そうな顔立ち、言葉使いも丁寧で優しく、ポジションはキャッチャー。背番号は「022」だった。


「うん、大学を出た後、どうしてもプロになる夢をあきらめきれなくてね、独立リーグに入団したんだ。そうしたら、運良くスカウトの目に留まって、育成選手として入団したんだよ。でも、気付いたら今年で育成三年目。歳も二十六になるし、結構、崖っぷちなんだ」

 育成選手で契約できる期間は三年が上限であり、その年を超えると自動的に解雇になるシステムなのだ。


「ようし、ではAチーム集合!」

 肩も温まった頃、コーチの号令が掛かり、皆、ベンチ前に集まった。

 試合に先立ち、スターティングメンバーの発表が行われる。


「まずピッチャーだが、Aチームには三人のピッチャーがいる。そのため、ひとり三イニング投げてもらう予定だ」

(ピッチャーは、私以外にふたりいるのか……)

 ネネは選手を見渡した。

「投げる順番はこちらで決めさせてもらった。まずは……」


 ドキドキしながら発表を聞く。ひとり目、ふたり目……まだ名前は呼ばれない。

「羽柴寧々、七回から三イニング投げてもらう」

「はい!」

(七回からか……肩が冷えないようにしないと……)


「続いてキャッチャーだが、ふたりいるため、一回から五回、それから六回から九回と前後半に分かれて試合に出てもらう」

(できれば、丹羽さんと組みたいなあ……)

「丹羽秀政、六回から出番だ」

(私が投げるのは七回から……ということは、やった! 丹羽さんとバッテリーが組める!)

 ネネは丹羽を見るとにっこり微笑んだ。


 スターティングメンバーの発表が終わると、ネネと丹羽はサイン交換等の打ち合わせに入った。

「え? 羽柴は球種が二種類しかないのか?」

「はい、ストレートとドロップです」

「意外だなあ……女性としてプロ野球選手になるんだから、凄い変化球……ナックルや魔球を投げるのかと思っていたよ」

「いえいえ、マンガじゃあるまいし、魔球なんて投げませんよ──」

 ネネは笑いながら突っ込んだ。


「丹羽さん、俺とも打ち合わせしてくれよ」

 すると、話の途中で背番号「123」が割り込んできた。どうやら、四回から六回を投げる二番手のピッチャーのようで、六回だけは丹羽にボールを受けてもらうため、サインの打ち合わせをしたいとのことだった。

「ああ、スマンスマン。じゃあ羽柴、また後でな」

 ネネは丹羽に手を振ってベンチに戻った。

(そうか、丹羽さんは、私以外の人とも打ち合わせをしないといけないから大変だあ……)

 ネネはベンチに腰掛けると、打ち合わせをしている丹羽の姿を目で追った。


 ネネは迷っていた。自分の球質を丹羽にもっと詳しく伝えるべきか、を。

 自分のストレートはホップする。またドロップは通常のカーブよりも鋭く落ちることを──。

(丹羽さんのキャッチャーとしての実力は未知数だ。初見では捕球できない恐れもある。やっぱり伝えておいたほうが……)


 そう思って、ベンチから立ち上がろうとした。

 しかし、丹羽は二番手のピッチャーと熱く話し込んでいた。ネネはその姿を見て再び腰を下した。

(やっぱり止めよう。プロのキャッチャーに『私の球が捕れますか?』なんて失礼な質問だ。それに丹羽さんに余計な情報を与えて混乱させたくない……)


 一方、バックネット裏の観客席には、今川監督、杉山・岩田両コーチの他に、なぜか織田勇次郎が座っていた。

「織田くん、どうしたんですか、今日は?」

 杉山コーチが振り返って勇次郎に尋ねる。

「コイツ、今日は契約のことで大阪に来ててな。それで育成選手同士の試合があって、ネネが出るって言ったら、見に行きたい、って言うから連れてきたんだよ」

 今川監督がからかうように茶々を入れた。

「で……でたらめ言わんでくださいよ! 育成選手同士の真剣勝負と聞いたので、自分にとって何か得るものがあるかと思い、見に来ただけです!」

 勇次郎が苛立ちながら答えるのを見て、今川監督はニヤニヤと笑った。

 それは、勇次郎が嘘をついていることを知っているからだ。


 そう……織田勇次郎が試合を見に来たのは、今川監督の言う通り、ネネが試合に出るからだった。

 勇次郎はネネのことが気になっていた。

 しかし、それは異性としてではない。自分から二度も三振を奪ったピッチャーが、他の打者を相手にどんなピッチングをするのか気になっていたのだ。


(入団会見で言ったよな。女でも男の世界で必ず成功してみせるって……その言葉が嘘じゃないと証明してみせろ。お前の実力、しかと見せてもらうぜ、羽柴寧々……)

 勇次郎はAチームの一塁側ベンチを見つめた。

(そうでないと、キングダムの入団をあきらめて、弱小球団のレジスタンスに入団した俺は只のマヌケなピエロだ)


 その頃、ネネたちAチームの選手たちはベンチで待機していた。ベンチ内には試合開始を前にピリピリした空気が漂っている。

 そんな空気の中、ネネは足元にお守りが落ちていることに気付いた。お守りには「安産祈願」と書かれていた。

(誰のだろう……?)

 お守りをひょいと手に取ると、丹羽がそのお守りに気付いた。

「あ、ああ、そこにあったのか、良かった……羽柴、それは俺のお守りだよ」

「丹羽さん……安産祈願って……?」

「ああ、実は俺、結婚していてね。この春に子供が産まれるんだよ」

 丹羽はネネからお守りを受け取ると、にっこり笑った。

「え、え──! そうなんですか!? おめでとうございます!」

 思わず大声を出すと、ベンチにいる選手たちがネネをジロリと睨んだ。

「あ……す、すいません……」

 慌ててペコリと頭を下げる。

「ははは、羽柴は面白いな。おかげで試合前の緊張がどこかに飛んで行ってしまったよ」

 丹羽は優しく微笑む。

「俺は今年が育成三年目だから、もう後がない。だから産まれてくる子供や家族のためにも、今日のチャンスは絶対にモノにしたいんだ」

 丹羽は守りを両手で握りしめ、自分に言い聞かせるように言った。

(丹羽さん……)

 ネネは丹羽と同じチームであることに心から感謝した。

「丹羽さん! 活躍して、一緒に支配下登録選手になりましょう!」

「おう!」

 ネネと丹羽はお互いの顔を見て微笑んだ。


 そして、時計の針が午後一時を指すと、スコアボードにチーム名が表示された。先攻はネネたちの「Aチーム」、後攻は「Bチーム」だ。

「さあ、始まるぞ!」

 コーチが声をかける。Bチームが守備に付き、審判団もグラウンドに出てきた。


 負けたチームの選手は全員解雇……。

 サバイバルゲームの幕が上がろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ