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ライジングキャット★ベースボール  作者: 鈴木涼介
第9章 新たなるライバル編
156/207

第156話「色眼鏡」

 キングダムドームでのキングダムの初戦が終わった。観客は帰り出し、選手たちも引き上げた誰もいないベンチで、ネネはひとりスコアボードを見つめていた。


 スコアは3対3で引き分け。試合は延長12回までもつれていて、キングダム九回裏のスコアには「3」の数字が刻まれていた。


 ネネはスコアボードを見ながら、同点に追いつかれた九回裏の攻防を思い出していた。


 ツーアウトから伊達美波にヒットを打たれた後、次のバッターである三番中西を迎えた。

 ネネはこの日、中西を完璧に抑えていた。それは北条のサイン通り、中西の唯一の弱点と言われている外角低めを丁寧に攻め続けた結果だった。


 ツーアウト一塁、セットポジションに構えたネネは初球に外角低めのドロップを投じた。

 完璧にコントロールされたドロップは外角低めに決まったが、審判の手は上がらず無情にもボールの判定。

(え? 今のがボール?)

 ネネは不満そうにボールを受け取って、両手でボールをこねた。

(相変わらず、キングダムドームの判定は厳しい……)


 二球目は外角高めにストレート。北条からは「外れてもいいから思い切り腕を振れ」のサイン。

 ネネは一塁上の伊達美波を目で牽制した。伊達はリードをとっているが走る気配はない。しかし、ネネは伊達を見る度に先程の打席でドロップを打たれたことが頭をよぎった。


 ネネはドロップで勝負したことを引きずっていた。

『懸河のドロップ』はウイニングショットであり、外角で勝負することに納得していたが、やはり自分の最大の武器はホップするストレート『ライジングストレート』なのだ。


(ストレートだったなあ、やっぱり……。勝負球はライジングストレートだった。あの球なら抑えれたかも……)

 ネネは後悔を引きずったままセットポジションに構えた。北条のサインは外角高め、素早いクイックで左足を踏み出した。その時だった。

 何と一塁ランナーの伊達がスタートを切った。


(え! まさか、盗塁!?)

 完全に想定外の動きにネネは動揺し、指先の感覚がズレた。


(し、しまった!)

 指がうまくかからなかったボールは、ど真ん中にス─ッと入った。


 中西はその失投を見逃さなかった。バットを振り抜くと、球場内に今まで聞いたことのない強烈な打球音が響いた。

 ネネは思わず打球の方向を振り向いた。中西はバットを放り投げて一塁に歩いている。


 ライト方向に高々と舞い上がった打球はグングンと伸びていくと、ライトスタンド上段にある看板にぶち当たった。

 推定飛距離140メートル。超ド級の40号特大ホームランだった。


「ワアアアア!」

 ドームに大歓声が響き渡った。

 九回裏キングダムのスコアに「2」が点灯し、スコアは3対2となった。完封負け寸前に一点差に詰め寄る反撃の一撃だった。


 先にホームインした伊達が笑顔で中西を迎えている。と同時にレジスタンスベンチから今川監督が出てきた。ピッチャー交代だ。

 ネネは帽子で顔を隠すと、ベンチに小走りで走っていった。その姿はまるで敗戦投手のようだった。


 その後、緊急登板した島津は先頭バッターの渡邊を歩かせると、続く五番藤本にタイムリーを浴び、同点に追いつかれ、結局、試合は延長までもつれ、引き分けに終わった。


 キングダムからすれば、3対0の敗色濃厚な試合から九回裏に三点を取り、引き分けに持ち込んだのだ。しかも、中西の看板直撃特大ホームラン付き。引き分けで御の字の試合だった。


 試合の詳細を頭の中で繰り返しながら、ネネはじっとスコアボードを見つめていた。

 すると、そこに今川監督がやってきてネネの隣にどかっと座った。


「……泣いてるかと思ったら、意外に元気そうだな」

 今川監督はスコアボードを見ながら声をかけた。

「今日は……私のせいです……勝てるゲームを落としました……すいませんでした」

 ネネは頭を下げた。

「前も言っただろう、誰のせいでもねーよ。まあ、負けなかったから、いいわ」

 今川監督の言葉を聞いたネネは首を振った。

「いいえ、私のせいです……私が美波を……いえ、伊達選手のことを無意識に下に見てたからです……」

「あん? どういうことだよ」

「女なのに男より長いバット持っている。女なのに男よりすごいスイングをしている……私が一番あの娘を『女なのに』っていう色眼鏡で見てたんです」

「……」

「プロに入ったのは私の方が先だった。男性相手に投げて結果も出してきた。だから、今更、女性なんて私の敵じゃない……私、無意識にそう思ってたんです……」

 ネネは両拳をギュッと握った。

「私……自惚れていました……だから打たれたんです……私、バカでした。まだまだ未熟なのに……それなのに、何を調子に乗ってたんだろう……」

 ネネが目を伏せると今川監督が笑った。

「はは、成長したな、お前」

 今川監督はネネの頭をガシガシと触った。


「ネネ……」

 ネネが振り向くと、後ろに由紀が立っていた。

「ネネ、お疲れ。ホテルに夜食があるって。お腹空いたでしょ、一緒に食べよう」

 由紀がニッコリ笑い、ネネも少し微笑んだ。


「まあ、今日はゆっくり休めや。そんで次はリベンジだな」

 今川監督が立ち上がった。

「はい!」

 ネネは大声で返事をした。

(切り替えないといけない。戦いはまだ続く)

 そして、立ち上がった。


 ベンチを後にしたネネと由紀はドームの通路を歩いていた。壁には『羽柴寧々VS伊達美波』のポスターが貼ってある。

 ネネはポスターの中の伊達を見つめた。

(美波、ゴメンね。私が一番あなたを女だっていう目で見てたよ……でも、もう過ちは繰り返さない。次に勝つのは私よ)


 ネネはキッと顔を上げ、歩き出した。











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