第157話「デッドボールキング」
羽柴寧々と伊達美波の初対決があった八月中旬の対キングダム戦。初戦、引き分けで終わったが、その後は一勝一敗で終わり痛み分けとなった。
しかし、特筆すべきは伊達美波の存在だった。
二試合目に初めてスタメンで出場すると、三安打の猛打賞、内一本はホームラン、と女性プロ野球選手としては初めてのホームランを記録していた。
「スタメンでホームランを打てて気分がイイ。使ってくれた監督に感謝です」
そんな伊達のコメントとともに、翌日のスポーツ誌に伊達美波のVサインの写真が載った。
伊達はキングダムのムードメーカーとなり、鬼塚監督も伊達の積極的起用に踏み切った。フィッシュバーンの抜けたレフトに藤本を配置し、伊達をサードで起用することを決めたのだ。
元々、藤本は肩が強く、足も速いため、外野手の適性があり、センターを守る怪童中西が来季はFAで海を渡ることが確実のため、いずれは外野にコンバートする予定だった。
かくして、三番中西。四番渡辺、五番藤本、六番伊達美波、という、強力打線が誕生した。……いや、誕生するはずだった。
はずだった、というのはこの打順が幻に終わったからだ。
それは対レジスタンス戦の後の広島エンゼルス戦で起こった事件がきっかけだった。
藤本が広島レッズのピッチャーからデッドボールを喰らい、肋骨を骨折し、長期離脱を余儀なくされたのだ。
藤本にデッドボールを当てたのは、今井龍太郎という広島エンゼルスのピッチャー。
高卒3年目のドラフト1位、今年21歳、背番号は19、今期は5勝5敗の成績。
高校時代は地元広島の高校で甲子園春夏連覇を成し遂げ、エンゼルスに入団し、一年目は11勝を上げて新人王を獲得した。
しかし、二年目に制球を乱し、死球を連発、その年はわずか3勝に終わった。
復活をかけた今シーズンもキャンプで主力選手にぶつけてしまい、その後も制球は定まらず成績は不安定だ。付け加えると、ファルコンズの児嶋にも死球を与えている。
今シーズンも死球の数はグンを抜いていて、また運が悪いことに、ぶつけた相手が悪い。
ファルコンズの児嶋にキングダムの藤本……どちらもチームの主力、しかも長期離脱となるデッドボールを与えている。
あまりに印象が悪いため、今井はネット上で「デッドボールキング」なるあだ名までいただいていた。
そして、ペナントレースも九月に入り佳境を迎える。セリーグの順位は以下のようになった。
一位、神宮ファルコンズ
二位、大阪レジスタンス 首位とゲーム差1
三位、東京キングダム ゲーム差3
四位、広島エンゼルス ゲーム差10
五位、横浜メッツ ゲーム差15
六位、東海レッドソックス ゲーム差17
試合数は残り25となり、優勝争いは上位三チームにほぼ絞られた。
そんな中、レジスタンスはホームで広島エンゼルスを迎え打つ。
第1戦の先発はここまでチームトップの11勝を挙げている前田。対してエンゼルスはあの今井が先発だった。
また、この三連戦はネネは先発から外れていた。レジスタンスの投手陣はかなり疲弊しており、中継ぎを休ませるため、ネネは九月からは流動的な役割を担うことになったからだ。
その決戦前夜、市内のお好み焼き屋に、ネネと由紀、それと、前田、島津、毛利がいた。
話題の中心はやはり明日のエンゼルスの先発今井だった。
「僕……今井くんは、イップスじゃないかと思うんだよね」
下戸の毛利が烏龍茶を飲みながら口を開いた。
「今まで当てられた人たち、みんな共通点があるんだよ。右バッターで立ち位置がベースに近い人なんだ」
ファルコンズ児嶋、キングダム藤本、確かに皆ベース近くに立っている。
「元々、制球力は悪かったけど、今シーズンのキャンプで若手の有望株に当ててから、更にひどくなっているって聞いた。その選手もベース寄りに立ってたみたい……」
「何で当たる危険があるのに、ベース寄りに立つのかなあ?」
由紀が口を挟むと「へっ、そりゃあ内角打ちが得意だからさ」と島津がビールを飲みながら答えた。
「ベースに近ければ、ピッチャーからすると内角に投げにくくなる。必然的に外角に投げざるをえないが、そうなったら外角はえじきになる。奴らからすれば外角を意識させながら、得意な内角への失投を狙い打ちするための作戦だ」
「へえ……」
「そのためにピッチャーはバッターをビビらせるため、内角にズバッと厳しい球を投げるんだ。そして腰が引けたとこに外角に決め球を投げる。だから、そういうバッターは必然と死球も多くなる。だが……」
島津がジョッキを置いた。
「内角を攻めるには、度胸とコントロールが求められる。一番問題なのはコントロールが未熟でビビリのヤツに内角の危険な球を要求するヤツだぜ」
島津が言っているのは、今井のコントロールが悪いのに敢えて内角の厳しいところを要求するキャッチャーに問題があるのではないか、ということだ。
ネネの脳裏には、オールスターでバッテリーを組んだ、エンゼルス捕手の立浪の姿が浮かんだ。
エンゼルスのキャッチャーは立浪和真、32歳、背番号40。
気性は荒く、内角をビシバシ突く、強気のリードが持ち味だ。
「ネネはオールスターで立浪さんとバッテリーを組んでたよね? どんな人?」
前田がネネに尋ねる。
「うーん……リードは強気の一言『俺の言うことを聞け!』ってタイプかな。私、サインに首を振ったら、めっちゃ怒られたよ」
ネネは苦笑いして、ビビリの前田はビビった。
「今井くんは……多分、ベース寄りの右バッターの内角を突くのが怖いんだと思う。でも、立浪さんがそれでも内角を要求するから、悪循環なんだよね……」
毛利は悲しそうな顔をした。
毛利も以前、デーゲームの屋外の球場でフライが取れなかった過去がある。それ故に今井に自分を重ねているのだ。
「まあ、でもお前ら、ふたりとも左バッターだから、とりあえず明日は安心だな」
島津はそう言うと、目の前のお好み焼きに箸をつけた。
「危険なのは、右バッターでベース寄りに立つ内角球を得意とするやつだ。ウチにいるか? そんなヤツ」
「あ……!」
由紀が声をあげ、また全員が同じ選手を思い浮かべた。
「あ……明智さん……!」
ネネがつぶやいた。
レジスタンスでベース近くに立ち、内角球を得意とするバッター。
それは「ナニワのプリンス」こと、明智隼人だった。